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2010年3月

2010年3月29日 (月)

春の一日

まつこです。

今週の週末はうめぞうの職場の同僚の方たちとお花見に、ちょっと遠出しました。向かったのは 静岡県の三島市です。

Photo[不思議な蒼い色です。湧水なので透明度が高く、こんな色になるそうです]

三島市は市内各地にたくさんの水が湧き出しているところがあり、国土交通省から「水の郷百選」に選ばれているそうです。富士山の溶岩流の中を水が流れ下り、この三島の砂地で湧き出ているのだとか。

Photo_2 [護岸工事などせず、自然のままの美しさを、民間の力で復活させたそうです]

まずは隣接する清水町の柿田川公園に向かいました。工業排水などで汚れていた川の美しさを復活するために、有志の方たちがイギリスのナショナル・トラストを参考にして流域の土地を買い取り、企業に撤退してもらって、川の浄化に尽くしたそうです。

Photo_3[自然との共生というメッセージのある公園です]

遊歩道も木々の植生をいかして作られています。公園そばには古民家を改装した和食処があり、湧水を使ったお蕎麦やお豆腐料理がいただけます。

Photo_4[三嶋大社の桜はまさに見ごろでした]

自然に親しんだ後は、歴史探索です。源頼朝が源氏の再興を祈願したという三嶋大社に向かいました。

Photo_5[枝垂れ桜と狛犬とうめぞう]

三嶋神社の桜はソメイヨシノだけではなく、いろんな桜が混じっています。濃いピンク色から白に近いものまで、桜色のグラデーションのようです。

Photo_6[堂々とした神社です]

お天気も良く、桜も見頃。多くの参拝客でにぎわっていました。結婚式も行われていたようで白無垢で記念撮影をする花嫁の姿も見ることができました。

Photo_9[大岡信ことば館は三島駅のすぐそばの真新しいビルの中です]

次に足を運んだのは大岡信ことば館です。昨年、開設された新しい施設です。三島市出身の詩人、大岡信氏の活動を紹介したり、ことばの面白さを学んだり楽しさを経験するためのイベントなどが開催されます。今回は大岡信氏の若いころの詩作を紹介する展示を行っていました。

大岡信氏は美術評論についても第一人者で、多くのアーティストと交流がありました。それらのアーティストのコレクションもここに所蔵されています。コレクションも素晴らしい物でしたが、建物自体のデザインが洗練されているのが印象的です。展示室や資料室からトイレに至るまで、細部まで気配りのなされた空間に仕上がっています。

Z会というわたしも受験時代にお世話になったあの通信添削の教育事業の会社がビルの所有者で、この大岡信ことば館もZ会が設立したのだそうです。自然保護や文化事業というと、行政の責任でやるものというイメージがありますが、柿田川公園やこの大岡信ことば館など、市民トラストや企業など民間の力でも素晴らしいものが作りだされるということを改めて認識しました。

自然、歴史、文化・・・とくれば、やはりその次は食です。このZ会のビルの中にはla table de KUDOというおいしいフレンチ・レストランがあります。実はこれを楽しみに新幹線に乗って出かけてきたわけです。おしゃべりとワインとおいしい食事に夢中で、お料理の写真を一枚も取らなかったので、シェフのブログから一つお借りました。

Photo_8[シェーブルのサラダ]

ソラマメやグリーンピースなど旬の野菜と温かくした山羊のチーズの組み合わせがとてもおいしかったです。このサラダの前に出たニンジンのポタージュも甘味が濃厚でした。春野菜の力強さが感じられるお料理でした。

というわけで春を満喫した一日。楽しい週末でした。

2010年3月23日 (火)

昼ワインのおいしさ

まつこです。

ある休日のお昼頃、うめぞうから「用事は済んだので帰る。一緒に近所でランチ食べよう」という連絡が入りました。実はこの日、うめぞうは卓球の試合で出かけていました。しかし残念ながら今回も1回戦で負けてしまい午後の試合はなくなったとのこと。

うめぞうの趣味は卓球です。世の卓球人口というのは意外と多いのだそうです。アマチュアの試合のレベルもそれなりに高いらしく、うめぞうは毎回のように「また負けたぁ~」と言いながら帰ってきます。

Photo_2[ご近所で見つけたスペインバルのアベハ。小さくて居心地の良いお店です。開店してから1年半くらいらしいです]

