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2010年1月

2010年1月31日 (日)

新チーム結成

まつこです。

天気予報は「全国的に春のように暖かい日」と言っていましたが、新潟は寒いです。遠くに見える山々の雪景色は、水墨画のようです。庭にもまだ雪がだいぶ残っています。

Photo[水墨画のような景色が眺められます]

雪国育ちの母も「もう雪はうんざり」と言うので、「じゃあ熱海とか房総半島とか暖かいところの老人ホームはどうかな?」と誘導してみたのですが、「それはイヤっ。寒くてもなじんだところがいい」ときっぱり断言します。一人暮らしは心配ですし、家族としてはケアつきの老人ホームに入ってくれれば、負担が軽くなるのですが・・・。

2年半ほど前、初めて診断が下された時には、母は貯金通帳を私に見せて、「私、認知症って言われたので、将来は老人ホームも考えなければいけない」と言っていました。ところが症状がだんだんとはっきりしてきた最近は、どんな些細な生活の変化も精神的な負担になるようで、「老人ホーム」という言葉に拒否反応を示しています。

確かに生活環境の変化は病気を進行させるそうですし、一人暮らしを続けながら、できるだけの支援体制を整えるという方針で行けるところまで行くしかありません。というわけで、訪問看護を始めてもらうことになりました。とりあえず週1回30分ずつ。

昨日はケア・マネージャーさんと担当の看護師さんが二人で面談に来てくださいました。お二人とも若い女性で、とてもしっかりした方たちという印象です。母にはのんびりと話しの聞き役になりながら、私にはテキパキといろんな提案をしてくれました。二人とも背が高くて、スポーツウェアみたいな上下おそろいのユニフォームを着ている姿は、まるでバレボール部の主将と副将みたいな感じです。『サインはV』みたいに力強く、頼もしい。

Photo_2[部屋の中にはささやかな春の気配]

外の景色がモノトーンなので、部屋の中に小さな春の花を飾ってみました。母は菜の花が春らしいと喜んでいます。母がこの部屋で安心して日々を送れるように、あの主将、副将コンビが加わって新チーム結成。新たな体制でがんばるぞと、Vサインを心の中で作りました。

2010年1月28日 (木)

おばさんトーク

まつこです。

先週、学生時代の友人が神戸から東京にやってきました。最近、彼女は博士論文を完成させたので、そのお祝いをあの数寄屋橋「次郎」でご夫君がしてくれるのだそうです。ゴージャスな夫婦です。

Photo_2[旧友と再会。まずはシャンパンで乾杯]

そのお祝いの前夜、久しぶりに二人で会おうということになりました。最近はそれぞれに忙しく、年に一度会えるかどうか。今回は2年ぶりの再会でした。大学のキャンパスで毎日のように会っていたのはもう30年ほど昔の話。あの頃はたわいもないおしゃべりを、毎日いくらでも続けられました。

久しぶりにはしゃいだ気分でガールズ・トークを楽しもうと、うきうきと銀座まで出かけました。次の日の昼がお鮨なので、気楽なところで軽い食事をしたいというので、選んだのはヴァン・ピックル。ワイワイにぎやかで、炭火串焼きの煙がモクモクたちこめるカウンターだけのお店です。

こちらのお店はグラス・ワインが日替わりで数種類ずつ取り揃えてあるところが魅力です。まずはシャンパンで乾杯。アルザスのリースリング、シャルドネのグラン・クリュ・・・と1杯ずつ楽しむことができます。飲むほどに、しゃべるほどに、気分は80年代の女子大生!

しかし気がつくと話の内容は、「ガールズ・トーク」ではなく全くの「おばさんトーク」です。最近、ロンドンに行ってもショッピングの楽しみが無くなった、という話になりました。

まつこ:「フォートナム&メイソンのロイヤル・ブレンドの紙入りリフィルくらいだねー、毎回決まって買うのは」

友人:「私はロンドンで下着を買うわ」

まつこ:「どこの? ラ・ペルラ?」

友人:「ラ・ペルラなんて80年代の話よー。今はもっぱらマークス&スペンサー。あそこの下着はいいわよー、縫い目がスムーズでしっかりしていて。私、とくにミニマイザーっていうのが気に入っているの」

まつこ:「ミニマイザーってなに?」

友人:「それはね・・・フフフ・・・」

マークス&スペンサーは自社ブランドの衣類や食品を売るイギリスのチェーン店。イトーヨーカドーよりはおしゃれだが、デパートと呼ぶには華やかさに欠ける。M & Sといえば品質本位、実質本位の安心ブランドです。

