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2009年3月23日 (月)

恋の作法

うめぞうです。

ほーっ、おじいちゃんに声かけられましたか。おじいちゃん、いいじゃないか。年をとって少々枯れても、品の良い、セクシーなおじいちゃん、いくらでもいます。だいたい若い男ほど一般に下心がない。教養もお金もある。話題が豊富だし、やさしく扱ってくれる。まつこも、いっしょにカフェーにでも行って、フランス語の勉強してみたらよかったのに。

しかし、このあたりがやはり、おフランスですねえ。私もドイツにいる頃、ふつうに街を歩いていて、おっ、きれいな人だなと思って何気なく見ると、たがいに目と目が合う、なんてことが日常的にありました。まあ、そこまでなら日本でも時にはあるかもしれませんが、そこからが違う。単なる習慣ですが、たいていの人はニコッとするんです。そこでこちらもニコッとする。一瞬ですが、セロトニンだかドーパミンだか、脳内物質が放出され、幸福になります。

これはみんなが経験するんですが、中には「自分も案外、外国に来ると、もてるんだな」と見当はずれな誤解をする人がいる。しかし国内でもてない人が外国でもてるなんてことは、残念ながらほとんどない。これは広い意味での社交文化の違いなのである。しかしこの西洋の社交文化には、はっきりと恋の作法が反映している。これが日本だと、アイコンタクトをすると、あわてて目をそらすでしょ。ニコッなんてしたら、たちまち痴漢かと警戒されてしまう。うめぞうは、べつだん西洋かぶれではないし、日本文化の素晴らしさは大いに認める。しかし、日常のなにげない一コマに、ちょっとした恋の作法が根付いているのは、西洋社会の一番好きなところだ。日本でももう少し学んではどうかといつも思ってしまう。年齢を問わず男女が手をつないで歩いていたり、カフェで互いを見つめあいながら小声で話しこんでいたり、街角でキスをしたりしている風景なども、人によっては顔をしかめるかもしれないが、うめぞうにとっては、見ていてじつに気持ちがいい風景だ。こっちまで楽しくなってくる。こんなふうに幸せにしている人は、争い事なんかしないだろうと思えてくる。それに比べると、街中で見かける日本人の行動様式といえば、まったく無表情な単独行動か、さもなければ集団でのどんちゃんさわぎが多い。やわらかな微笑みがないのだ。

人類に限らず、生命の再生産の基本戦略として有性生殖を選択した種なら、恋の作法はいわば生物としての存在を賭けた人生のメインイベント。ダンスをしたり、上等な巣を作って見せたり、他の誰よりも高い空に飛び上がったり、羽を広げて見せたり、歌を歌ったり、それぞれに必死に、涙ぐましい努力をしている。男女が互いに関係をもとめて働きかける。相手に不快感をあたえずに、しかし積極的に思いを伝える。そのためには、精妙な文化や作法を学習する必要がある。人類は、現代になるまでいろいろと便利なものを作ってきたが、恋愛文化、恋の作法は、100年前と比べて本当に発展を遂げてきたのか。とくに、日本に暮らしていると、ときどきは、ボンジュール、マダームや、ニコッの交換などを懐かしく思い出す。まつこの今後の成果に期待したいものである。

まつこは今日は、うめぞうの教え子でパリに在住の若い夫婦といっしょに食事をするそうだ。今頃、ちょうど終えて、そろそろホテルに戻るころだろう。ボンニュイ、マツコ、ジュテーム。

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