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2009年3月

2009年3月31日 (火)

ロンドンでコスプレ

まつこです。

ロンドン滞在の最後の午後は、再びwombyとcherryの夫妻と一緒に過ごしました。出かけたのはヴィクトリア&アルバート・ミュージーアム、短くV & Aと呼ばれる世界中の美術工芸品を集めた博物館です。今回は"Hats"と題して、さまざまな帽子を集めた特別展示をやっていたので、それを見に行くことにしました。ヴィクトリア女王のかぶった帽子や、映画『マイ・フェア・レイディ』でオードリー・ヘップバーンがかぶった帽子などが展示されているとのこと。アスコット競馬場で淑女たちがいろんなデザインの帽子を競い合うのが有名ですが、帽子はイギリス文化の一つです。

見てみると頭の上にこんな凝ったファッションの世界があるのかと改めてびっくりしました。思いきりエレガントでためいきが出るようなものから、奇妙きてれつであっけにとられるようなものまで、さまざまです。

この帽子の特別展示はとても混んでいたので、適当なところで切り上げ、最近、このV & Aの中にできたTheatre & Performance Galleriesに移動しました。コベント・ガーデンにあった小さな演劇博物館が閉鎖され、こちらに移されて、新たなギャラリーとして再出発したものです。

いろんな工夫がされ、演劇やオペラの古い記録や新しい動きがわかりやすく見られるようになっています。特におもしろかったのは、舞台衣装を自由に着てみることができるコーナーです。ここでcherryと私はそれぞれ気にいった衣装を着てみました。cherryは時代劇の王妃みたいなドレス、まつこは道化の衣装を着てみました。

Photo_12[王妃と道化]

ロンドンでコスプレです。今回のロンドン滞在ではwombyとcherryのご夫妻にすっかりお世話になりました。改めて感謝!のんびりと楽しい休暇を過ごすことができました。「さあ、明日からは仕事!」と前向きな気分で帰国の途につきます。

2009年3月30日 (月)

可愛い子に、どうやって旅をさせるか

うめぞうです。

まつこのヨーロッパ旅行もそろそろ終わりに近づいた。でも、ブログを見るかぎり、ある程度、命の洗濯ができたようでよかったよかった。まつこがハッピーになれば、うめぞうにもおこぼれが回ってくる。やはり、日常生活の殻をやぶって、少しでも違った空気や景色に接することは大切だ。

YFUという組織がある。Youth For Understanding、つまり若者の国際交流教育プログラムを長年手がけてきた組織だ。戦後間もない1951年にアメリカのレイチェル・アンドレセンという方が、焦土と化したドイツから高校生75人をアメリカに招いたところから出発した。今では59ヶ国が参加する世界規模の大きな組織となっている。もちろん日本支部もある。

具体的には、高校生が各国でホームステイをしながら現地の学校に一年間、通う。異なる文化圏で生活体験することは、若者にとって生涯忘れられない素晴らしい体験になる。そして同時に、世界平和を実現するための小さな、しかし着実な一歩になるだろう。

先日、ドイツの新聞にその若者たちのことがでていた。ドイツでは、毎年40カ国以上から500人くらいの高校生がドイツにやってくるそうだ。デンマークから来たアンネは、ドイツ滞在は楽しかったが、学校はあんまり好きになれなかったという。あまりにもプログラムがきちんと組まれすぎていて、能力別に分断されていることに違和感を抱いたようだ。「規則、秩序、体系、これが本当に典型的なドイツね」とアンネは言う。かとおもうとメキシコからきたガブルエルは「ドイツ人って、あんまりキスしないんだねえ」と驚いている。どうもメキシコ人はもっと頻繁にキスをするようだ。ドイツとデンマークの違いなど、われわれ日本人が意識することはまずないだろう。でも若者たちはこうした差異を敏感に感じ取っては楽しんでいる。そしてなにより1年間で驚くほど言葉ができるようになる。これはぜひとも日本の若者にもたくさん参加してほしいプログラムだ。

そう思ってYFUジャパンのHPを見てみると、意外なことに年々応募者が減って危機感を募らせている様子だ。国際化、国際化とさわぎたて、中学高校で英語を英語で教えることを義務化するなどといっている反面で、こうした海外離れが起きるのはどうしたことか。ここ数年の傾向のようだから、経済危機の影響だけではおそらくないだろう。その一方で、海外から日本に来たいという学生はどんどん増えているそうだ。ところがこうしたプログラムは出入のバランスを取って運営するのが原則だから、こちらから出ていきたい学生が減れば、結果として、日本を訪れたい高校生たちを締め出すことになりかねない。実に由々しき問題だ。本来は、うまくプログラムが機能すれば、全世界に日本ファンを増やす絶好の機会になるのに、と思ってしまう。昔から日本では、かわいい子供には旅をさせよ、という素晴らしい格言がある。さてこの国際化の時代、旅をさせるにはどうすればいいのか、知恵を絞りたいものだ。

