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2009年8月

2009年8月29日 (土)

期日前投票

まつこです。

昨晩から久しぶりに新潟に帰省しています。盛夏の2週間を不在にしている間に、庭の様子も変わっていました。母と一緒に種まきしたアサガオは花の盛りを過ぎたようです。さるすべりの花も終わっていました。代わりに野生のユリがいくつも咲いています。

2009829_003[未明の驟雨の露が花びらに残っていてきれいです]

今日は母を期日前投票に連れていきました。葉書が届いて以来、「投票の仕方がわからない、候補の名前がわからない」と国際電話でも何度も繰り返しており、母は不安を感じていたようです。「棄権してもいいんんだよ」というと「国民の義務だから」と言います。このあたりは、戦後直後の徹底した民主主義教育の成果のなごりでしょう。

明日の投票日に、近所の投票所に行くのは気が進まないらしいので、今日、市役所まで行って期日前投票をしてもらうことにしました。小選挙区とか比例区とか最高裁判所裁判官国民審査とか、前もって説明すればするほど不安そうな表情になるので、「いいよ、いいよ、行けばなんとかなるから」ということで出発。

受付を済ませていよいよ投票用紙をもらいます。秘密投票で私が一緒に投票所についていくことはできないのかと思っていたら、「付き添いの方もどうぞ」という感じで、記入も見守ることができました。しかし・・・

ママ:「えーっと、民主党の候補の人は・・・ああ、この○○○○○さんね」

まつこ:「ママ、だめだよ、そんな大きい声で言ったら」

立会人:「大丈夫ですよー、見えてませんから」(苦笑)

比例区ではさらに・・・

ママ:「えー、党の名前変わっているのね。知らない党ばっかりだわー。知っているのは社民党しかないわ」

まつこ:「じゃあ、それでいいんじゃない、それ書いて」

ママ:「えー、じゃあ、自民党ね・・・」

まつこ:「えっ?ママ、自民党でいいの?政権交代って言ってたじゃない」(焦って小声でささやく)

ママ:「そうそう、だから自民党・・・じゃないわね・・・えー、もう一度見直して・・・社民? 民主?どっちかわからなくなったわ」

まつこ:「出かける前は民主党って言っていたよ」(周りの目を気にしながらさらに小声で耳元でささやく)

長年続いた55年体制のもと、教員だった母は日教組の一員として、選挙のたびに「社会党」の候補に投票し続けていました。そのため今回も思わず「社民党」と書きかけたのでした。しかしちょっと違うと気づいた瞬間、頭の中が混線し党名が混乱してしまったのです。

確かに「民主」「自民」「社民」、これでは認知症の老人には区別がつきにくいですね。もし二大政党制が定着するのであれば、もう少しはっきりと違いのわかる名前にしてほしいものです。(ついでに、理念の違いもはっきりわかるようにしてほしい!)

ま、とにかく「国民の義務」を無事果たし、表情が一気に安らいだ母。「私、これが最後の選挙かもしれないわね」と言うので、私はちょっと焦りながら「いやー、衆議院はいつ解散するかわかんないからねー」とごまかしました。内心は「確かに、これが最後の投票かもしれないな」と思いましたが。母よ、あなたは「国民の義務」はもう充分果たしました、そう思った投票所の出口でした。

2009年8月27日 (木)

夏の終わり、旅の終わり

まつこです。

東京に戻りました。旅行の最終日、雨上がりのパリを散歩すると、ハラハラとマロニエの葉が散り始め、そろそろ夏も終わりだなと感じました。東京に戻っても、夜になると虫の声が聞こえてきます。日本の夏も終わりですね。旅が終わった寂しさと、終わりゆく夏への感傷が重なりあい、ちょっと切ない気分です。

パリを出発する直前に、友人のSくん、Nさんの夫妻が、ホテルまで見送りに来てくれました。お土産にパリのビオ・ショップのキッシュやリエットを持ってきてくれました。2人が前日に案内してくれたレストランGlouのメニューにも、食材に"bio"と表示されているものがたくさんありました。美食の国フランスの人々も食の健康に気を使っているようです。

Photo[パリから持ち帰ったキッシュを温めて夕食]

昨日、夕刻に自宅に到着したあと、夕食はこのキッシュを温めていただきました。ひとつはトマトとオニオンとハーブのキッシュ、もうひとつは卵の優しい味でした。なんだかフランスにまだいるような気分を味わえました。旅のエピローグの食事としては最適。とても気の利いたお土産でした。Sくん、Nさん、ありがとう。

・・・と旅情のなごりに甘く浸ってばかりいるわけにはいきません。まずはスーツケースから大量に出てきた衣類をせっせと洗濯しなければなりません。2週間以上の旅であれば、旅の途中で洗濯を少しずつすることになります。皆さん、旅の間のお洗濯、どうしていらっしゃるでしょうか。ウメマツは次のような方法で洗濯をしています。

Photo_2[バスタオル脱水法―1]

まずはきれいなバスタオルを一枚用意します。洗面所かお風呂で洗ったものを手で絞ったあと、そのバスタオルの上に重なり合わないようにして並べます。

Photo_3[バスタオル脱水法―2]

それを端からバスタオルごとくるくるっと丸めていきます。

Photo_4[バスタオル脱水法―3]

その海苔巻みたいになったバスタオルを端の方から丹念に踏むのです。そうすると洗濯物の水分がバスタオルに吸収されます。脱水機から出したのとあまり変わりなくなります。それを干します。お風呂場ではなく、クローゼットに干して扉をあけっぱなしにしておくのが良いようです。ヨーロッパの場合は夏は乾燥していますし、それ以外の季節はセントラル・ヒーティングが効いているので、下着であればすぐに乾きます。

トゥレット・シュル・ルーでは連日30度を超える暑さでした。乾燥しているので、不快感はなく、渓谷を吹き抜ける風がすごく気持ちの良いお天気でした。この天気の中、こうして洗ったものを窓際に乾すと、Tシャツでも1時間もするとからりと乾きました。

このバスタオル脱水法、最後にタオルを踏むのは体重が重いほうがもちろん効果的です。我が家の場合は当然うめぞうが踏みます。うめぞう、なぜかこの仕事が気に入っているようです。おそらく「役に立っている」という実感を得られるからでしょう。「キャリバンの出番だ!キャリバン、キャリバン・・・」と唱えながら踏んでいます。うめぞうの頭の中では、「キャリバン=肉体労働」という図式が出来上がっているようです。まあ、当たっていなくもないのですが、「キャリバン、キャリバン・・・」と言いながら嬉しそうな顔でタオル踏みをしている夫を眺めていると、原住民に労働を課す白人支配者になったようで、ちょっと気分は複雑です。