ラ・ペルラのランジェリー、エルメスのケリー、カルティエのウォッチ・・・と、私の友人の中でもひときわゴージャス系の路線を突き進んでいた彼女も、今ではマークス&スペンサーの下着を着ているそうです。最後は「もうじき50代よ、あっというまねー」と二人でしみじみ語り合った銀座の夜でした。

ところでマークス&スペンサーの「ミニマイザー」とは何でしょう?ご興味を抱かれた方、調べてみてください。ちなみに私には不要のものでした。

2010年1月25日 (月)

冬に読む怖い話

まつこです。

年末にロンドンの本屋で安売りしていたペーパー・バックを数冊買いました。その1冊ポール・トーディ(Paul Torday)のThe Girl on the Landingを読みました。電車の中で読む何か軽い小説を、と思って選んだ小説です。

Photo[怖い話が苦手な私がうっかり選んでしまった本]

「裕福ではあるけれど、退屈な夫との単調な結婚生活。ところがある日を境に夫は快活に変貌し、妻は初めて夫を愛し始める。だがその幸せは過去の秘密によって脅かされる・・・」裏表紙にこんな説明書きがありました。中年夫婦の愛憎の話かと思って読み始めたら、とても怖い話でした。よく見たら裏表紙にも小さい字で「スリラー」と書いてありました。

私は日ごろ威張っている割に、ものすごく怖がりなので、スリラーとか怪談はまず読みません。子供の頃、ディズニーの絵のついた『眠れる森の美女』の朗読レコードをクリスマスにもらったのですが、そこに登場する魔女が怖くて途中をとばしてハッピー・エンドの部分だけを繰り返し聞いていたというくらい、気が弱いのです。

ところがこのThe Girl on the Landingは「怖い・・・けど・・・やめられない・・・」と読み切ってしまいました。精神疾患を持つ夫の中には恐ろしい別人格が存在し、それが次第に現れてくるという筋書きです。その筋書き自体にはそれほど新奇性はないのですが、正常な現実と妄想の中を行き来する夫の視点で描かれている部分と、謎を追い求めて徐々に夫の心の暗部に足を踏み入れていく妻の視点で描かれている部分が複雑に交錯して、何が正常で何が異常なのかを判断する座標軸がだんだん不確かに感じられるような書かれ方がされています。夫の無表情、夫の笑顔、その背後に潜む心理的な暗闇。その暗部に読者までが引き込まれていくような感じです。

特定の精神疾患やその治療について、偏見を生じさせてしまいそうな記述もあり、そのあたりにやや難あり、という気はしましたが、物語作りや語り口はとても巧みです。驚いたことに1946年生まれの作者トーディは、2007年60歳で作家デビューを果たしたのだそうです。(デビュー作『イエメンで鮭釣りを』 は和訳もあります。)

日本では怪談は夏の風物詩の一つのようにとらえられていますが、イギリスではディケンズの『クリスマス・キャロル』など冬の幽霊譚なども多いようです。このThe Girl on the Landingも、季節が秋から冬に変わるとだんだん怖くなり、冬のスコットランドの冷え冷えとした景色の中で恐怖の頂点がやってきます。寒い冬にぞーっとした恐怖を味わいたい方にお勧めの一冊です。

2010年1月24日 (日)

朝日が燦々日曜日

まつこです。

この週末は土曜日に仕事が入り、新潟には帰省できませんでした。新潟は今週末も雪だそうです。「そっちのお天気はどうなの?」と母が聞くので、「空は真っ青、富士山が真っ白、きれいだよ~」と言ったら、「まるで絵みたいね」と笑っていました。

Photo[ビルの隙間の富士山。これは拡大した写真で、実際はうんと小さく見えます]

母の頭の中に浮かんだ絵は、たぶん安藤広重の浮世絵か、外人用の絵ハガキみたいな構図だったと思いますが、住んでいるマンションから実際に眺められるのは、ビルの隙間からちょっとだけ顔をのぞかせる富士山です。ちっちゃーい富士山ですが、冬の時期は、富士山を朝晩眺めるのはちょっとした楽しみです。

のんびりとできるはずの日曜日の朝ですが、今朝はこの天気の良さに誘われて、早朝散歩に出かけました。近所の根津神社へ。空気が冷たいのですが、人気の少ない境内には清澄な気分がみなぎっていて、実に爽快です。