想像するに、海外に子供を出すことを躊躇させる一つの理由は、日本の大学受験制度にある。今の制度では、いったん受験戦線を離脱すると、戻ってくるのに手間がかかる。だから海外経験をつんだ高校生たちが、むしろ有利になるような受験枠を、これからの大学は考えていくべきだ。

ハイド・パーク

まつこです。

Photo今日は日曜日。ロンドンでも澄んだ青空が広がりました。気持ちの良い冷たい空気の中を、ハイドパークまで散歩に出かけました。宿泊しているサウス・ケンジントンからは10分ほど歩けば、ハイドパークまで行けます。水仙の花が咲き乱れ、芝生が青々と広がり、まさに春の訪れを実感します。

Photo_2[水仙の花がいっぱい。春のひざしをあびてきれいです]

Photo_3驚いたのはジョギングをしている人の多さです。ipodで音楽を聴きながら、本格的な身支度を整えて走っている人がたくさんいます。以前は乗馬のコースだったところを、次から次へと日曜ランナーが走っていきます。健康指向もグローバリゼーションの一部ですね。

Photo_4でもいかにもイギリスらしく馬に乗っている人もいました。やっぱりイギリスはイギリスです。

ハイド・パークの広々とした景色の中で、絵になるのは子供と犬です。よくしつけられた犬がお行儀よく主人と散歩し、子供たちが伸びやかな歓声をあげて走りまわる・・・。ハイドパークというといつもそんな様子を思い出します。

Photo_6けれど、今回、まつこが気づいたのは、中高年のカップルの多さです。たくさんの熟年夫婦が寄り添ったり少し離れたりしながら、ゆったりと歩いています。見ていると年月を重ねたカップルは、歩調があっていたり、歩く姿勢が似ていたり、あるいは着ている服が似ていたり、二人が共有する空気のようなものをともなって歩いています。今日はそんな長い年月をともに歩いてきたカップルの写真を、失礼ですがこっそり撮らせてもらいました。

Photo_7[腕組んで仲がよさそう]

Photo_5[気付かないうちに同じ姿勢]

Photo_8[人生も同じ歩幅で歩いているのでしょう]

Photo_9[二人ともおしゃれ]

Photo_10[水辺の二人]

Photo_11[いつまでも手をつないで歩こう]

若いカップルばかりでなく、年月を重ねたカップルもこうして仲良く歩いているのが、ハイド・パークの景色によく似合います。バブル経済に踊ったあと、夢からさめかけているロンドンですが、これからどんな不況がこようとも、ハイド・パークの景色は落ち着いた美しさを変えることはないでしょう。

2009年3月29日 (日)

ロンドンのサービス

まつこです。

Photo昨日、いいなぁ・・・とまつこが目じりを下げたのは、サウス・ケンジントン駅そばの本屋の主人です。フランス語の本を扱う本屋の店頭でしゃれた葉書を見つけたので買いに入ったところ、「ボンジュール、マダム・・・」とすごく素敵な声がしました。ちょっと白髪のまじるおじさんなんだけど、ほっそりとした表情がすごくハンサム。にこやかな笑顔とともに、そのあと流れるような美しいフランス語で何か言っていたのですが、わかんなかった。まことに残念。やはり日本に戻ったら、フランス語の勉強を始めよう。

Photo_2[サウス・ケンジントンはフランス人のお店が多いです]

よくパリでは店員さんの無愛想な応対に不愉快な思いをする、と言いますが、まつこが先週末に滞在した短期間では、意外なほどみなさん愛想が良かったです。泊ったホテルは都心の4つ星でしたが、滞在直後に感想を伝えるアンケートがメールで送られてきました。「スタッフはフレンドリーで快適だったが、インターネット接続が高くて、遅くて、不安定なのが不満である」と書き送ったところ、直後にマネージャーから「スタッフを褒めてもらってうれしい、インターネットは改善の努力をする」と返事がきました。

日本の過剰サービス社会で暮らしていると、海外では不便を感じることもありますが、パリやロンドンのような大都会のサービスのレベルは、だんだんどこも似たり寄ったりになりつつあるのではないでしょうか。ロンドンも駅の売店のインド人のお兄さんはだいたい無愛想ですが、それ以外はだいぶフレンドリーな応対をするようになったような気がします。ニコリともしないイギリス女性の店員さんのつっけんどんな対応に憮然とさせられることも、ずいぶん減りました。

Photo_3

[このパンとお菓子の両方を扱うお店Bagatelleは、気取ったフランス人のママたちで混み合うお店です。エクレア買って食べたらあっさりした軽い甘みでおいしかったです]

でもそれはイギリス人以外の店員さんが増えたからかもしれません。外国語なまりの英語を話す店員さんが増えたぶんだけ、サービスがソフトになったということでしょう。サウス・ケンジントンで見かけるフランス人の女の子の店員さんは、みんな可愛くてフレンドリーです。