ちょっぴり気落ちしているうめぞうと、ランチする場所を探して近所を散歩していたら、今まで気がつかなかった小さなお店を見つけました。スペインの小皿料理タパスとワインを出すAbeja(アベハ)という名前のバルです。

スペインのワインの産地別の飲み比べセットというのがありました。赤白3種類ずつ選んでみました。赤はぜんぶテンプラニージョというブドウ品種で、味の違いは私にはもうひとつ判然としませんでしたが、どれもしっかりとしておいしかったです。白はソーヴィニヨンブラン、シャルドネ、ヴェルデホとブドウの種類が違うので、これは私でもちゃんと区別がつきました。

小さなお店に春の光がさんさんとさしこんできます。昼に飲むワインというのは、夜とはまた違うおいしさがあるような気がします。ちょっとリゾートに行ったようなのんびりした気分。そして「昼からワイン」という贅沢気分。これがいいんですよね。

Photo_3[小さなお皿のおつまみをあれこれ取ってみました。自家製オイルサーディンとアイオリポテト]

敗軍の将うめぞうも、すっかり元気になり、「いつか1勝してみたい」と志を新たにしています。実はまだ1勝もしたことがありません。

Photo [イカ墨のライスコロッケ。若い男性の店長さんが、楽しそうに働いているお店です。タパス、どれもおいしいです]

50歳くらいから卓球を始め、最近、試合に出るようになったうめぞう。今のところ連戦連敗。最初は負けると不機嫌そうに落ち込んでいましたが、最近は「また負けたぁぁぁ~」と照れ笑いしながら帰還します。

Photo_2[カジョス。ひよこ豆とハチノスの煮込みです。うめぞうは蜂の巣だと誤解していましたが、内臓料理です]

いずれうめぞうの初勝利を祝してこの店で乾杯できる日がくることを期待したいものです。

2010年3月21日 (日)

学生からの要望にギクリ

まつこです。

街や電車で袴姿の学生をよく見かける時期になりました。私の勤務先でも卒業式が無事終了。ほっと息つく間もなく、新入生が入ってきます。沈丁花の香る卒業式、桜の舞い散る入学式。毎年繰り返す行事ですが、晴々とした気分で良いものです。

Photo[男女共学の大学ですが、私のゼミは女子学生が圧倒的に多いです。耳や唇にピアスをしていた無口なスケボー少年が今年唯一の男子学生でした。「僕のカメラでも撮ってください」と言いながら、はにかんだ表情で記念写真におさまっていました]

最近ではどの大学でも学生による授業評価アンケートというのをやっています。講義の仕方や内容について学生の評価が点数化され、教師にフィードバックされます。コメントも付いています。

教師になりたての頃、「首がすわっていない」というコメントをもらって赤面したこともあります。(首を傾けるクセがあったみたいです。)「雑談が面白い」というコメントには喜んでいいのかどうか?

今回、ちょっとギクリとしたのが、「もっと早く名前を覚えてほしかった」というコメントです。実はこれ自覚症状がありました。

学生の名前を覚えられない理由1:みんな似て見える! 

最近の若い子の顔だちや表情がみんな同じように見えるのです。男の子は前髪が長めのウルフカットに細いあご。女の子はつやつやの頬にクルリとした目で長いナチュラルな髪。ヒラヒラしたチュニックやミニスカートの重ね着。うーん、区別がつきにくい。

学生の名前を覚えられない理由2:名前が凝り過ぎ! 

アンナ、マリナ、アリサ、マリア、マリカ、エリカ、エリナ・・・。こういう外国語っぽい響きで、一音に一つの漢字を組合わせるという名前が多いのです。たとえば「亜李沙」さんやら「茉莉加」さん。名簿にずらりと並ぶと梵語みたいに見えなくもありません。うーん、読みにくい。

この理由(言い訳)以外に、こちらの記憶力が落ちてきていて覚えられないのも確かです。30代までは、30人くらいのクラスなら、わりとさっと覚えらました。最近ははなっから諦めて、覚えようという努力をあまりしていませんでした。

しかし学生の顔と名前を早く覚えてほしいという要望もごもっとも。4月からは気持ちを入れ替えて、がんばって覚えてみようかな・・・。記憶力維持のトレーニングにもなるかもしれません。

2010年3月18日 (木)