2009年8月25日 (火)

日本の希望の星

うめぞうです。

今回の旅も今日が最終日。帰国前日の夜は、パリの若い友人S君+Nさん夫婦と4人で食事をした。

この夫婦は以前にも紹介したとおり、すでに一人前の臨床医だが、目下フランスの大学院で哲学を勉強している。2年後には2人とも学位を取得して帰国予定だが、S君の方はさらに博士論文も書きたいという。2人とも当分は医学と哲学の2足のわらじで、貪欲な知的探求を続けることになるだろう。

フランスに来る直前からフランス語を始めたNさんも、今や驚くべきほどフランス語が上達し、この方面では先輩格のS君も近い将来、追い抜かれるかもしれないと焦っているくらいだ。まだ20代のこの2人が、どこまで成長していくのか、今から本当に楽しみだ。日々、寄る年なみを感じるうめまつにとって若い人々の成長を眺めるくらい贅沢な人生のプレゼントはほかにない。

このSNコンビを見ていると、われわれの世代にはあまりなかった、いくつかの素晴らしい変化の兆しが感じられる。

ひとつは、夫婦である男女が、仕事上のよきライバルとして切磋琢磨し合うという関係だ。どちらかというと垂直に穴を掘っていくタイプのS君と、どちらかというと水平に視野を広げていくタイプのNさんは、おたがいに自分にはない相手の能力を尊敬し、相手を補うと同時に相手から学びとっている。男性がよけいなプライドをぶらさげていた時代にはなかなか成立しなかった関係だ。

もうひとつは、同職組合のタコつぼから脱出し、あくまで自分の興味関心を追求しようとする越境者の精神だ。日本には哲学者兼物理学者(ヴァイツゼッカー)とか哲学者兼政治家(テイラー)といった多方面で活躍する知識人はまだまだ少数派だが、2人は将来の知識人像のよき先き駆けとなるだろう。

さいごにもうひとつ、彼らは一時代前の知的職業人とくらべると、はるかに日常生活を楽しむセンスと、良い意味での快楽主義を身につけている。刻苦勉励して故郷に錦を飾る、式の猛勉強留学生は昔からいたが、そうした内的抑圧は、いつかは西洋文化の偶像化やその反動としての日本主義へと屈折していくのが落ちだ。

こうした新世代の活躍を見るとうめぞうにもそこはかと希望がわいてくる。

体重増えた!

まつこです。

南仏の旅、その魅力はやはり豊かな食材で作られた食事です。ここで1週間ほど過ごしたあと、うめぞうはおなか周りがふくらんで、はいてきたデニムが「拘禁服」のようになってしまいました。毎日毎日、おなかいっぱいの旅です。

Photo[オーベルジュの朝ごはん]

オーベルジュの朝食はビュッフェで好きなものを取ります。それほど多様なものが用意されているわけではないのですが、朝のさわやかな空気の中でついつい余分に食べてしまいます。

Photo_2[この景色の中では、ジュースもチーズもおいしさが際立ちます]

ジャムは2種類。ブルーベリーとトマトです。このトマトを甘く煮たジャムをフレッシュなヤギのチーズにのせるととてもおいしいです。

Photo_3[トゥレット二日目の晩。Clovisのメニューを説明する女主人]

トゥレットでの2日目の夕食は、Clovisというビストロに行きました。若いシェフが村の中心に作ったまだ新しいお店です。ただ意欲が空回りしている感じで、おしゃれな料理を無理に作ろうとして、ちょっと凝りすぎという印象です。

Photo_4[メロンとスイカのスープにアーモンドのムースと新鮮なミントがのっています]

女主人に「日本人来たことある?」と聞いたところ、「お店を始めて1年2か月たったところだけどあなたたちが最初の日本人よ」と言われました。トゥレット・シュル・ルー5日間の滞在で日本人にはたった一人だけしか会いませんでした。(女性一人で旅をしているこのKさんには、数日後、偶然、ニースで再会しました。びっくり。)

Photo_5[鯖のグリル。日本を思い出す味でした]

日本の気配のしないリゾート地ですが、鯖の焼いたのは日本風でした。南仏風を意識して、付け合わせはアーティチョークやトマトが頻繁に使われます。また味付けにハーブが使われていることも多いです。

このお店はメイン二皿とることを強く勧めます。二皿目のステーキはいろんな風味のハーブと塩でまぶしたお肉を炭で焼いたもの。うーん、ちょっと硬すぎて顎が疲れました。

Photo_6[この真黒なかたまりがステーキです]

値段も高くて、別荘族の間での人気ももうひとつのようです。若い夫婦がやっている若いお店。これからがんばってほしい。

3日目は村の人に紹介してもらったお店が一杯で入れなかったので、大通りに面したクレープ屋Creperie des Artsに行きました。この地方の名物の一つは温かくしたヤギのチーズの入ったサラダです。オードブルにそのサラダを一つとって2人で分けました。

Photo_7[これで一皿を半分に分けた量]

野菜がパリンとしていて、シェーブル・チーズがほんわり温かく、香ばしいパンのスライスの上にのっています。松の実やくるみもたくさん入っていておいしかったです。そのあとはガレット。うめぞうは「プロヴァンス風」と名づけられたガレットを選びました。

Photo_8 [プロヴァンス風ガレット。ナス、トマト、オリーブがそろえばプロヴァンス風]

私の選んだ「ガレット・アンディアン」はマイルドなチキンカレーがのったガレットでした。このクレープのお店もそうですが、食後にリキュールがサービスでつくことがあります。こちらのお店ではレモンのリキュールをもらいました。爽やか風味で甘くておいしのですが、結構強いお酒なので、要注意です。帰り途の坂がつらくなります。

毎日、毎日、大量の食事を食べ、このあたりからやや胃の負担感を感じるようになってきました。しかしトゥレット最後の晩は、伝統的な料理を出すお店で、またしてもドーンとした量のお料理をいただくことになりました。Le Medievalはいかにも家族で代々やっていますという感じのレストランです。石造りのテラスで食事がいただけます。

Photo_9[Le Medievalのテラス席は眺めと心地よい風が最高]

気立ての良い娘さんと、職人気質のお父さんが出してくれたお料理は、見た目は素朴で、量はたっぷり。これぞ村のレストランという感じです。

Photo_10[ラパンのテリーヌ]

オードブルのラパンのテリーヌは、ウサギの肉だけじゃなく、いろいろな野菜も一緒にゼリーで固められています。滋味のあるおいしいテリーヌです。しかし・・・これを食べた時点ですでにお腹が八分目。

Photo_11[マスのバター焼き]