Photo_4[Bagatelleの内部。店員さんに写真とっていいと聞いたら、恥ずかしいから私は撮らないでと言ってカウンターの陰に隠れてしまいました。このあたりのキュートさも、フランスの女の子らしい]

昨日の昼は、キングズ・ロードやフラム・ロードなどホテルの近所のショッピング・ストリートを散策しました。この界隈は最初のコンラン・ショップやハビタをはじめ、洗練されたインテリアやテーブル・ウェアを扱ったお店がたくさんあります。こうしたチェルシーのインテリア・ショップの充実ぶりを見ると、家庭の中を飾る伝統が脈々と生き続けていることを実感します。欲しいものたくさんあるのですが、東京の狭いマンションを思い出すと、買っても使えないようなものばかり。キャンドルとか写真立てなんかもサイズがこちらのは大きいんですよね。

ときどきあられが降るほど寒い一日でしたが、楽しそうな表情の人々に交じって土曜日のショッピング・ストリートを歩き回ると、まつこの心身にパワーがチャージされる気がします。土曜日にチェルシーを散策しているカップルや家族連れはみんな幸せそうです。実際はそれぞれの家族が多少の問題を抱えているはずですが、それでも土曜日にインテリア・ショップでテーブル・マットのようなささやかなものを、一緒に選んでいる人々の表情には生活を楽しむ喜びが浮かんでいます。

Photo_5[ミシュランの建物にはコンラン・ショップとBibendumが入っています。Bibendumにはちゃんとしたレストランのほかに、オイスター・バーがあります]

そんなショッピング・ストリートで気分が高揚したせいか、「こんなスノッブなところで食事はしないぞ」とずっと思っていたBibendumのオイスターバーでランチを食べてしまいました。

Photo_6[オイスター・バーの内部はこんな感じ]

食べたのは「イカとエビとビーフンのサラダ」。コリアンダーが入っていて、エスニックな風味。お箸がついてきました。イギリス人がせいいっぱいおしゃれな食べ物考えたらこういう料理になった、という感じでした。「量が少ないほうがおしゃれ」と思っているのかと思うほど、少量でした。一緒についてきたバケットとバターがおいしかったです。

Photo_7[ロンドンのオイスター・バーでお箸を使ってエスニック・サラダを食べる]

サラダを食べながら見ていると、オイスター・バーの横のお花屋さんで日本人らしい女性が働いています。ナイツブリッジの地下鉄の出口の横の花屋の屋台も日本人の女性が2人でやっていましたが、ロンドンの花屋で働く日本人女性がもしかしたら増えているのかもしれません。いかにも裕福そうなお客さんのためにゴージャスな花束を作っていました。

今回のロンドン滞在で最後の芝居はWar Horseという第一次世界大戦下での馬と少年の心の結びつき描いた芝居でした。ナショナル・シアターで大好評だったため、ウェスト・エンドの劇場に移ってきました。「泣ける」と聞いていたのですが、まつこの涙腺は最後までゆるみませんでした。大がかりなセットと音楽、音響の大スペクタクルで見ごたえはあります。ハラハラさせたあとにたどりつくハッピー・エンド。感動のつぼをしっかり押さえているのですが、あまりきちんとつぼを押さえられると、逆に冷静になるという天の邪鬼の性格が感動に身をまかせることを許しませんでした。

でも登場した馬の人形の動きが見事です。日本の文楽みたいに人形を動かしている人も一緒に見えます。それに人形そのものはちょっとロボットみたいな感じに単純化されたデザインなのですが、動きが生きている馬そのものなのです。仔馬と少年が田園風景の中を走り回る部分は、まつこもちょっとだけウルッとしました。

まつこの好きな男たち

うめぞうです。

まつこから夕べ電話があって、サウスケンジントンのどこかの店にグッとくるほど素敵なフランス人店主がいることを発見したそうだ。それでまたフランス語を勉強するモチベーションが上がったとのこと。何の店だったか忘れてしまったが、その店から大量のお土産品が持ち帰られるのではないかと懸念される。

まつこの男の趣味というのは大別すると2つあって、レイフ・ファインズ系とジョージ・クルーニー系に分かれる。まつこはなにごとにつけ自分の意見をはっきりもっていて、何を聞かれても即座に迷わず答える。その点、うめぞうとは正反対だ。うめぞうは人の意見にいちいち感心し、同調するから、自分の意見というものはほとんどない。根っからの付和雷同型、徹底した日和見主義者なのだ。しかし、そのまつこにして、「レイフとジョージから同時に口説かれたらどっちを取るの」といううめぞうの質問には、いまだに明確に答えられないでいる。その場になってから考えるつもりらしい。うめぞうからみると、圧倒的にジョージといっしょになった方が幸せになれる。

