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2009年4月26日 (日)

忙中、遊あり

うめぞうです。

今週は、別々にそれぞれの実家で分隊行動。やはり家の中の掃除や、2,3日分のお惣菜作り、そしてこれは楽しみでもあるが、両親と卓を囲んで3人マージャンをするのが、うめぞうの当地での主たる任務だ。おもえば95歳の父親と84歳の母親と3人で遊べるという点でマージャンというのは実に素晴らしいゲームだ。もしマージャンをまだご存じない中高年の方がおられれば、今からでも覚えることをお勧めしたい。またルールを知っている方は、パートナーや、老後まで付き合いたい仲間たちに教えておかれるといい。うめぞうも、碁とマージャンをまつこに教えた(卓球も教えたがこちらはどうも続かなかったようだ)。碁はすっかりまつこの趣味になったし、マージャンもまだ「役」を覚えるまではいかないが、「リーチ」専門で行くように指導し、それなりにお付き合い程度のことはできるようになった。老後は友人夫婦と4人で、月に一度くらいはマージャン会をやりたい。

マージャンの良い点はまず、われわれのレベルでは、圧倒的に運とかツキがものを言うので、今日、ルールを覚えた人が、マージャン歴30年の人に勝ってしまうこともあるという面白さだ。これが将棋や碁となるとそうはいかない。まつこにはあらゆることで威張られているが、こと碁に関しては、差は縮まったとはいえ、たぶん負けることはあるまいと思う。

もうひとつのよい点は、指先を使うということだ。ゲームだけなら、コントラクトブリッジなどでもよいが、マージャンにはパイを混ぜる、積み上げる、つまんでくる、並び替えるといった一連の指先運動が必要で、これがなかなか老人の脳のトレーニングによいようだ。また基本的に順列組み合わせの問題だから、けっこう複雑な思考を要求されるが、単純に考えられないわけでもない。奥は深いが、ともかく入りやすい。

さらに、マージャンに限らず、ゲームのよい点は、とくに話題を探す必要なく、コミュニケーションが出来る点だ。毎週のように両親と一緒にいれば、だんだん話題が乏しくなる。もちろん無理に話をする必要もないが、あんまり同じパターンの話ばかりしていると、おたがいに飽きてくる。だからゲームに熱中しながら、「あーあ、まいったねえ」「よしっ、いいのがきたぞ」なんて言っているのが、とても具合がいい。

これまでの経験だと、マージャンをしているときに、両親の表情がいちばん生き生きする。多少欝のときでも、マージャンをやり始めると明るくなる。もちろん、うめぞうも真剣だ。だいたい半分強くらいはトップになる。まつこは、そんなお年寄りとやっているときくらい、ときどき勝たせてあげればいいじゃないのと、うめぞうの大人気なさを慨嘆する。しかし、うめぞうには、勝負で全力を尽くさないのは、相手に失礼だという気持ちがある。負けてあげる、なんて発想は、傲慢なのである。しかし、一生懸命やっても半分、よくて3分の2くらいしかトップになれない。もちろんぼろ負けすることもある。ここがマージャンの素晴らしいところなのだ。もちろん、家族マージャンだから賭けたりすることはない。でも、記録用紙に残しておいて、このところ、お父さんの調子が上向きだねえ、なんていい合う。これがまたいいのである。

あえて欠点を探すと、一般には4人集まることが難しいこと、ひと勝負が長いことなどがあげられる。しかし、この点で、3人マージャンはじつに優れている。基本的にはまったく同じルールでできる。

うめぞうは、本当はマージャンなどしている場合じゃないほど、仕事がたまりにたまっている。しかしこれは、親の介護の一環である、とみずからに言い聞かせて、大義名分のある忙中の遊を今日も楽しむ予定である。

PS:マージャンを知っている人のために付け加えると、ひとつ違うのは、一箇所人のいないところがあるので、そこの「風」をつねにドラに指定する。そのドラは、一枚でも引けばそのまま場に出して点数を倍にすることが出来る。そしてもう一枚パイをつもることができる。こうすることによって、点数がインフレ化して、はね満などすぐにでるようになる。あと、このゲームの難しさは点数の数え方だ。とくに基本点の計算がややこしい。だから、はっきりわからないときには、1翻1000点、2翻2000点、3翻4000点、4翻8000点という計算でやればいい。それで十分に楽しめる。

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