まつこのメインはマスのバター焼きに香ばしいアーモンドがたくさんかかっています。熱々でおいしい

!うめぞうのメインはタイのソテーにバターソース。日本でならゆうに3人分、いや4人分ありそうな

量。シブレットがたくさんかかっていて、これもおいしいのですが、うめぞうも最後のほうは青息吐息。付け合わせの野菜のファルシーがこれまたたっぷりとした量なのです。

Photo_12[タイのバター・ソース]

でも食べきれずにいると、店主のおじさんが本当に悲しそうな顔をするのです。困りました・・・。次にこの店に来るときは、朝から節食してお腹ペコペコでこなければなりません。

さて、山から降りてニースにやってきたウメマツ。コメントを書いてくれたwombyさんが、冬にニースに出かけて良いお店を見つけたというので、同じお店に出かけてみることにしました。womby, cherryの夫妻は私たちの知り合いの中で、誰よりもおいしいものを見つける嗅覚に優れているのです。食事関係の斥候としては右に出る人はいません。

彼らが冬にお店でもらってきたカードを一枚もらいそのVintageという店に予約を入れました。しかしニースの旧市街は本当に迷路そのものです。おまけにそこに書かれている地図が大ざっぱ。ホテルのコンシェルジュに聞いたら、見当はずれの場所を指示されました。

Photo_13[目指すお店をやっと見つけたぞ!]

迷路のような旧市街をさまようこと40分。ようやく見つけた小さなお店はその迷路のような旧市街でも目立たない脇道を入った人通りのないところ。レストランの数は百や二百ではおさまらないほど数多いこの旧市街で、wombyさんは、どうやってこんなところを見いだせたのでしょう?

小さな目立たないお店ですが、なかなかしゃれています。ガラスの四角いお皿でお料理を出すところが、ニースにしてはお洒落です。

Photo_14[オードブルはモツァレッラ・チーズとトマトとカモの燻製の薄切りがかさなっていました]

隣の席のカップルはアイルランド人でした。男性がうめぞうと同い年、女性がまつこと同業者ということで仲良くなり、おしゃべりを楽しみながらの食事になりました。お隣の女性のエビのグリルにはスミレの香りのソースがついていました。

Photo_15[まつこのメインは鶏肉ときのこの煮込んだもの]

ちょっと工夫をこらしたフランス料理という感じです。付け合わせについているトマトや玉ねぎを煮込んだものがプロヴァンス風でしょうか。

Photo_16[うめぞうのメインは魚をココナツ風味で煮たもの]

この地方はロゼ・ワインをよく飲むと聞いていたので、まつこは今回の旅ではとにかくロゼ・ワインを注文し続けました。しかしロゼ・ワインというのは、どれも特別な個性がなく、あまり強い印象が残りませんでした。でもこのお店でいただいたロゼは美味しくて、なみなみと注がれた大きなグラスで二杯しっかりいただきました。そしてそのあとリキュールのサービス。暑い一日が終わり、疲れた体に、たっぷりの料理とお酒。プロムナード・デザングレを朦朧としながら歩き、なんとかホテルに帰りつきました。

ニース二日目の晩は、「今日こそは軽くすまそう」ということで、ホテルの近所のイタリアンでピザとサラダ・ニソワーズを2人でシェアして食べました。行き当たりばったりに入ったお店ですが美味しかったし、お店の人たちもフレンドリーでした。うめぞうは「サラダ・ニソワーズはどうしても一度食べたい」と言っていたのですが、食べながら「要するにツナ缶のサラダか・・・」とちょっとがっかりしたようでした。でもニースに来たらニース風サラダ。こういうのは旅の鉄則みたいなものです。

Photo_17[サラダ・ニソワーズとピザ。半分でも十分満足]

というわけで南仏でたっぷり食べ続けた私たち。今はパリのホテルに宿泊しています。この部屋ホテルには洗面所に体重計がありました。恐る恐るのってみると・・・。

キャー。マズイです。うめぞうも私もかなり増えていました、体重が。でも今晩はパリで友人たちとビストロで食事の予定。

うーん、東京に戻ってから緊急ダイエットが必要ですが、今宵一晩は体重のことは忘れてパリの食事を楽しみます。

2009年8月24日 (月)

ニース観光

まつこです。

静かな山の村からバスを乗り継いで娑婆に下りてきました。そこは紺碧の地中海。世界の観光地、ニースです。数ヶ月前にうめぞうに「どこでも好きな行先選んでいいよ」とフランスの旅行ガイドブックを渡しました。しばらくそれをペラペラとめくっていたうめぞうは、「やっぱりコート・ダジュールだね」と一言。そのガイドブックを見てみると、「ビーチの女性たちはほぼ全員がトップレス」と書いてありました。うめぞうの目的はこれに違いありません。

Photo[実際来てみると、トップレスの人はごく少数でした。うめぞうはちょっぴりガッカリ]

ニースは「かつてとびきりゴージャスだった美女が厚化粧のおばあさんになった」みたいな街という第一印象です。昔、一部の特権階級の人々が集う超高級リゾート地が大衆化され、世界中から観光客が押し寄せています。観光客相手のカジノ、ネオンサイン、軒並み続く飲食店、水着姿で街を行きかう家族連れ・・・。ベルエポックの時代の装飾が過剰に施された贅沢な建物が、強烈な太陽の光と潮風とで色あせたまま、その観光客たちを迎え入れています。

Photo_2[典型的な観光客の一人としてミニトラムに乗るまつこ]

ミニトラムに乗ると、日本語のイヤホンガイドもついていて、街の様子や歴史を一通り知ることができます。迷路のような旧市街を通り抜け、街全体を見渡せる中世の城跡までミニトラムで登れます。旧市街を歩くと、「コンバンワ、サカナオイシイヨ」という片言の日本語で店に呼び込む声を次々と浴びせられます。

Photo_3[城跡から旧市街を見下ろすことができます。ニースの海岸線も一望できます]

観光地ならではの猥雑さは、バスに乗ってシミエ地区と呼ばれる高級住宅地に行くと、まったく消えてしまいます。

Photo_4[オリーブの林の公園。緑色の実もたわわについています]

オリーブの林と芝生が広々とした公園では、ピクニックをしている家族もいます。その公園に隣接してマティス美術館やフランシスコ会の修道院があり、そして少し歩いたところにはシャガール美術館があります。

Photo_5[修道院のよく手入された庭を散策することもできます。とても静かです]

マティス美術館もシャガール美術館も自然の光がたっぷりと入る建物です。自然光の中で、ゆったりと絵や彫刻を眺めることができます。

Photo_6[マティス美術館の地下エントランスはマティスの絵に雰囲気を合わせて白いすっきりとした空間になっています]