レイフ系は深みのある純粋美。女性としては、あの遠くを見つめる澄んだ瞳がなんともいえないのだろう。自分を見つめるその視線が、同時に自分の頭上を通り越していく感覚がいいのだろう。自分を求めながら、なおかつそれ以上に大切なことをこの人は追い求めているという印象は、寂しさと同時に憧れをかきたてる。その屈折をまつこが癒してあげようというわけだろう。

レイフが「憧れ系」とすると、ジョージは「頼もし系」だ。レイフが鳥だとすれば、ジョージはクマだ。どこかもっさりしている。しかし、あの腕にぶら下がっていれば、あこがれもへったくれもない。ともかく心地いい。ほかの女にもきっとやさしいだろうが、生物としてのオスの使命に忠実なだけだ。それでもスーツをきりっと着れば、どこへでても位負けはしない。ゴージャスだ。それでいて結構、家庭的なところもあるし、社会的正義もある。うめぞうとしては、こっちに軍配が上がる。

ところで、それじゃ、うめぞうさんはどっちのカテゴリーなの?と心配してくださるむきもあるかもしれない。もちろんどっちにも、まったく属していない。ところがここに、まつこががひそかに好んでいる第三のタイプがあるのだ。まつこはたぶん意識していないだろうが、まつこはわりと「間抜けな男」が好きなのである。このカテゴリーの頂点に君臨するのは、ヒュー・グラントとコリン・ファースのライバルコンビだ。だいたいは、コリンがヒューに恋人を寝取られるというパターンだが、これはどっちもどっち。そしてこのカテゴリーの末端に、うめぞうが連なっている。ジョージとレイフに同時に口説かれて、まよっているうちに、気がついたらコリンといっしょになってしまっていて、ときどきヒューと浮気をする。まつこをとりまく男性模様はまあだいたいこんな構図になっているのである。

ところでまつこが全然反応しない男のグループというのもある。それはナルシシスト系のハンサム男である。若いころから女性たちにキャーキャー言われて、そのことを十分に知っている男は、自分に対して憧れの目を向けない女性を「おやっ」と思うことがある。そんなときまつこは意地でも男に花を持たせたりはしない。この種の自意識過剰ハンサム男は、まつこに関する限り、間抜け男たちに到底勝ち目はないのである。

サウスケンジントンのフランス男は、電話から察するとレイフ系かと思うが、ともかく心をときめかすと脳内物質が出て若返る。せいぜい美しく輝きながら成田に戻ってきてほしいものだ。

2009年3月28日 (土)

ロンドンでフランス語

まつこです。

うめぞうが世界の飢えた人々について心を痛めているときにちょっと肩身が狭いのですが、今日もまたロンドンで食べたものの話から始めます。

フランスでも最近は多くの人が英語を話すようになりましたが、昨日、まつこはロンドンで英語が通じなくて苦労をしました。もう15年くらい前からお気に入りにしているサウス・ケンジントンのLa Boucheeというフレンチ・レストランでのことです。ここはレストランといっても、とてもカジュアルな雰囲気の小さなお店です。以前はカフェも兼ねていて、朝ごはんやお茶もいただけたのですが、最近はランチとディナーになったようです。

Photo[La Boucheeの外観。Old Brompton Rdに面した小さなお店です]

このお店では英語の勉強に来ている若いフランス人たちがよく働いています。昨日、私のテーブルに注文を取りに来てくれたのも、小柄で黒髪、洒落たデザインの黒い縁の眼鏡をかけている、一見してフランス人とわかる女の子でした。にこやかな笑顔でとても感じがいいのですが、どうも働き始めたばかりらしく、英語があまりできません。いちおう本人は英語で話しているつもりらしいのですが、まつこの耳で聞き取れるのは、"soupe du jour"とか"steak frites"とか"quiche"とか"cassoulet"とか、とりあえず知っている一般的なフランス語ばかり。「本日のスープって何なの?」と聞いたら、「えー、あー、そのぉー・・・ムニュムニュ」みたいな調子で立ち往生してしまいました。「ごめんなさい、ムニュムニュを英語でなんて言うかわかんないわ」と困り果てています。

Photo_3[中はこんな感じ。お客もフランス人が結構いるようです]

「それは野菜?」「じゃあ豆?」とかだいぶ追及してみたのですが、いっこうに埒があかないので諦めて、まあわからないけれどその本日のスープを試してみようということになりました。「スープ・ド・ジュール、シルブプレ」「ダコー」。様子を見ているとまつこの前のテーブルのご夫婦も、英語からフランス語に切り替えています。落ち着いたイギリス人中年カップルですが、きれいなフランス語を使っています。パリでは「もうフランス語できなくてもいいわね」と思ったのですが、「やっぱりフランス語できたほうがかっこいいわね。帰ったら勉強しなおそう」と、ロンドンの片隅で決意を新たにしたのでした。

Photo_4[やってきたスープはこれ。ビーツのスープでした。やさしい味でおいしかったです。あとでそのウエイトレスさんに頼んで綴りを教えてもらいました。Soupe de Betravesとお店のカードに書いてくれました]

コミュニケーション力不足のために、「本日のスープ」と「ステークフリット」という、最もありきたりの料理を選んでしまったのですが、両方ともおいしかったです。とくにフリットは熱々でからりと揚がっており、塩加減も薄めでちょうど良い。遅めの昼だったので、それほど混んでもいなくて、居心地もよく、すっかりくつろいだ気分になれました。

Photo_5[ステークフリット。写真撮る前にうっかり一口食べてしまいました。フリットがおいしい!]