私のパロディ

まつこです。

母の介護認定更新のための調査があるので、今週も平日に帰省。新潟は冬がぶり返したような寒さです。

Photo[ボランティアの方が持ってきてくださったおはぎ。あんこ、きなこ、ゴマの三種類でした。]

今日は地域のボランティアの方が、独居老人のためのお弁当を作って配達してくださる日でした。お彼岸が近いからというので、今回はおはぎでした。母があまり食べたくないというので、私がほとんど食べちゃいました。新潟に帰省すると、ついつい食べ過ぎになります。用心しないと。

母はずっと行っていた美容院の担当が変わって、髪型が「決まらない」とイライラしています。年とると髪が細くなり、コシがなくなります。おまけに母は元気なころは、毎晩、髪にカーラーをきちんと巻いて寝ていたのに、それをやらなくなってしまいました。どうせ家にいるだけなんだし、多少ボサボサ頭でも気にするような年でもなし、と私は思うのですが。

明日は、介護認定更新のため、午前中は主治医の診断を受けに行き、午後は市役所の方が調査にいらっしゃいます。ケア・マネージャーさんも同席してくださるとのこと。

しかし、母は「こんな髪型で出かけたくない!」と駄々をこね始めました。なだめたり、すかしたり、ちらっと威嚇したりして、なんとか説得しました。

すると今度は自分のベッドルームにこもり、何をやっているのかと思えば、洋服選びでした。「このセーター、気に入っているんだけど、すごーく古いの。これでもいいかしら・・・?」と着替えて出てきました。「いいよ、いいよー。古いとは思えないよ。なかなかいいデザインじゃない」と今度はおだてまくります。

「あー、なんでこんな見栄っ張りなところばかり私に似ているんだろう・・・」と内心溜息をついてしまいました。いや、母が私に似ているんじゃなくて、私が母に似ているんですね、順番からいえば。でも老いてボケかけた母親が髪型と服装で大騒ぎしているのを見ると、自分のパロディを見ているような気分です。ちょっと複雑な気分です。

2010年3月17日 (水)

5分の余裕

まつこです。

3月もいよいよ後半。年度末で多忙を極める時期です。こんなときこそ、ちょっとした心の余裕が大切。あわただしい生活の中で、心なごむ一瞬は、我が家の猫の額ほどのベランダに咲く花々を眺めるときです。

Photo[寄せ植えをしてみました。ラベンダーのほのかな香りも楽しめます]

日ざしも力強さを増してきました。春の光の中で花や葉が生命力の強さを感じさせてくれます。

最近はなんでも通販で済ましがちですが、最近、ネットショッピングで買って「あたり」だったのはOXOのジョウロです。

創業者が関節炎の奥さんのために使いやすいキッチンツールを考案したのがOXO社の始まりだそうです。確かにこのメーカーの製品は、だいたいどれも軽く、握り部分がしっかりしていて、使いやすいという印象があります。デザインもすっきりしていますし、お値段も安い。

Photo_2[こちらがOXOのジョウロ。ノズル部分が回転します。ちょっと象の鼻に似ています]

今回のジョウロにも満足しています。ノズル部分を回転させるとコンパクトになって場所をふさぎません。目盛りがついているので液体肥料を水に溶かして使うときにも便利です。

水をあげて、花がらをつむ。我が家の狭いベランダなら、朝のほんの5分ほどをさけば良い作業です。これをやれるかどうかは、「時間の余裕」ではなく、「心の余裕」の問題です。あたふたと忙しい時こそ、花をめで、景色を眺める心のゆとりが必要だと実感している3月です。

2010年3月13日 (土)

生まれた日のことを覚えていますか

まつこです。

今週は母のところに1泊だけして帰京。理由は・・・

Photo[ウメマツ、めずらしくおしゃれして出かけました]

3月11日、誕生日のディナーをうめぞうが用意してくれました。出かけたのは「食の文京ブランド100選」にも選ばれたイタリア料理店Volo Cosiです。徒歩で行けるご近所イタリアンですが、人気があって予約の取りにくいお店のひとつです。

思えば昨年の誕生日は、遠距離介護の忙しさとストレスとで体調を崩し、レストランまで出かけたものの一口食べただけでダウン。じっと座っただけで動けない私を慰めながら、うめぞうが二人分のディナーをせっせと食べてくれました。あの「3.11事件」から1年たったわけです。

Photo_2[アミューズから始まったディナー。このスプーンにのっているのはお米のサラダ。これは自分でも作れそうな気がしますが、自分で作るとただの冷ご飯ドレッシングあえになるかも]