俗悪さと洗練、神聖と猥雑、歴史と現代、美術と食欲、ニースは多様な文化が入り混じった国際観光都市でした。

2009年8月23日 (日)

マティスの礼拝堂

まつこです。

トゥレット・シュル・ルー村には、特にこれという観光名所はありません。滞在中は散歩をしたり、読書をしたり、昼寝をしたり。何もしないのが一番の贅沢な時間の過ごし方。まさにバカンスです。

Photo[ヴァンスのロザリオ礼拝堂。三日月をデザインした十字架が屋根の上からコバルト色の空へとそびえています]

滞在中、一日だけバスに乗って隣の町ヴァンスまで行ってみました。ここにはロザリオ礼拝堂というマティスがデザイン・制作した礼拝堂があります。小さな礼拝堂に入ると真っ白なタイルの空間に、鮮やかな青、緑、黄色で大胆にデザインしたステンド・グラスが目に入ります。その3色の色ガラスを通して、南仏の強烈な日差しが白い空間に入り込み、白い壁に黒い線でシンプルに描かれた聖人や聖母子の壁画に反射します。

Photo_2[礼拝堂の入り口には聖母子と聖ドミニクスの絵が掲げられています]

祭壇も真っ白なすっきりとした四角い形の大理石。天井のシャンデリアや祭壇上の十字架も細い線で軽やかにデザインされています。大胆でありながら柔和、シンプルでありながら説得力を持ち、調和のとれた空間です。

Photo_3[礼拝堂の周辺はこのような景色が続きます]

ステンド・グラスにはこの地方でたくさん見かけるサボテンがデザインされています。外は岩山に強い陽光が降り注ぐ南国の景色です。光にあふれた南仏の自然の中に静かにたたずむ、小さな芸術作品のような礼拝堂でした。

2009年8月21日 (金)

鷲の巣村:トゥレット・シュル・ルー

まつこです。

コート・ダジュールには「鷲の巣村」と呼ばれる岩山の上にへばりつくように点在する小さな村が無数にあるそうです。トゥレット・シュル・ルーはそんな「鷲の巣村」の一つです。今回はこの小さな村に4泊することになっています。

Photo_2[岩にへばりついている村]

Photo_4[ちょっと高いところから見下ろすと村全体はこんな感じに見えます。小さな村の周りに高級別荘が点在しています]

サラセン人の攻撃を防ぐ要塞として崖っぷち城壁をめぐらしています。その中に迷路のように細い道と石造りの建物がひっそりとした村を作っています。この石造りの村が、どこを見ても絵葉書のようにかわいらしく美しいのです。目をつぶってシャッターを切っても、そこが必ず絵になっているほどです。

Photo_5[こんな城門が村の何箇所かにあります]

村の中心部は一周しても15分くらいで歩き終えてしまいます。でも曲がりくねった道や、細い横道や、湾曲した階段など、迷路の中をぐるぐると歩いていると、飽きずにいくらでも散歩ができます。

Photo_3[こんな可愛らしい景色ばかり]

Photo_6[強烈な日差しの中、いろんな花が咲いています。サボテンも多いです]

Photo_7[岩山の斜面に張り付いた村なので階段が多いです]

日本人にはほとんど出会いません。村の人に聞いたら、3年くらい前までは日本人が時々来たけれど、最近、来なくなったと言っていました。観光地の喧噪とは無縁。静かな時間が、流れている南仏の小さな村で、ウメマツものんびりした夏休みを過ごしています。

Photo_8[細い路地が迷路のように入り組んでいるる小さな村です]

2009年8月20日 (木)

ロンドンの芝居見物

ひさびさにうめぞうです。

今回は、まつこはロンドンで、うめぞうは東京で、それぞれの宿題を済ませてから、一緒に南仏でヴァカンスを楽しむという趣向。日曜日にロンドンで合流し、月曜日の夜はwomby、cherry夫妻、そして彼らの友人を交えて5人で芝居見物をした。まつこブログからは時間が逆戻りするが、ひとこと報告しておこう。

Photo[ロンドンの劇場街ウェスト・エンドのDuke of York劇場の前で。womby, cherry夫妻とお友達のKさん]

出し物はトム・ストッパードのArcadia、アーケイディアと発音するようだ。日本語の翻訳がまだないという。同じ作者の「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」という戯曲は、たまたま翻訳者が知り合いだったので、翻訳をいただいたり、芝居を見たりしたことがある。また、この作者が脚本を書いた映画「恋におちたシェイクスピア」はまつこの心の恋人レイフ・ファインズの弟が主演だという理由だけで、いっしょに連れて行かれた。(この兄弟は全く似ていない、兄が弟に圧勝している、という二点を確認して、まつこは満足げに凱旋した。)

うめぞうの芝居の知識はその程度のものだ。今回、ほかの4人はいずれもイギリス演劇の専門家ないしバイリンガル。英語もできず、演劇の知識もないうめぞうは一人、蚊帳の外だ。それでは可哀そうだという皆の温かい配慮で、芝居が始まる前にwombyがレクチャーをしてくれることになった。

Wombyは「気は優しくて力持ち」という男の子の理想形をそのまま大人にしたような好人物だが、さすがに新進気鋭の劇評家だけあって、芝居の内容とポイントの説明は天下一品だ。

同じイギリスのカントリーハウスを舞台に、180年の時を隔てて、2つの物語が交互に演じられていく。ひとつは19世紀初めの天才少女とその家庭教師をめぐる物語。もうひとつは、その時代を20世紀末に再構成しようとする二人の歴史家のライバル意識と葛藤の物語。

芝居そのものは、もちろんうめぞうには理解できなかったが、秩序とカオス、因果性と自由、解釈と事実、自然と歴史といった近代学問のかかえてきた難問が、登場人物の自己理解や歴史理解と複雑に交錯しながら浮かび上がってくるという、非常に知的にしくまれた芝居のように見受けられた。言葉遊びや皮肉、おちょくりなども各所にちりばめられているらしく、観客席からは途切れることなく哄笑が発せられる。この笑い声と、wombyが教えてくれたテーマとの間に、やや距離を感じることもあったが、これはもちろん、うめぞうが言葉をひとことも理解できなかったことによるのだろう。

それでもこの芝居のテーマは、近代化図式の修正と再構築という、最近うめぞうの頭を離れない問題とも、いろいろな面でつながっている。それについてはあらためて、この滞在中に書くことにしよう。いずれにしてもいろいろな意味で、貴重なヒントを与えられた一晩だった。