夜はまた劇場へ。Kafka's Monkeyというフランツ・カフカの短編小説をもとにした一人芝居です。キャスリン・ハンターという女優さんが檻から出て人間社会に入るために人間を模倣する猿を演じます。猿という外部の目から観察した人間社会の閉そく性とか残酷さを描いています。言葉や体の動きが、猿から人間に徐々に変わっていく。その変化の違和感が、一人の女優の肉体と声を通してむき出しにされ、観客に突きつけられるという感じでした。暗くて残酷、だけどおもしろい芝居でした。

Photo_6[サザックのパブで乾杯]

一緒にいったwomby, cherry夫妻と、たまたま劇場で一緒になった演劇評論家のHさんと一緒に、芝居のあとは劇場の近くのパブでおしゃべり。今、ロンドンでは菊乃助が主役をやっている歌舞伎版のシェイクスピア『十二夜』の上演をやっています。Hさんはその歌舞伎上演のスタッフとしていらしたのだそうです。総勢150人での引っ越し公演はたいへんお金がかかるので、企業からの資金援助を受けているそうです。そういう企業の文化事業支援が、不況のため今後は難しくなるだろうとおっしゃっていました。文化事業もグローバル・ビジネスの一部となっている今日、芝居もオペラもミュージカルもバレエも美術も、これから津波のような世界同時不況の厳しさにさらされるのでしょう。金曜の夜のパブのにぎわいの中で、先行きの厳しさを懸念しました。

セカンドハーベスト

うめぞうです。

まつこが毛皮のコートを着こんで、いさんで成田に向かった時には、日本はぽかぽか陽気だった。ヨーロッパとはいえ、こんなコートが役に立つのかと内心懸念をしていたが、やはり北国の春はなかなか厳しいものがあるようだ。そうこうするうちに日本にもまた寒波がやってきた。新潟は雪だという。

それにしても、高級デパートの女性トイレを電話ボックス代りに使うとは驚いた。ところでまつこが電話をしている写真、たぶん自分で撮ったのだろうが、あのみょうちきりんな撮影姿を、イギリス紳士が見ていなかったことを祈るばかりだ。

話はぜんぜん違うが、ひとりで生活をしていると、ついついご飯のことをよく考える。うめぞうの両親は戦後間もない頃食べるものがなくて餓死寸前までいった。そのとき隣に住んでいた目の見えないおばあちゃんが一つまみのお米を封筒に入れて分けてくれた。そのおばあちゃんのことは数十年たった今も命の恩人だと思っている。

だから小さい頃からうめぞうは食事のたびに、人間、おなかがすくということがどんなに辛いことか、何千回ときかされて育った。戦争とは飢えることだ、ともよく言われた。だから野坂昭如の書いてきたことなども、直接経験ではないが、よく想像できる。その日本で現在、毎日3000万人分の食事が廃棄されているという。ざっと4人に1人の食事が捨てられている計算だ。その一方で経済危機のあおりを受けて、食事に事欠く人が急増している。なんとかならないものか。

John van Hengelという、少し前に亡くなったアメリカの社会活動家がいる。うめぞうは英語名の読み方には自信がないが、ジョン・ヴァン・ヘンゲルと読むのだろうか。このヘンゲルさん、アメリカの地図で言うと左下の方、メキシコに接するアリゾナ州の州都フェニックスで、1967年に最初のフードバンクをたち上げた。スープキッチン・ボランティアなどともいわれるが、要は生活に困った人たちに、生活再建ができるまでのあいだ、食料を無償提供するボランティア組織だ。ヘンゲルさんがまいた種は大きく育ち、今やセカンド・ハーヴェスト(第二の収穫)など、大きな組織として行政や企業を巻き込んだ活動をしている。

もちろんこうした活動自体は修道院や教会の慈善事業として古くからある。ヘンゲルさんの功績は、そこに企業や行政を巻き込み、大きなネットワークづくりをしながら、それを世界各地に移植してきた点にある。ドイツではターフェルという組織が最初、ベルリンで発足した。それがいまやドイツ各地に広がっている。ターフェルとは、ターフェルワインやターフェルムジークなどというときの食卓の意味だろう。もともとは修道院の慈善活動にもこの言葉は使われていたようだ。キリスト教では、最後の晩餐をはじめ、食事をともにするというのは信仰共同体の大切な要素だ。