Photo_2[早朝の根津神社を散歩。気分の良い日曜の朝です]

こういう日は朝からてきぱきといろんな仕事を片付ける気分になります。私は台所の床の拭き掃除。うめぞうは「新聞購読をやめる」という懸案事項を解決しました。最近、ニュースはインターネットで見ることができますし、一方、忙しい生活の中ではゆっくり新聞を読む時間もありません。それにうめぞうは最近の新聞社の報道姿勢に不満があるというのです。

近所の販売店に電話をし購読をやめる旨を伝えると、その理由を聞かれます。うめぞうは「えー、実はですね・・・」と一瞬だけ言い淀んだのち、堰を切ったように新聞社批判を始めました。「最近の新聞各社の報道姿勢に不満を感じる。検察側のリークする情報だけを無批判に垂れ流している。どのメディアも横並び、大政翼賛的でけしからん・・・」。握りこぶしを振り上げつつ、ドンガバチョみたいな口調でうめぞうは受話器に演説しています。

Photo_3[上の写真は楼門。こちらは唐門]

ひとしきり新聞社批判をすませて電話をきったうめぞうは、興奮して手に汗をかいていました。販売店の人は気の毒だと私が言うと、「そうなんだよ、販売店は本社から販売目標という名目で理不尽な押し紙されているんだ」と新聞社批判演説がさらにまた続くのでした。

というわけで今月いっぱいで我が家は新聞宅配はやめることになりました。私は斎藤美奈子の文芸時評も愛読していたし、実はちょっと躊躇もあったのですが、やめるとなったらさっぱりした気分です。確かに、インターネットや携帯電話で常にリアルタイムの情報が手に入る生活の中で、半日遅れの情報が型どおりの記事にまとめられて毎朝届けられる必要性はなくなっています。広告チラシなどのゴミも少なくなるし、部屋の中も頭の中もこれで少しすっきりしそうです。

2010年1月16日 (土)

警報解除

まつこです。

大雪警報は解除されました。しかし朝になって明るいところで眺めてみると、あらためてすごい豪雪です。

Photo_2[朝、窓を開けたら、こんな景色でした]

庭も家も、雪にすっぽりと覆われています。ご近所の人たちも雪かきに戸外に出てはみるものの、雪のやりばに困っています。でも昨日も書いたように、みなさんあまり暗い表情ではありません。あきれ果てたような表情で、苦笑いしています。

Photo_3 [屋根の上にも厚く雪が積もっています]

この明るさは雪景色の美しさと関係があるような気がします。新雪の上に雲が切れて日がさしこむ。するとあたりがいっせいにキラキラと輝きだします。その景色はやはり圧倒的に美しいです。子供たちはウキウキとカマクラみたいな穴を掘って遊んだり、雪玉投げたり、楽しそうです。

Photo[昨日買った帽子と手袋。気分は『私をスキーに連れてって』。古いですね・・・]

私はゴム長、帽子、手袋、マフラー、一昔前にはやったスキーウェアみたいな白いダウン、完全武装で近所のスーパーまで買い出しに出かけました。雪国で晴れた日の必需品はサングラスです。光が雪で乱反射してとてもまぶしいのです。いたるところに光があふれています。交通がマヒして不自由ですし、ものすごく寒いけれど、意外にも明るい豪雪の週末でした。

2010年1月15日 (金)

大雪警報!

まつこです。

長期予報で「暖冬」と予想した気象庁の担当者の方は、すでにどこかへ亡命されたでしょうか?地球は本当に温暖化しているんでしょうか?新潟、とんでもない豪雪に襲われています。

「すごい雪だから来ない方が良いわよ」と朝の電話で母に言われたのですが、ボケかけた母が過剰に反応しているのだろうとたかをくくっていました。しかし新幹線を降りると、確かにものすごい雪でした。JRのローカル線はのきなみ運休。路線バスがごくわずかに動いているのみ。いたるところで立ち往生したトラックが道をふさぎ、交通手段が寸断されています。

Photo[この玄関への細い道は、母が雪かきして作りました。火事場の馬鹿力みたいなものですね…]

大渋滞に巻き込まれながら、半日かけてようやくたどりついた実家は、すっぽりと雪に覆われていました。この日本海沿いの町は、毎年せいぜい30センチくらいの積雪が最高でした。こんなすごい雪は初めてです。市役所も特別警戒態勢をとっているとかで、防災無線で「市内の公共交通機関はすべて止まっています。道路状態が極めて悪くなっています」といった放送を流し続けています。