3年前と比べると、街全体がやや雑然とした印象を受けたロンドンでの2日間だったが、劇場の中はあいかわらずこの街らしい雰囲気だ。門前の小僧にも、その雰囲気だけはそれなりに伝わってくるものだ。

まつこです。wombyさん、cherryさん、今回もどうもありがとうございました。wombyさん、昨日はコメントありがとうございます。今泊っているところからはなぜかコメントの書き込みができません。後日、改めて返事書かせていただきます。

2009年8月19日 (水)

南仏バカンス

まつこです。

月曜日でロンドン出張は終了、日曜日にロンドンにやってきたうめぞうと合流し、火曜日からいよいよバカンスです!やってきたのは・・・

Photo[窓を開けると―]

Photo_2[遠くに地中海が見えます]

南フランスのニースから少し山のほうに入ったTourrettes sur Loup(トゥーレット・シュル・ルー)という小さな村です。渓谷を見下ろす切り立った岩山の上の小さな村でです。有史以来、さまざまな民族や部族の争い、ヨーロッパ諸国の戦争にさらされながら、中世のままの小さな石造りの村が今日までそのまま残っているところです。

第二次世界大戦中、映画作家のジャック・プレヴェールがここで映画を作り、以来、映画関係者や美術工芸家が多く住むようになりました。小さな村に自作の陶器、ジュエリーなどの工芸品を売るアトリエ兼店舗のお店がたくさんあります。

宿泊しているのはオーベルジュ・ドゥ・トゥーレット。ニース空港から若いあんちゃんが運転するベンツのタクシーでビュンビュン山道を飛ばして30分ほど。村に入るとあんちゃんが「宿の名前は何?」と聞いてきました。「"Auberge de Tourrettes"です」と精一杯フランス語らしく言ったつもりなのに、あんちゃんは「だからさー、その名前だよ。」発音が悪いせいで通じないのかと思い、再度挑戦。

まつこ:「Auberge de Tourrettes」
あんちゃん:「だからその名前!」

このやり取りが3回くらい繰り返されました。やむなくメモを見せると、あんちゃんドライバーも納得してくれました。「これが名前か。悪かったな。」小さい村なのでオーベルジュといっても数少ないので、「トゥーレットのオーベルジュ」という名前のオーベルジュなわけです。

日本でオーベルジュというとかなり高級なホテル風のところもありますが、ここはまさに旅籠という雰囲気。部屋には「アネモネ」とか「バラ」とか花の名前が付いています。電話も金庫もない素朴な雰囲気の部屋です。タイル張りのむき出しの床にベッドが置かれているだけ。でも素朴なインテリアがかえって村の雰囲気とあっていて、快適です。ただしお湯はどんどん出るし、高速無線LANも使えます。

Photo_3[洗面所は清潔で広々しています。バスタブもちゃんとついています]

到着初日はこの宿のレストランで夕食をとることにしました。田舎風の素朴な食事かと思いきや、これが洗練されたお料理でびっくりしました。景色のよいテラスでの食事です。南フランスの渓谷と、その向こうに見える地中海の景色が次第に夕暮れに沈んでいくのを眺めながら、野菜、お肉、魚の風味がしっかりと口の中に広がるおいしい食事を堪能しました。

Photo_4[すばらしい景色が御馳走の一つです]

Photo_5[オードブルのホタテのお料理]

Photo_6[豚のロースト。アンチョビがソース代りにのっています。ローズマリーの香りがいかにも南仏]

Photo_7[これはおそらくスズキの仲間(英語だと"weever"というそうです)。フレッシュなシェーブル・チーズと甘く煮たレーズンがのっています。えっ?と思う組み合わせですが、おいしい!]

2009年8月18日 (火)

空き家だらけの通り

まつこです。

以前は日曜日にはお店が全部しまっていたロンドンも、最近はほとんどのところで日曜営業しています。ただ日曜日は"browsing time 11:30-1200"というような表記をしてあるところが多いのですが、12時までは見ることはできても買うことはできないそうです。営業時間を規制する法律の関係らしいです。

「買えないのなら衝動買いがふせげて安全」と思い、特に予定のない日曜日の午前中、ナイツブリッジまでぶらぶら散歩に出かけることにしました。ウォルトン・ストリートという住宅街の中の道を歩いていて驚いたのは、「貸家」「売家」という看板の多さです。

Photo_2[貸家]

Photo_3[ここも貸家]

Photo_5[こちらは売家]

金融危機と不景気のせいで、高級住宅街に住んでいた駐在員が引き揚げてしまったというような例が多いのでしょう。ハロッズの裏側に続く道で、いかにも富裕そうな人々の住んでいた街路です。この空き家の一軒に住めたら素敵でしょうね。最寄りの食品店はハロッズのフード・ホール、徒歩5分でキャビアやフォアグラなどの高級食材が手に入る・・・などという妄想を繰り広げながら歩いてしまいました。

Photo_6[空き家だらけ…」

イギリス経済はどん底からまだ脱していないそうで、今年の夏は海外に行く人が激減し、国内のキャンプ場がにぎわっているそうです。ここ数年、世界金融の中心として、いわば巨大なマネー・ゲームのゲーム・センターだったロンドン。景気は冷え込み、アフガンでは多くの兵士が命を落とし、国内ではギャング化した若者も増えています。多くの問題を抱え込んだイギリスは、マネー・ゲームの熱気が冷めた今、かつての老大国の落ち着きが少しは取り戻せるのか、あるいは社会不安と混迷の中にずるずると落ち込んでいくのか・・・。マネー・ゲームのプレーヤーが立ち去った後の空家の多い通りは、先行きの暗さを示唆するように、静まり返っていました。

2009年8月16日 (日)

モザイク都市

まつこです。

ブリティッシュ・ライブラリーのトイレで、「あらー、私と同じように眠そうな顔した人がいると思ったらまつこさんじゃない!」と声をかけられました。学会の仕事でしばしばお世話になっているK先生でした。この時期のブリティッシュ・ライブラリーは、日本から夏季休暇を利用して資料収集や研究に来ている大学教師が相当数います。「夏休みが長くてうらやましい仕事ですね」とよく言われますが、夏休みの間に勉強もしなくちゃいけないわけです。

というように図書館通いの数日を過ごしましたが、今日の夜からまつこは休暇モードに切り替えです。ロンドン在住の友人womby, cherry夫妻と『ポルノグラフィ』という芝居を観ました。差別や孤独などそれぞれの生活を抱えた数名のロンドンの住民のモノローグや対話の断片が重なりあい、そこに2005年のロンドン・オリンピック開催決定とその数日後の同時爆破テロという背景がかぶさってくるという芝居です。

「だからなんなんだ?」「中途半端」「素人くさい」「だめじゃん」など、芝居が終わったとたん3人が口ぐちにこきおろし始めました。あまり面白くなかった芝居のあと、あれこれ文句を言うのも観劇の楽しみの一部です。芝居の前にパブで一杯ひっかけていた私たちは、非難の舌鋒も鋭くなりがち。

Photo[再会を祝しタパス屋で乾杯!]