日本でもこうした組織ができないものかと思っていたところ、数年前にセカンドハーベスト・ジャパンというNPOが発足した。活動の趣旨に賛同するうめぞうも、ほんの少しだが寄付をしたことがある。たぶん、こうした取り組みは他にもいろいろあるのだろうが、ドイツのターフェルなどと比べると、まだまだ組織力は十分ではない。この国には善意の人は驚くほどたくさんいる。しかしNPOが政治や企業に対する影響力を行使するまでにはなかなかいかないのが現状だ。

大きなネックは寄付に対する税制であり、また社会活動に対する一般的評価だ。セカンドハーベスト・ジャパンにもすでに数十社が協力している。そうした企業が消費者からの評価を受け、それが宣伝となって売り上げ増にもつながる、といった回路はできないものか。もちろん寄付は売名行為であるべきではないし、営利を犠牲にしてでも守らねばならぬ規範というものはある。しかし、環境や人権の擁護が、同時に企業の営利活動に有利に働けば、なおけっこうなことだ。そうなればバカ番組を垂れ流しているテレビに巨額の広告費を使うよりは、良質のNPOに寄付をした方が宣伝効果も売上げ増も期待できるということなるだろう。結局は、われわれ消費者が同じ質の商品なら、市民としての基準で商品を選択する、という方向に意識変革をしなければならないということだ。

2009年3月27日 (金)

ハーベイ・ニコルズの5階

まつこです。

ロンドン、相変わらず寒いです。私より1週間前にロンドンに来ていたぽにょからは、「ロンドン暖かだった」と聞いていました。しかし以前2度ほど3月末のロンドンに来て、二度とも雪に降られたことがあったので、今回も念のために用心してムートンのコートを持ってきたのですが、正解でした。和戦両様にそなえ薄いコットンのコートも持ってきたけれど、こちらはロンドンに来てからはずっとクローゼットにかかったままです。

パリにいようと、ロンドンにいようと、新潟にいる母には東京にいるときと同様に、1日2回ずつ電話をしています。朝の8時半と夜の9時過ぎが定刻のテレフォンタイムです。おかげでNHKの朝のドラマ『だんだん』がいかに安易なストーリー展開をしているかも、不調だったイチローが土壇場でヒーローになったことも、時差なしで報告を受けています。

Photo[携帯電話はローミングで、母からはいつもと同じ番号でかけられます。こちらからかけるときは通話料の安いフォーン・カードを使うようにしています]

しかし8時間あるいは9時間の時差を計算しながら、同じ時間に日本に電話するのは、若干の苦労もあります。日本の朝はこちらの夜中なので、ホテルに戻って寝る前に電話すればいいので、そちらは問題ないのですが、母の就寝前の時間というのがこちらのまさに活動中の時間なのです。正午12時から午後1時はホテルの部屋も掃除中のことがありますし、外だとロンドンの場合は静かに電話がかけられるような場所はかなり限られています。

そんな電話スポットの一つがハーベイ・ニコルズというナイツブリッジにあるデパート5階の女性用トイレです。ここ改装され今は少し狭くなりましたが、昔から広くて明るくて静かで、ちゃんと椅子もおいてあるので、電話するのにちょうどよいのです。「あらー、そっちは何時なの・・・天気は?・・・寒いの?・・・風邪をひかないように注意しなさい・・・限られた日数なんだから、しっかりできるだけ多くのものを吸収しなさい。」決まって、この会話が5分から10分の通話で2回か3回繰り返されます。毎回同じパターン。

Photo_3[「えー、こっちは今午後1時少し前よ・・・風が強くて寒いわ・・・うーん、雨、降っている・・・大丈夫、気をつけるから・・・はいはい、ちゃんと勉強します・・・」と適当な返事をしているまつこ]

いやー、なんでハーベイ・ニコルズのトイレで、何回も繰り返し母から教育的指導を受けねばならんのだ、と自分の置かれている状況がかなり滑稽に思えます。しかし、認知症の人は環境の変化を最小限にしておくほうが良いとのことなので、ここはまあ、1日10分の通話を2回するくらいで、多少とも母の精神安定が保たれるのであれば、よしとせねばなりません。あとの23時間40分は介護の心配から解放されて、ロンドン生活を充分に楽しむこととしましょう。

昨日はこの電話のあと外に出ると雨がひどかったので、ハーベイ・ニコルズの5階に戻り、カフェで昼食にしました。ここ値段が高めなのでめったに使わないのですが、今回はポンドも下がったし、雨も降っていて歩き回るのもめんどくさいし、ここでお昼ごはんを食べることにしました。デパートの上という場所柄で、一人で食事をしている女性が比較的多く、また客層の年齢も高めです。私の隣の席では真っ赤なマニキュアと黒い仕立ての良いスーツを着たマダムが『ヴォーグ』の英語版をパラパラ眺めながら食事していました。