今年は一つ残さずきれいに、おいしくいただきました! 母は1年前よりも確かに病状が進んでいます。私の仕事も昨年より、だいぶ忙しくなっています。

それでも去年よりは気持ちの上で、少し余裕があるような気もします。この1年で、私も少しはタフになったのかもしれません。母の病気に対して、あきらめのような気持ちを抱き始めているのかもしれません。同じ話を繰り返す母にイライラするのではなく、哀れむ気持ちの方が大きくなったような気もします。あるいは笑いに転化するコツのようなものをつかんだともいえます。

Photo_3[アミューズがもう一皿(小さなフォアグラのテリーヌ)が出たけれど、写真を撮り忘れました。好物(フォアグラ)だとカメラなど忘れて食べてしまいます。これはそのあとに出たオードブルの盛り合わせ]

誕生日の朝、新潟にいた私にうめぞうが電話してきました。うめぞうは母に電話を代わってくれと言います。「お義母さん、今日はまつこの誕生日ですよ。なんと49歳ですよ!49年前覚えてますか?」とかなんとか話した模様。母は電話を切ったあと・・・

ママ:「あなた誕生日だったのね。49年前、病院、どこだったかしら?あなた、覚えてる?」

まつこ:「えっ! 私が生まれた病院? うーん、私は覚えていないけど、○○病院だったとママが前に言っていたよ」

ママ:「ああ、そうそう、○○病院だったわ。思い出したわ。あなた覚えてないの?」

まつこ:「覚えているわけないよ・・・」

こういうナンセンスな会話に、1年前なら、いちいちがっくりしたと思うのですが、今は笑いをこらえて適当にかわせるようになりました。

Photo_4[自家製ソーセージ。これ想像以上においしかったです。ふっくらしていて熱々。チコリのサラダのケースはチーズを焼いたものでできていました。この後、パスタが2種類。私が選んだのはアンチョビと玉ねぎソースのあっさり系スパゲティと、リコッタ・チーズとホウレンソウのラビオリ。ラビオリの上にはたっぷりトリュフがのっていました。食べるのに夢中で、これも写真を取り忘れました]

Photo_5[メインはうめぞうがビーフ、私がカモ。ビーフの上にはやはりトリュフがたっぷりかかっています。うめぞうはトリュフの芳しさを始めて認識したようです。この珍味を覚えてしまうのは危険かもしれません]

母の介護ことは次の1年にも辛いことがいろいろあるでしょうが、「老いてやがて去っていく人」を静かに見守り、いつくしむという気持ちを忘れないようにしたいと思っています。

Photo_6そして次の誕生日にもフルコースのディナーを笑って、ペロリと平らげられるように、これから1年、心身とも健康で過ごしたいものです。

Photo_7[デザートに私が選んだのはグラッパと溶かしたホワイトチョコレートのスープにフレッシュなベリーが入っているもの。サクサクのパイをクルトンのように割りいれていただきます。大人の味でした]

デザートが出てくる頃から、うめぞうが「ちゃんとやってくれているかな・・・」とそわそわしています。うめぞうは誕生日のメッセージをデザートに書きこむよう、お店にお願いしておいたのだそうです。

ちゃんと書かれていました。イタリア語で"Buon Compleanno"というらしいです。

Photo_8[プティフールもおいしかったです]

「いいよ、ママは私の誕生日なんか、もう覚えていないから」とあきらめていたのに、うめぞうは電話して母に49年前の春の日を思い出させてくれました。母もいったんきっかけをつかんだら、記憶の糸を手繰り寄せるように、いろんなことを思い出しました。「あの年も雪の多い年だった。でもあなたの生まれた日は春が来たと実感できる日だった。あの春、おばあちゃん(母の母)は退職をしたんだったわ・・・」

豪華なディナーとともに、そんな思い出を引き出させてくれた、この配慮にも改めて感謝しています。良い一日でした。

2010年3月10日 (水)

おいなりさん

まつこです。

年度末の雑務がたてこむさなかに、平日、朝7時の新幹線に乗って新潟に帰省しました。先日、母の友人に母の認知症のことを伝えたら、幼なじみグループが「すわ、一大事!」ということで、母を囲む会をしてくれることになり我が家に集まりました。全員74歳のおばあちゃんが5人。まだ飾ってあるお雛様の前でちょっと遅めのひな祭りパーティです。私はそのお手伝いのために急きょ帰省。