こうなると母はイキイキとし、きりりとした表情で、認知症の症状も今日はかなり軽減しています。豪雪の危機意識が良い緊張感を与えているのかもしれません。また母は今住んでいるところよりももっと雪深い地域で生まれ育ったので、この豪雪で昔の日々を思い出しているのかもしれません。いずれにせよ張り切ってテキパキ働いています。

Photo[雪景色を見てびっくりして、駅ビルで買った帽子と手袋。ボアつきのブーツも買えばよかった・・・]

もしかしたら大雪というのは、かすかに明るい興奮をもたらすものかもしれません。タクシーの運転手さんも「すごいねー」と笑っていました。お隣の若奥さんも「すごーい雪ですねーぇ」という感じで、あまり悲壮感はありませんでした。私も新幹線を降りたときに「おおおおおー」と仰天し、駅ビルで毛糸の帽子と手袋を買って「さあ、これで完全武装だぞ」とちょっと張り切った気分になりました。(実はゴアテックスのボアつきの可愛いブーツも試してみたのですが、ちょっと値段がお高めだったので「来週、帰省するときは雪消えている可能性あり」という理性の声が聞こえて、思いとどまりました。でもかわいかった。買えばよかったかも・・・)

こんなふうに雪国でもみなさんたくましく笑って暮らしています。でもいちばんたくましいのは女子高生です。この雪の中、制服の超ミニスカートにブーツという姿で、ひざや太ももは素肌をむき出しにして歩いています。うーん、あの根性、少し見習うべきかもしれません。

2010年1月11日 (月)

マミーズは母の味

まつこです。

3連休、みなさんいかがお過ごしですか?私は何もせず地味な週末を過ごしています。母のところに帰省しようかと思っていたのですが、風邪をひいてしまいました。「うつされるとイヤだから来ないで」と母に言われて、東京の自宅で静養。近所の散歩だけが連休中のイベントでした。

Photo[お休みの日、私のおやつはアップルパイ]

そこで今日は地元の名店「マミーズ」の紹介です。これまた地味な店です。そっけないガラスケースの中に、アップルパイがならんでいるだけ。このアップルパイも素朴な飾り気のない味です。ゴロンと大きく切ったリンゴとカスタードが入ったパイです。店名どおり、「ママが作った手作りパイ」の味です。季節によって使うリンゴが違うので、微妙に味も変わります。リンゴとカスタードのバランスもそれに応じてちょっとずつ変わります。でもいつ食べても懐かしい味、飽きない味です。

Photo_2[うめぞうのおやつはアーモンドケーキ]

アップルパイ以外にも少しずつ違うパイやケーキも作っています。レモンパイ、チーズケーキ、バナナパイ、ポテトパイ・・・しかしアップルパイはいつも置いてありますが、それ以外はお店に行ってみないと何があるかわかりません。そのあたりの「ゆるさ」がこのお店の魅力でもあります。うめぞうは今日はアーモンドケーキを選びました。アーモンドの粉が入った生地がサクサクしていて、その下にしっとりしたラム・レーズンがならんでいます。やはり昔懐かしい雰囲気の味です。

Photo_3[昨日の夕飯もマミーズ製。キッシュのつけあわせはセロリのサラダとエリンギのソテー]

ときどき、キッシュもあります。昨日のお夕飯はこちらのキッシュをいただきました。玉ねぎ、シメジ、生クリーム、卵・・・自分で作ってもこんな味になるという安心感のある味です。おしゃれな洗練された味も良いけれど、ちょっと風邪気味というようなときには、こういう「母の味」らしいものが食べたくなります。ご近所のほっとする味です。「マミーズ」は最近、銀座のデパートに出店したり、支店を増やしたりしているようですが、いつまでもこの懐かしい味のままでいてもらいたいお店です。

2010年1月 5日 (火)

デパ地下グルメで一人飯

まつこです。

ひさびさに、東京生活に復帰です。ロンドン→新潟と転戦した身には、東京のお天気の良さは楽園に感じられます。

お天気だけじゃなく、東京は何もかもが便利で快適。今日はうめぞうが外で夕食をすませてくるというので、さて一人で夕食をどうしようか、どこかで一人で外食しようか・・・と思案していました。それとも何か買ってかえろうかな・・・。

Photo[今晩の一人飯。キャンドルをつけて、ちょっと優雅な気分でいただきました]

