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2010年3月13日 (土)

生まれた日のことを覚えていますか

まつこです。

今週は母のところに1泊だけして帰京。理由は・・・

Photo[ウメマツ、めずらしくおしゃれして出かけました]

3月11日、誕生日のディナーをうめぞうが用意してくれました。出かけたのは「食の文京ブランド100選」にも選ばれたイタリア料理店Volo Cosiです。徒歩で行けるご近所イタリアンですが、人気があって予約の取りにくいお店のひとつです。

思えば昨年の誕生日は、遠距離介護の忙しさとストレスとで体調を崩し、レストランまで出かけたものの一口食べただけでダウン。じっと座っただけで動けない私を慰めながら、うめぞうが二人分のディナーをせっせと食べてくれました。あの「3.11事件」から1年たったわけです。

Photo_2[アミューズから始まったディナー。このスプーンにのっているのはお米のサラダ。これは自分でも作れそうな気がしますが、自分で作るとただの冷ご飯ドレッシングあえになるかも]

今年は一つ残さずきれいに、おいしくいただきました! 母は1年前よりも確かに病状が進んでいます。私の仕事も昨年より、だいぶ忙しくなっています。

それでも去年よりは気持ちの上で、少し余裕があるような気もします。この1年で、私も少しはタフになったのかもしれません。母の病気に対して、あきらめのような気持ちを抱き始めているのかもしれません。同じ話を繰り返す母にイライラするのではなく、哀れむ気持ちの方が大きくなったような気もします。あるいは笑いに転化するコツのようなものをつかんだともいえます。

Photo_3[アミューズがもう一皿(小さなフォアグラのテリーヌ)が出たけれど、写真を撮り忘れました。好物(フォアグラ)だとカメラなど忘れて食べてしまいます。これはそのあとに出たオードブルの盛り合わせ]

誕生日の朝、新潟にいた私にうめぞうが電話してきました。うめぞうは母に電話を代わってくれと言います。「お義母さん、今日はまつこの誕生日ですよ。なんと49歳ですよ!49年前覚えてますか?」とかなんとか話した模様。母は電話を切ったあと・・・

ママ:「あなた誕生日だったのね。49年前、病院、どこだったかしら?あなた、覚えてる?」

まつこ:「えっ! 私が生まれた病院? うーん、私は覚えていないけど、○○病院だったとママが前に言っていたよ」

ママ:「ああ、そうそう、○○病院だったわ。思い出したわ。あなた覚えてないの?」

まつこ:「覚えているわけないよ・・・」

こういうナンセンスな会話に、1年前なら、いちいちがっくりしたと思うのですが、今は笑いをこらえて適当にかわせるようになりました。

Photo_4[自家製ソーセージ。これ想像以上においしかったです。ふっくらしていて熱々。チコリのサラダのケースはチーズを焼いたものでできていました。この後、パスタが2種類。私が選んだのはアンチョビと玉ねぎソースのあっさり系スパゲティと、リコッタ・チーズとホウレンソウのラビオリ。ラビオリの上にはたっぷりトリュフがのっていました。食べるのに夢中で、これも写真を取り忘れました]

Photo_5[メインはうめぞうがビーフ、私がカモ。ビーフの上にはやはりトリュフがたっぷりかかっています。うめぞうはトリュフの芳しさを始めて認識したようです。この珍味を覚えてしまうのは危険かもしれません]

母の介護ことは次の1年にも辛いことがいろいろあるでしょうが、「老いてやがて去っていく人」を静かに見守り、いつくしむという気持ちを忘れないようにしたいと思っています。

Photo_6そして次の誕生日にもフルコースのディナーを笑って、ペロリと平らげられるように、これから1年、心身とも健康で過ごしたいものです。

Photo_7[デザートに私が選んだのはグラッパと溶かしたホワイトチョコレートのスープにフレッシュなベリーが入っているもの。サクサクのパイをクルトンのように割りいれていただきます。大人の味でした]

デザートが出てくる頃から、うめぞうが「ちゃんとやってくれているかな・・・」とそわそわしています。うめぞうは誕生日のメッセージをデザートに書きこむよう、お店にお願いしておいたのだそうです。

ちゃんと書かれていました。イタリア語で"Buon Compleanno"というらしいです。

Photo_8[プティフールもおいしかったです]

「いいよ、ママは私の誕生日なんか、もう覚えていないから」とあきらめていたのに、うめぞうは電話して母に49年前の春の日を思い出させてくれました。母もいったんきっかけをつかんだら、記憶の糸を手繰り寄せるように、いろんなことを思い出しました。「あの年も雪の多い年だった。でもあなたの生まれた日は春が来たと実感できる日だった。あの春、おばあちゃん(母の母)は退職をしたんだったわ・・・」

豪華なディナーとともに、そんな思い出を引き出させてくれた、この配慮にも改めて感謝しています。良い一日でした。

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コメント

さすがうめぞう上官殿! 素晴らしい。素晴らしすぎる。かみさんがコレ読んだら、どうしよう・・・。

生まれた日のこと。出産の時のこと。胎内のこと。覚えている人がいるそうです(たとえば、ベケットがそうだったらしい)。「うちの子供は、胎内の記憶があるんだが、家族以外の人には話さないようにしているらしい」という話を、私もかつて訊いたことがあります。

私ですか? 覚えてません。しかしやっぱり雪が降っていたそうです。東京なのに(三鷹だと聞いてます)。

wombyさん、コメントありがとうございます。

Volo Cosiはwombyさんのお宅からも徒歩圏です。ちょっと重厚な雰囲気ですので、特別な記念日にお二人でいかが?

三島由紀夫も胎児の頃の記憶があったとか。幼児はけっこう覚えているという説もあるようですね。ほんとかな・・・。

私は生まれたとき、看護婦さんが「この赤ちゃん赤くない! 白くて大福餅みたい」と言ったとか。

まつこ様
あれから一年ですか!はやいですね~。
改めてお誕生日おめでとうございます。今年は素敵に過ごせて良かったですね。

うちでも時々母とナンセンスな会話をしています。
母:「あなたが子供の頃って戦争やってた?」
私:「私は母の同級生じゃないんだから、やってるわけ無いよ。」

この3月から母は要介護2になりました。
でも不思議ですね。私も去年より気持ちに余裕があるような気がします。

しょうさん、コメントありがとうございます。

うちではうめぞうがときどきやられていますよ、その会話。

母:「終戦のときはどちらでしたの?」
うめ:「いえ、僕は戦後生まれでして・・・」
母:「あらまあ」

近年の記憶から曖昧になっていって、戦争中のことばかり思い出すみたいですね。自分が子育てした時より、自分が子供だった時の方が、ずっと心に深く刻まれる思い出になるんでしょうね。

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