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2010年5月16日 (日)

里山散策

まつこです。

うめぞうと一緒に新潟に帰省しています。今週末は母の介護認定更新(ひきつづき要介護1)にともない、ケア・マネージャーさんや訪問看護の担当看護師さんと、これからの介護計画を立てるミーティングを行いました。

Photo[いろいろ悩みはあるけれど、新緑の山を見ればその美しさに心洗われます]

認知症の症状が進むほどに、母は自尊心と警戒心が強まっているようで、「食事宅配サービス? いりません、自分で作れますから」「デイ・サービス? 私、大勢の人と交わるのは昔から好きじゃないの」「ヘルパー? 私、困っていることはありません」という感じで、何を提案してもけんもほろろ。

毎週一度来て様子を見てくださっている看護師さんにも、「お忙しいでしょうから、私のところへはこんなにしょっちゅう来てくださらなくていいのよ」と、上から目線の発言。このプライドの高さは、長年教師をしていたせいか、はたまた元来の性格か。もうちょっと素直に公的な支援を受けてくれると、娘の私の負担が心身ともに軽くなるのですが、娘以外の人には頼りたくないという気持ちのようです。いやー、なかなか手ごわい・・・。この先が思いやられます。

Photo_2[春の紅葉もこんなに鮮やかな赤]

というわけで金曜日は、母のかたくなな態度に接し、私もかなりめげてしまいました。でも土曜日は晴天。うめぞうと二人で里山の方の集落にウォーキングに出かけました。いたるとこに様々な花が咲き、新緑が目にも鮮やかなすがすがしい景色を眺めたら、まあいいや、なんとかなるだろうという明るい気分になってきました。

Photo_3[真中あたりにモンシロチョウがいます]

「老い」や「病い」は強い負の磁場のようなもので、そこに近づくとついついその負のエネルギーに巻き込まれてしまいそうになります。でも、これからますます厄介なことは増えるでしょうが、娘の私が努力すればすべて解決するというわけでもありません。老いていく人を支えながらも、次の世代の私たちが自分自身を消耗させてしまわないことも大切だと思います。5月の新緑の豊かな生命力をたぷりと吸い込むように、美しい山の景色を見ながら深呼吸しました。

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コメント

まつこさま こんにちは

症状が進行するにつれて自尊心と警戒心が強まるというのは、最も信頼してきた自分というものが揺らいでいることへの危機感なのでしょうね。だからこそ、他人ではなく、まつこさまにしか頼りたくないという。お母様も、まつこさまも、本当に辛く大変だと思います。自分だったらきっと途方に暮れてしまう。

仕事をこなしながら毎週介護に帰省されるのもつくづく大変だと思います。素晴らしいご主人のサポートは嬉しいですね。折に触れての気分転換などなど、まつこさまご自身の心身の健康をぜひ大切にしてください。

ショウガネコさん、コメントありがとうございます。

親の老後によりそうのは、なかなか大変なことです。でもできる範囲のことをやるしかありません。母の病気が分かってから、いろんなことを考える日々ですが、自然の美しさや厳しさを再認識したことが、私にとっては大きな学習でした。悠久の時間が流れている大きな自然の中で、人の老いや病いもその小さな一部だと思うと、あまり悲嘆にくれていても仕方ないと思えます。そう思うことが、諦めであると同時に、慰めにもなります。

と、偉そうなことを書いても、実際はキリキリ、イライラ、ジタバタ、ヤキモキ、メソメソ・・・。でもブログに書ける楽しい経験も積極的にしていきたいと思っています。

まつこさん、こんにちは

お母様のけんもほろろのご様子、まるで以前の母を見ているようです(苦笑)
「何で私が」と「結構です」が口癖で、母が大人しくデイサービスに行くようになったのは、悲しいかな相当症状が進み、もう1人ではいられないような状態になってからでした。
多くの人と関わることで、認知症の進行を遅らせることができると言われますが、その人の性格にもよるので、なかなか難しいですね。

里山歩きは私達夫婦も大好きです。
新しく芽吹いた木々や野に咲く花を眺めることに、年々感動が深くなっているような気がします。やはり歳を取っているってことなんでしょうね~(笑)

翡翠さん、コメントありがとうございます。

良かれと思って提案することを断固拒否、これも典型的な症状のようですね。無理強いすると、ストレスになってかえって症状が進みそうな感じもしますし、進行を遅らせる効果もなかなか客観的に測定できるものではないし、もう、なりゆきにまかせるしかないかと半ばあきらめ気分です。

ほんとうに、こんなに野山が美しいと感じる日がくるとは思いませんでした。自分が年取ったこともありますが、母の病気がなければ、これほど自然の動きに敏感になることはなかったと思います。徐々に、徐々に様子を変えて遠ざかっていく母の姿を眺める辛さを、自然の移ろいの中で癒している気がします。

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