さらに場所をタパス屋さんにうつしワインで乾杯。「最近ロンドンの芝居はもうひとつ面白くない」という話をしながら、あっというまに2本目に。ほどよく酔いが回ると、「じゃあ、もう一軒パブにでも」ということになります。

学生や旅行者の多いパディントン駅近くから、アラブ人街を通り抜け、ハイドパークの横を通ってメイフェアのパブまで歩いてきました。すっぽりと黒いベールで全身を覆った女性たち、男ばかりの客が水パイプを吸っているカフェ、いたるところにアラビア文字の表示。ここがロンドンだということを忘れてしまいそうなほど中東色の濃いエッジウェア・ロード界隈。そしていかにもロンドンらしいハイド・パークと高級ホテルと大使館の建ち並ぶメイフェア。20分も歩けば、街の表情がガラリと変わります。日本大使館のあるピカデリーまで出ると、肌をむき出しにした若い女の子たちがお酒に酔って、ヨタヨタと危なっかしい足取りのハイヒールで歩きながら、嬌声をあげています。異質なものが寄せ集まったモザイク都市ロンドンの様子は、今日は芝居より散歩で見ることができました。

2009年8月15日 (土)

妻が生き返ったら思わず逃げた!

まつこです。

日本で生活しているとお財布の中にだんだんいろんなカードが増えてきます。クレジット・カード、銀行のキャッシュ・カード、いろんなお店のポイント・カードなどなど。最近は、ロンドンにほんの数日滞在していてもカードが増えます。

Photo[これが毎日必ず持って出かけるカード]

まずホテルの部屋の鍵がカードです。図書館の入館証もカード。"oyster"という地下鉄やバスにタッチするだけで乗れるスイカみたいなカードもあります。さらに私の場合は、毎日2回ずつ母に電話するので、国際通話が安くなるカードも携帯しています。

この種のテレフォン・カードは様々な種類があり、どの方面への通話が安いかは各カードによって違うらしいので、「日本への通話料が一番安いカード」と指定して買います。携帯を使うか、フリーダイアルを使うか、公衆電話を使うかなどによっても値段が違いますが、5ポンドのカードで1時間以上は確実に通話できます。

今週、母のところに弟一家が帰省し、数日泊って行きました。息子夫婦や孫に大切にされて、毎日、母の声が明るく、遠く離れていてもとても心強かったです。今日はもう大阪に帰ってしまいましたが、「効果」はまだ続いているようで、その間の出来事をしっかり覚えていて、あまり同じ話題を繰り返したりせず、元気だった時と同じような口調で話していました。来週は母の姉(私の伯母)に泊まりに行ってもらうことになっています。海外に出るときは、後顧の憂えがないように、しっかりシフトを組んでおきます。今回は何か月も前から「8月2週目お願いね」とか「伯母さん、8月3週目お願いできないでしょうか?」と予約を入れておきました。

Photo_2[芝居が終わった時の劇場]

今日の夜は昨日と同じ劇場でシェイクスピアの『冬物語』を観ました。オールド・ヴィックという200年くらいの歴史を持つ古い劇場です。第二次世界大戦のときには空襲でだいぶ傷んだそうですが、それを修復して今日まで使い続けられています。古ぼけた外観、赤いビロードが擦り切れたイス、時代遅れのシャンデリアなど、そのままでレトロな映画のセットみたいな劇場で、古い昔の役者たちの亡霊が棲んでいそうな感じです。でも私はこの劇場、わりと好きです。

今日の『冬物語』と昨日の『桜の園』は同じ演出家、同じキャスト、同じスタッフによる二本立ての企画です。劇の始まる前、昨日も今日も同じ言葉が、舞台にプロジェクターで映しだされていました。"O, call back yesterday, bid time return".(「昨日を呼び戻し、時に戻ってくるよう命じなさい」、『リチャード二世』より)。過ぎてしまった時を悔やみ、取り戻せるはずのない時を思い続けるというのが『冬物語』と『桜の園』で共通するテーマです。

『冬物語』は、根拠のない妄想にとりつかれ、妻と子供を失った国王レオンティーズが、悔恨の16年を過ごすという内容です。サイモン・ラッセル・ビールは、これを神経症で弱い内面を抱えた男として演じていました。妻とそっくりに彫られた石の彫像が動き出すと、驚嘆のあまり動けなくなるというのが普通の演出ですが、今日のレオンティーズはその瞬間、思わず逃げ出し、この再会を仕切ったポーライナの背後に隠れてしまいそうになります。「男は弱い」というのが21世紀らしい解釈なのかもしれません。

2009年8月14日 (金)

冷房後進国

まつこです。

今までロンドンに来て時差ボケはあまり実感したことがなかったのですが、今朝は睡眠時間3時間くらいで目が覚めてしまいました。これが時差ボケというものだろうか、年齢のせいか・・・と、若干気落ちしております。

明け方に目が覚めて、もう眠れそうもなかったので、今日は開館時間を目指してブリティッシュ・ライブラリーに出かけました。9時半開館なのですが、9時25分くらいに着いたら、入場を待つ長蛇の列ができていてビックリしました。

Photo[ちょっと巨大な工場みたいに見える建物ですが、これが新しいブリティッシュ・ライブラリーです]

今朝は開館前に日本のテレビ・クルーが来て取材をしていたようです。立花隆氏がその一団の中にいました。ガン闘病中とのことですが、早朝から精力的に仕事をしている様子で、元気そうでした。

閲覧室以外の展示室などは誰でも入れますが、閲覧室に入るには登録証を発行してもらう必要があります。住所やサインを証明する書類を提出し、ちょっとした面接みたいなものがあって、ここの蔵書を使う必要性があるのかどうかを問われます。これをパスすると最長3年有効の登録証をもらえます。

あまり目的のない人が時間をつぶすために入るというわけにはいかないので、閲覧室では真剣に仕事をしている人がほとんどです。机に突っ伏して眠っている人などはあまり見かけません。今日は時差ボケが心配だったのですが、巨大な閲覧室全体に良い緊張感が漂っているので、眠くはなりませんでした。