Photo[母の親友が持ってきてくれた手作りおいなりさん〕

母の友人たちはそれぞれ自慢のお惣菜を持ち寄ってくれました。みなさん、ずっと兼業農家の主婦だった方たちです。様々な種類のお漬け物や山菜の煮物、さらにデザートのフルーツゼリーなど、テーブルからあふれるほど並びました。母に負担をかけないようにとペットボトルのお茶まで持ってきてくださいました。私の手伝いなど不要でした。

なかでも手作りの稲荷寿司をいただいて、私は胸が熱くなりました。母が昔作ってくれた「ママの味」を思い出したのです。母はずっと教師をしていました。おいなりさんとか巻きずしなど手間のかかるものは、運動会などの特別な日にしか作ってもらえませんでした。たまーに手作りの稲荷寿司があるとすごくうれしかったものです。

最近、母はだんだん料理をしなくなっています。母の握ったおにぎりを、あと一回ぐらい食べてみたいなあ、もうダメかな・・・と思っていたところでした。そんなとき母の親友が早起きして作ってきてくれた出来たてのおいなりさんの甘い味は、懐かしく切ない味でした。

2010年3月 4日 (木)

桃の節句

まつこです。

年度末は、みなさんそれぞれお忙しいことと思いますが、私もなかなかまとまった帰省の時間がとれません。今週は週の真ん中にちょっとだけ新潟に帰省しました。

Photo[ご近所のおばあちゃんからもらったちらし寿司。イクラやきぬさやで少し華やかに飾ってみました]

3月3日なので、母の家のご近所に住むおばあさんがちらし寿司を作って持ってきてくださいました。田舎はこうしてご近所のネットワークがまだ機能しており、心強いかぎりです。夕食はうめぞうと母と3人でひな祭りの酒宴となりました。

先週末は仕事で私がこれなかったため、代わりに群馬に住む伯母が来て、母と数日一緒に過ごしてくれました。母は昔話をたっぷりとして楽しめたようで、ここ数日はとても元気でした。昔話をする「回想療法」の効果です。

Photo_2[酒粕を使った新潟の郷土料理です]

その伯母が新潟の郷土料理を作って冷蔵庫に残しておいてくれました。そのひとつが酒粕と鮭と大根おろしを煮たものです。なんという名前で呼ばれているのかわかりませんが、昔から母たちの出身の地域でよく作られていたものだそうです。

新潟の雪深い地域では冬になると農作業がなくなります。その農閑期に日本酒の杜氏として出稼ぎに出た人が、お土産に酒粕を持ち帰ったことから、新潟では酒粕を使った料理がいろいろとあるそうです。この料理もその一つのようです。

Photo_3[この酒粕料理が日本酒とよく合います。「もう少しどうぞ」と三人官女のおひとりもお酒を勧めてくれます。この眉のない官女は既婚者なのだそうです]

鮭が細かくほぐし身になって、酒粕の甘味と混じって、なかなか複雑な味です。お酒が進みます。地酒「越州」を飲み、うめぞうは童謡に唄われた右大臣のように顔を赤くしています。

こうして楽しく一晩を過ごしたのですが、翌朝、母の表情が冴えません。いろいろ断片的な話をつきあわせてみると、友人から日帰り温泉旅行に誘われたのに、その日付がわからなくなり、頭の中で話がだんだん混乱してきて、気持の負担になっていたようです。

今日は母の友人グループで最も親しくしている一人のところに出かけ、母が認知症である旨を説明してきました。友人たちの中でも、ひょっとしたら・・・という感触を持っていらした方もいたようです。

認知症になっても長い年月住み慣れた地域のネットワークの中で暮らし続けられれば一番良いのですが、そのためには親しくしていただいている人たちに、病気のことを理解してもらった上で、サポートしてもらう必要があります。

母の友人たちにいつ、どのような形で、病状のことを説明すれば良いのか、だいぶ前からあれこれ悩んでいました。今日、思い切って話をしてきてよかったと思います。ごく親しい幼馴染の友人2,3名との付き合いが、母にとって最後に残される社会的な生活になると思います。認知症であることを知った上で、母にとって負担にならないような付き合いかたをしてもらえれば、母も安心できます。

ひな祭りは季節の変わり目の行事です。母の介護もひとつ節目を迎えたなと実感する桃の節句でした。

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