そこは東京駅の横の大丸デパート地下一階。ホテル西洋銀座のデリカテッセンのガラスケースの中のおいしそうなビーフカツ・サンドイッチに目がとまりました。その隣にはグリーン・サラダ。よく見るとそのグリーン・サラダには大量の黒トリュフのスライスがのっています。ビフカツサンドとトリュフ、なかなか魅惑的な組み合わせではありますが、二つ合わせると2500円を超えちゃいます。ちょっと高いかな・・・と逡巡したその瞬間、「25%オフ」の表示が出されました。

Photo_2[こんなにたっぷりトリュフがのっています]

というわけで今晩の一人飯はデパ地下グルメです。ビーフカツ・サンドイッチはレンジでちょっと温めたら、油がほどよく溶けて美味でした。黒トリュフのせグリーン・サラダは、黒トリュフの香りをしっかりと味わうことができました。やはりこうなると赤ワインもほしいところです。残っていたオー・メドックを一杯。さらにもう一杯。ああ、至福の時間!

しかし、実は原稿の〆切が目の前です。新年五日目にしてすでに克己心に打ち勝ち、赤ワインのグラスを重ねてしまいました。

2010年1月 3日 (日)

哲学者のイメージ

さっそくうめぞうの第一弾です。

哲学書など読んだことのない人でも、哲学者については一定のイメージをもっているものだ。

そこで新年のクイズ。

カントはどんなタイプの人だった?

(1)  時間にうるさく、気むずかしい人

(2)  社交的で、ユーモアに富んだ人

(3)  深くものを考える、寡黙な人

(4)  旅行好きで、国外事情に通じた人

Photo_6[カントはこんな顔でした。どんなタイプのひとでしょう?]

正解は意外と思われるかもしれないが(2)だ。

弟子のヘルダーはカントについてこんな感想を残している。

「彼は若々しく、はつらつとした生気に満ちていましたが、それは老年になるまで衰えることがありませんでした。彼の広く考え深げな額は、尽きることのない快活さと歓びをたたえており、口からは、含意に富んだ言葉があふれ出し、諧謔や機知やユーモアはたちどころに口をついて出ました。彼の講義はもっとも楽しい談話の時でもあったのです。」 (坂部恵『カント』、講談社、人類の知的遺産43巻、1985、p.102より)

もっとも他の選択肢にも真実が混じっている。たとえば(1)の時間厳守。これは有名だが、小さいときから身体が弱かったこともあり、規則的生活を心がけたもののようだ。朝は執筆、午前は講義や大学業務、午後は散歩と休息、夜は友人たちを家に招いての食事や団欒といった生活。あまりはめをはずすことはなかったかもしれないが、かといって気難しいタイプではなかった。

また(3)の深くものを考える人というのはその通り。でも寡黙ではなく、話好きだった。とくにイギリス商人たちと各国事情について情報交換することは大好きだった。ただし、哲学の議論をふっかけられると露骨にいやな顔をしたそうだ。(4)の旅行好きはまちがいで、生涯のほとんどを生まれ故郷で過ごした。ただし、世界事情にはきわめて詳しかったようで、こんなエピソードが残っている。

「ある日、生え抜きのロンドン人が居合わせたところで、カントはウェストミンスター橋のことを、その形や仕組から長さや幅や高さ、さらに各部分の寸法まで事細かく手に取るように述べました。そのイギリス人はカントに、いったい何年くらいロンドンにお住まいでしたか、そして特に建築のことに従事なさったことがおありですかと尋ねましたところ、カントは、自分はプロイセンの国境を越えたこともなければ建築家でもないと確言しました。」(ヤハマン『カントの生涯』、引用は上掲書p.80)

哲学者というと、引きこもって本ばかり読んでいる気難しいタイプを想像してしまうが、じっさいには色々なタイプがいて面白い。

今年のテーマ

ひさびさにうめぞうです。

昨年後半はついついブログへの書き込みがおろそかになった。振り返ってみるに、まつこには介護を中心に、グルメや旅行など継続してとりあげてきた話題があった。だから今年はうめぞうも、いくつかのテーマにそってブログを書いていくことにしよう。しばらくは、哲学者にまつわるこぼれ話などを紹介していくつもりだ。