閲覧室の静謐のほかに、もうひとつ眠くならない理由があります。寒さです。10年ほど前からロンドンも夏は暑くなり、いろいろな施設で冷房が入るようになりましたが、イギリスは冷房後進国です!とにかく冷蔵庫の中のように寒いのです。たぶん15度くらい。「まったくアングロ・サクソンは図太いんだから」と身を震わせて周囲を見回すと、セーター着こんでいたりショールを巻いていたり、防寒対策をしている人もいます。

図書館だけでなく劇場の冷房も概して効きすぎで寒いです。今晩はサム・メンデス(ケイト・ウィンスレットの旦那ですね)演出の『桜の園』を見に行きました。イーサン・ホークも学生の役で出ていました。私のお目当てはサイモン・ラッセル・ビールという個性派の役者です。没落した素封家から桜の園を買い取るロバーヒンを演じていました。成り上がった金持ち商人というだけではなく、ラネーフスカヤへの屈折した思慕や複雑で繊細な心理を抱えて、厄介な自分を持て余している内気な男というのがよく表われていて面白かったです。

ただとにかく劇場内が寒くて、まるでロシアでした。まさかこの寒さも演出の一部じゃないでしょうね、この寒さじゃ桜は咲かないぞ・・・と思いながら、ロンドンでチェーホフの芝居を楽しんだ夜でした。

2009年8月13日 (木)

釣り合わぬは不縁のもと

まつこです。

今日のロンドンは、曇り、時々晴れ、夕方から時々雨。昼間はブリティッシュ・ライブラリーで仕事。夕方からナショナル・シアターでシェイクスピアの『終わりよければすべてよし』を観劇。今週中は物欲も食欲も抑えて、研究者のはしくれとして、毎日こんな生活を送る予定です。

ブリティッシュ・ライブラリーでは、1640年の古い版本の挿絵を一枚見たかったのですがダメでした。日本から前もってメールで問い合わせした時には、「来館してリクエストすれば当日中に見れます」という返事だったのに、実際はどこかの展示会に貸し出し中だそうです。ちょっとがっかり。

Photo[写真右端のコンクリート造りの無骨な外見の建物がナショナル・シアターです]

夕方はテムズ川を渡ってナショナル・シアターへ。パリのセーヌ川、ロンドンのテムズ川、フィレンツェのアルノ川など、街の中央を大きな川が流れていると街の景色がぐっと印象的になりますよね。東京でも私は神田川にかかる聖橋周辺の景色が好きです。日本橋の上をふさぐ首都高を地下に移設して景観を回復する、と石原知事が口にしたことがあった気がしますが、あの計画はどうなっちゃったんでしょう?

『終わりよければすべてよし』はタイトルだけはよく知られていますが、上演される機会はあまり多くない作品です。「問題劇」と呼ばれ厄介な作品とされています。「女が逃げる男を追いかける」というストーリーの展開が、そもそもロマンティックなコメディにはなりにくいのです。

今回は「金髪のおぼっちゃま君」を、「地味でしっかり者の女」が意志の強さと努力で追いかけて、とうとう最後に我が物にするという演出でした。もともとの戯曲でも身分が違うことになっているのですが、さらに演出で容姿も不釣り合いにしたわけです。全体はその「不釣り合いなカップル」というリアルな問題を、おとぎ話の世界の中に強引に入れ込んだ演出です。このバランスの悪さはおそらく意図的なのだと思います。地味なヒロインが赤頭巾ちゃんみたいな赤いマントを着て旅に出て、結婚式にはシンデレラみたいなキラキラ光るガラスの靴を履きます。他人になり済ましベッドに男を誘いこむときには子猫ちゃんに扮するコスプレ。

「終わりよければ」といってもやっぱりこのカップリングには無理があるよ・・・と、見ている人たちも、本人たちも薄々気づきながらのハッピー・エンディング。作り笑いのぎこちない笑顔で終わるというわけです。面白くないわけではないのですが、意地悪な芝居を見たという感想です。「釣り合わぬは不縁のもと」ってことなのね、やっぱり・・・などと思いながら、夜のテムズ川を渡って帰り道につきました。

2009年8月12日 (水)

ロンドンの表情

まつこです。

台風と地震が同時にやってきた東京から逃げ出すように、ロンドンにやってきました。今回は少し仕事もあるのですが、後半は休暇、あわせて2週間ほどの旅になります。

地震の揺れで目がさめ、とるものとりあえずあわてて家を出て、成田空港までやってきたとき、ネックレスがなくなっていることに気付きました。20年以上前に母に買ってもらったものです。ちょっとショック・・・。

Photo[スローン・スクェアです]

しかし立ち直りの早い私は、ロンドンについたとたん、「そうだ、代わりのを買おう!」と、スローン・スクェアまで出かけました。スローン・スクェアにはティファニーとかカルティエとか高級ブランドのお店も並んでいるのですが、そこは通り過ぎて、もっとお手軽なLonks of Londonでちいちゃなクロスのチャームとごくプレインなチェーンを購入。

Photo_2[隣はティファニーですが、そちらは素通り]

「今日東京から到着したばかりなんだけど、来る途中でネックレス無くした」と言ったら、店員さんが同情してくれました。「ラッピングしないで今すぐしていく?」と聞くので、「いえ、ラッピングして。ラッピングを開けるのがショッピングの最大の楽しみだから」と言ったら、黒人のチャーミングな定員さんが「その通りよね!」と明るく笑って、可愛くリボンをつけてくれました。

Photo_4[夕食は軽くワインバーで。このスパークリング・ワインのあと赤でメルローを一杯。ワインは両方ともおいしかったけど、料理はそこそこ]

8時過ぎても明るいロンドンの夏の夜。チェルシーの優雅なマダムたちの様子を眺めながら私ものんびり散歩しながら時差を解消。途中でワインバーに入って夕食。ロンドンの人々が歩く速さや交通の流れを思い出しました。

東京とロンドンは両方とも忙しい大都会ですが、東京では人々は「無表情でくたびれた足取り」ですが、ロンドンは「無愛想な表情でずんずん歩く」という印象です。街の表情を決めているのは建物や自然だけではなく、そこに住む人々の顔つきに左右されます。私も明日からはいつもよりちょっとだけ表情をきりりとさせてロンドンの街を歩きます。

2009年8月 9日 (日)

アラフォー世代のジレンマ解決本?

まつこです。

新潟は湿度85%です。まるでお風呂の中です。あるは雨期のジャングル。この蒸し暑さの中、健診のために母を病院につれていき、買い物をし、食事の支度をし、合間に仕事・・・。いささかへこたれてきました。そこでブログを書いて気分転換!