Photo_5[写真の奥のほうに見えるのは回転寿司のYO! Sushi。ロンドンはお寿司屋さんが急増しています。スターバックスと同じくらいの数ありそうです」

まつこが食べたのは温かい「スモーク・サーモンのサラダ」。新じゃががたくさん入っていて、ところどこにレーズンの甘味があって、ドレッシングの味もさっぱりめでおいしかったです。量が多いので、サラダ1品で十分なのですが、これで15ポンド。ワインとってコーヒー飲むと、すぐに30ポンドくらいになってしまいます。1ポンドが250円なら7,500円。最近下がって140円くらいになりましたが、それでも4,000円以上。ま、ナイツブリッジだから仕方ないけど、やはりロンドンの物価は高いですね。

昨晩はバービカンというロンドン市の芸術センターみたいなところで、ギルド・ホールというドラマスクールの学生が出演するTwo Shakespearean Actorsを観に行きました。19世紀のアメリカ人とイギリス人のシェイクスピア俳優のライバル関係を描いています。それぞれ酒や女にだらしない虚飾の世界にいる二人。英米の間の文化の違いや差別意識から暴動が生じ、それに巻き込まれた英米を代表する二人の役者がもみくちゃにされるのですが、シェイクスピアのセリフを掛け合いで語り合ううち、二人に共通する役者魂が浮かび上がってくる、という趣向です。

最終学年の学生たちのようですが、やはり名門ドラマ・スクールだけあってうまかったです。若干、演技が過剰で、名優マクリーディのぎょろりと目をむく表情や朗詠調のセリフ回しをしつこく真似したために、コミカルになりすぎた気がしますが、若い役者が演技を大いに楽しんでいる感じが伝わってきました。ライバルのアメリカ人俳優エドウィン・フォレストをやった学生のほうも、声量たっぷりで堂々たる演技でした。

まったく同じ劇場で1991年3月に同じ芝居を見たことがあります。そのときの熟練した役者の出した屈折した味わいとは全く違っていました。もうあれから20年近くがたっているわけで、今回の出演者の中で1991年の上演を観た人はおそらくいないでしょう。でも友人や家族がたくさん集まった学園祭のような客席の雰囲気の中、こうして演劇の伝統は次の世代に伝えられていくのだなと若々しい役者たちの熱演を見て思いました。

2009年3月26日 (木)

禁欲のすすめ?

まつこです。

「冬はまだ終わっていません。週末にかけてさらに気温が下がります」と今朝のBBCニューズの天気予報が言っていました。ロンドン、かなり寒いです。ロンドンの街頭で見かける若い女性の多くが、黒っぽい厚いウールのオーバーコートにマフラーをまき、硬い表情で急ぎ足で通り過ぎていきます。

Photo[ロンドンの雨上がりの青空。ハロッズの裏のWalton Streetで]

でもところどころに桜の花が咲いています。どうみても桜に見えるのですが、こんなに寒くても咲くのでしょうか?この季節のロンドンでは、冬の厳しさと春の穏やかさが同居しているようです。

昨日はwomby、cherryと一緒にケンブリッジに行きました。共通の友人march君(イギリス人)と奥さんのlilyちゃん(日本人)に会いに行ったのです。wombyとmarchとまつこは10数年前に同じ職場の同僚でした。小さい組織だったので、他の同僚たちも含め、みんな仲がよく、ときには奥さんたちも交えてパーティをしたり、職場の仲間でともによく働き、よく遊びました。march君はやがてイギリスに帰国し、まつこたちもそれぞれ別の職場に移り、昔のチームは解散してしまったので、今回は久々の再会です。

ロンドンからケンブリッジまでは直行の列車だと40分ほどです。東京からだと小田原くらいの距離です。ケンブリッジまで来ると、まず人々の歩く速度が遅くなります。表情も穏やかになります。大学の中に入らなくても、町全体に文教都市の落ち着いたたたずまいがあります。

march君は本来、wombyやまつこと同様の酒好きなのですが、現在、断酒中です。キリストが荒野で断食をしたことから、復活祭前の40日間をレント(Lent)=受難節と呼んで、好きなものを我慢するという風習がありました。march君は特に信仰のためというのではなく、健康のために3年前から、このレントの期間、お酒をやめるように決意したのです。こういう禁欲というのは、「大きな犠牲"big sacrifice"を僕は払っているんだ」という一種の満足感を与えてくれるようです。

奥さんのlilyちゃんにもmarch君はこのレントの禁欲を勧めました。lilyちゃんが選んだ「犠牲」はポテトクリスプス。(日本でポテトチップスと呼んでいるパリパリしたやつはイギリスではpopato crispsと言います。chipsは油で揚げたジャガイモのほうです。)これもやはりがまんすると健康と美容に良いそうですが、「好物なのでつらい」とlilyちゃんは言っていました。