そもそも哲学者にとって作品と生活はどのように関係してきたのだろうか。

言行不一致が信用失墜のもととなるのは世のならい。とくに政治家や政党の約束不履行については、それなりに品位のある説明が求められる。

民主党はかつて政権交代の暁には「官房機密費の流用を厳格に制限し、使途は厳正な公開基準の下で一定期間後に公表する」などと公言していた。ところが政権についたとたんに官房長官みずからが「官房機密費?そんなものがあるんですか?」などとすっとぼける始末。これなどは、あまりにも主権者を愚弄する言辞で、批判を受けて当然だろう。

ところがこの言行不一致も、言語芸術や哲学などの分野になると、なかなか一筋縄ではいかない。純愛小説の作家が希代の漁色家だったり、貧困問題の専門家が貪欲な利殖家だったりすることは十分にありうる。またそのこと自体、とくに批判する必要もない。それは政治家の公約とは別の次元にある。作品はもともと作家の個人生活についての約束を含んではいないからだ。そこに創造行為の自由もある。ただそうはいっても、愛読者ともなれば、先に挙げたような事実を知らされれば、やはり少しがっかりすることだろう。

Photo[ジャン=ジャック・ルソー。女性にもてそうなイケメンです(matsuko)。肖像画はBritannica Online Encyclpediaより]

たとえばルソーの教育論を紹介すると、ほとんどの学生たちはその考え方に共鳴する。ところが、このルソーが自分の子供数人をことごとく孤児院に入れたと聞かされると、これまたほとんどが失望する。時には、そんな人の教育論など嘘くさいと反発する。

そこでうめぞうは2つのことを説明する。ひとつは、自分たちの意識や感覚を異なる時代や地域に投影するときには、よほど慎重にならなければならないこと。この場合でいえば、子供を孤児院に預けるという行為が、当時のフランス社会でどのような意味を持つ行為だったかは、よく調べてみる必要があるということだ。もうひとつは、作家の生活と作品は、たがいに密接に関係はしているが、けっして一体のものではないということだ。あまりにその一体性を求める道徳主義は、作品の自律性と創造行為の自由をおびやかす。

かといって作品をまったく作者や時代から切り離して受容する態度にも落とし穴はある。今年は何人かの哲学者の生活こぼれ話を紹介しながら、こんなテーマを少しとりあげてみることにしよう。

2010年1月 2日 (土)

ほろ酔い気分で編み物

まつこです。

年末に母がマフラーを完成させました。今年は昨年に比べ、集中力も正確さも落ちていますが、なんとか最後まで編みあげました。今は別の作品に挑戦中です。冬は庭仕事もなく、手持無沙汰なので、編み物をしていると気持ちが落ち着くようです。

Photo[編み目がかなり不ぞろいなので、人にプレゼントするのはちょっと無理。わたしが使います]

母がこれを編みながら「きれいな色ねー。誰かにあげるの? 派手な人?」と聞いてきました。「私が使うのよ」と言ったら、「なーんだ・・・まあ、いいわ」と、ややがっかりした口調でした。誰かにプレゼントして喜ばれたいという気持ちがあるようです。私には派手かしら?でも新潟の灰色の冬にはこのくらい派手な色のほうがあっています。

編み物は母の好不調のインデックスになります。編み目がそろっているときは気分も落ち着いていて、体調の良い時です。ダメなときは編み目がでたらめになって、編んでは解きほぐすことの繰り返し。あまり度重なると母のイライラが募ります。結局私が手伝うことになります。

おかげでいつのまにか、私も編み物の腕をあげた気がします。といっても超初心者なので、『はじめての棒針編み』というような教本を見ながらの独学です。アイルランドの漁師さんが着るセーターみたいなアラン編みのひざ掛けの写真を見てがぜん編みたくなったのですが、作り方のページをみたら記号が複雑でラテン語の古文書のように読解不可能でした。

年末から来ていた弟と甥も大阪に帰り、母と二人ひっそりとしたお正月二日目。おせち料理の残りをつまみに地酒「越州」などちびちび飲みながら、ほろ酔い気分で編み物をしています。

2010年1月 1日 (金)

あけましておめでとうございます

ウメマツです。

あけましておめでとうございます。

Photo[ケンブリッジでの写真です]

12月31日にロンドンから戻り、それぞれの実家に分かれて帰省し新年を迎えています。おせち料理はOisixから両方の家に同じものを宅配してもらいました。宅配おせちは手抜きですが、二つの実家で同じおせち料理というのは、意外と連帯感があっていいような気がしています。

今年も年老いた親たちを支えつつ、仕事や生活を存分に楽しみながら日々を過ごしていきたいと思っています。昨年一年間、このブログを読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました。今年もどうぞよろしくお願いします。

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