職業柄、本と接している時間は長い方だと思いますが、「栞」(しおり)で気に入ったものというのは、あまり多くありません。金属製やプラスチック製の立派なのは邪魔になります。デザインが良くても厚すぎたり、重すぎたりするのはだめです。文庫本や新書についてくる薄っぺらい紙のは気がつくと無くなっていることが多く、使い捨てです。

Photo_3[これはアルチンボルドの『春』。今は仕事の本に挟んであります]

最近気に入っている栞は、春にルーブル美術館の売店で買ったものです。16世紀のイタリアの画家アルチンボルドの『春』と、18世紀の彫刻家カノーヴァの『エロスとプシュケ』をデザインした2枚の栞。この週末に新潟に持ってきた2冊の本に、ちょうどその2枚の栞を使っています。

アルチンボルドの『春』は咲き乱れる花や若々しい緑で人物の肖像を描いたものです。ちょっと不気味ですがユーモラスなので、目下、仕事で読まねばならぬお堅い研究書に挟んで使っています。数ページ読んで眠くなったときは、この花びらを数えて眠気を飛ばします(嘘)。

Photo_4[こっちは眠くならない方の本]

もう一方の『エロスとプシュケ』はきれいな彫刻で超有名ですね。こちらを使っている一冊はシェーン・ワトソン(Shane Watson)というコラムニストが書いた『40才過ぎて男と出会う方法』(How to Meet a Man after Forty)というエッセイ。副題は『その他もろもろの中年期のジレンマ解決法』(And Other Midlife Dilemmas Solved)。表紙タイトルの「40歳」というところにはアステリスクで注釈がついていて「あるいは30歳」と記されています。30代、40代、いわゆるアラフォー世代のあれこれの悩みを、本音で、鋭く、しかし笑いをもって分析した軽い読み物です。

アラフォー世代のジレンマとは――。「年より若く見えたい!」「女友達の中の困ったチャンと本当の友達の見分け方」「だんだん母親に似てきた、まずい!」「独身のままでも幸せになれるか?」「子連れ男と結婚できるか?」などなど。この本はこうした悩みに、人生相談のような助言をするのではありません。アラフォー世代のリアルな視線で、恋愛、ファッション、家族、友人関係などを語り、現代の「いつまでも若く美しく、生活をエンジョイしている女性たち」の実態をセルフ・アイロニーをもって描いています。

たとえば「整形族」と「アンチ整形族」の分類。「アンチ整形族」とは「いくらきれいでいたいと言っても、美容整形手術なんて不自然なことはイヤ」というタイプです。しかしこのアンチ整形族、細かく見ていくと無数の分派があります。アンチエイジング化粧品をいろいろ試し、体の線をカバーするファッションを念入りに選ぶという「正統派」、かなりなお金をかけてエステやらデトックスやらありとあらゆることに手を出すけれど「顔に針射すのだけはイヤ派」、ケイト・モスみたいな手を加えていなイメージをめざし、ただのヨレヨレのおばさんになっている「天然派」などなど。

この本では友人も細分化されます。「ただの友達」とはおしゃれして会って、高価なプレゼントを交換して、趣味の良さを認め合うような関係。一方、「本当の友達」は、親のことでも寄生虫のことでもなんでも話せて、似合わない服や似合わない男についてははっきりとダメと言ってくれます。有名で、美人で、才能がある知り合いは、人に見せびらかして自慢する「トロフィー用の友達」です。家庭料理を作ってくれる既婚者や、耳に痛い助言を与えてくれる頼れる人や、いざとなったとき一緒に憤ってくれる理想に燃える独身仲間は、「サバイバル用の友達」・・・といった具合です。

こういう本を読んでいると、イギリスだろうが、日本だろうが、アラフォー世代の女子の生態は変わらないことを改めて認識します。韓国でもオーストラリアでもカナダでもイスラエルでもシンガポールでもたぶん大同小異。「消費=文化」となった先進諸国であればどの国にも、ジレンマをたくさん抱えたアラフォー世代が生息しているはずです。

2009年8月 7日 (金)

夏の景色

まつこです。

うめぞうと一緒に新潟にやってきました。梅雨空のような曇天が続いていて、なかなか夏休み気分が盛り上がりませんが、青々と広がる水田を眺めると、日本の田舎の夏の景色だなあと実感します。

Photo[典型的な日本の田園風景です]

田舎の夏は野菜がおいしい!トマト、キュウリ、トウモロコシ、カボチャ、エダマメなどなど、近所の農家のおばあちゃんからもらったものや、母が裏庭の家庭菜園で育てたものなど、どれも野菜の甘味がしっかりとしています。母はがんばって、カボチャの煮物やキュウリと薄焼き卵のサラダなど作って待っていてくれました。

食事の際の話題はどうしても母の思い出話が多くなります。しかし、この思い出話がどうも最近あやふやになってきている気がします。認知症ですから最近のことはすぐに忘れてしまう、けれど昔のことは妙にクリアに覚えている。そういう時期がしばらく続いていました。しかしその時期から、昔の記憶も次第におぼろげになる段階に入りつつあるのかもしれません。

この季節だと戦時中の子供のころ、特に終戦の頃の話が多くなります。でも話にだんだん曖昧な部分が増えてきました。「終戦の時は、えーっと、私は4年生・・・いえ5年生・・・」「空襲?市内には爆弾は落ちなかった・・・いえ、工場が一度爆破されたわ」「玉音放送・・・聞いたような気がするんだけど、あまりはっきり聞こえなかったような気がする。よく覚えていないわ・・・」

記憶が消えていく――それは確かにとても悲しいことです。でも家族が悲嘆にばかりくれているわけにはいきません。悲しむことでエネルギーを消耗してしまってはいけません。母の記憶力の減退を嘆き悲しむよりも、むしろ今、母が安心や幸福を少しでも感じられるよう、そちらの方に精力は向けるべきです。

「このカボチャおいしいね」「作ってくれてありがとう」「トマトもきゅうりも採りたてだとおいしいね」「ママが家庭菜園やっていてくれるからおいしい野菜が食べられるね」などなど。虚ろな過去の記憶をなんとか手繰り寄せようとするのではなく、たった今の単純な喜びにあふれた言葉を母にはっきりと伝えることのほうが大切です。(でもそうすると、ついつい食べ物の話ばかりになってしまいがちですが。)

60数年前、おかっぱ髪の小学5年生の少女が終戦の日を迎えた時も、青々と水田が広がり、緑濃い山が遠くに見えていたはずです。その少女が成長し、やがて時を経て、老いていく。記憶は薄らぎ、心の中の様々な物語は消えていこうとしています。でも自然は何一つ変わることなく、季節を繰り返し、悠久の時が流れ続けています。老いも病もその大きな自然の一部です。そのことを受け入れて、今できるささやかなことをひとつずつ探していかなければと、あらためて思う夏の日です。

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