みなさんは40日間、何か好物を我慢するとしたら何を選びますか?まつこの場合はショッピングを我慢するとワインの量が増えそうだし、ワインを我慢するとショッピングの抑制がきかなくなりそうです。うーん、どうしよう・・・と、意志薄弱なまつこは、想像するだけで禁断症状が出てきそうな気分になっています。

再度、馬の言葉について

うめぞうです。

まつこは順調に旅行を満喫している様子でなによりだ。サウスケンジントンの住宅地内のホテルやジョゼフは、うめぞうも連れられていったことがあるので懐かしい。良い買い物もできたようでなによりだ。もっともバッグとスカーフはうめぞうにも理解できるが、カットソーなるものはよくわからない。一瞬ノコギリかと思ったが、バッグとスカーフとノコギリではドロボーさんになってしまう。まあ、いずれブラウスやTシャツに似たものだろうが、帰国を楽しみにしていよう。

ここで一句、うかびました。

ショッピング、すれどもすれども、服足らず

さて、言語クイズだが、これだけあってまつこの答えが一つもあたっていないというのは珍しい。ただ、うめぞうが喜んだのは、まつこがドイツ語は神様に話しかける言葉だと、美しい誤解をしていたことだ。ドイツ語をそんなふうに思ってくれていたとは望外というほかない。

しかし冷静に考えてみるとカール君、おりしもマルティン・ルターの宗教改革に頭を悩まされ、プロテスタント諸侯と争いながら、なんとか最後、アウグスブルクで和議にもちこむまで、長年にわたってドイツには苦労をかけさせらた。第一、皇帝といっても、スペイン王となる人物だから、やはり神と話しするときには、スペイン語だろう。

次にフランスだが、カールは、北イタリアの権益をめぐってフランスとよく喧嘩をした。義理の叔父にあたるイギリスのヘンリー8世と組んでフランスと戦い、さきの皇帝選挙でカール5世に敗れたフランス王、フランソワ1世を捕虜にしたくらいだ。それにしてもフランソワ君も王様でありながら前線で戦って捕虜になるとは見上げたものだ。日本の帝国参謀も見習ってほしいくらいだ。このフランソワ君は教皇と結んで、ヘンリー8世+カール5世に対抗した。なかなかどうして、フランスはカールには手ごわい相手だった。フランス語は、今では女性に愛を語りかける言葉というイメージになっているが、カール君にとってはフランス語は男に語りかける言葉だったようだ。もっとも、その後、カールもオスマンと戦うためにフランスと組み、フランソワ君はカールの姉さんと結婚することになるから、当時の王家の関係はじつに柔軟だ。

イタリアはなんといってもルネサンスの発祥の地。官能の発露、美的世界の解放、サケはうまいし、ネエちゃんはきれい。これはどうしても女性に語りかける言葉となる。

ということは、ド、ドイツ語は、ひょっとしてもしかすると、馬に話しかける言葉・・・。ひぇー、そんなことのために、私はずっと生きてきたのか、とほほ。

2009年3月25日 (水)

ロンドンより

まつこです。

月曜日にパリからロンドンに移動。ヒースロー空港に到着する前に気流のせいかで飛行機がしばらく揺れました。周りの席のイギリス人の若い男の子たちのグループが、「いざとなったら飛び降りようぜ。ハハハ・・・」とふざけあっていましたが、きっと彼らも怖かったのでしょう。まつこは胃が縮みあがる気分でした。いくら比較的安全な乗り物といっても、空を飛ぶというのは緊張感をともなうものです。

でも無事ロンドンに到着。ロンドンは例によって雨。次の火曜日も夕方雨が降りました。ロンドンの雨はそれほど長く続かないし、街並みの上に広がる雨上がりの青空はとてもきれいです。まつこはロンドンに来ると、サウス・ケンジントンの小さなホテルに泊まることが多いです。フランス人学校もあり、フランス人が多いおしゃれな地区です。前面を白く統一した住宅が立ち並び、その間によく手入れされた緑豊かなプライベート・ガーデンがあります。

Photo[こんな白い街並みがずっと続きます。こういう住宅をホテルに改装したところがいくつかあります。まつこが泊っているのもこんなタウン・ハウスをホテルにしたところです。]

Photo_2[プライベート・ガーデンは私有地なので、立ち入り禁止です。日本の小さな公園くらいの広さはゆうにあります。]

この住宅街の美しさがサウス・ケンジントンの最大の魅力です。この美しい住宅街の中にはおしゃれなショッピング・ストリートもあります。そういうお店をのぞきながら歩くと散歩の楽しみが倍増します。若くて裕福なビジネス・エリートの妻とか、優雅で上品なマダムが、よくお買いものをしています。おしゃれなブティックやインテリアのお店の間に、やはりおしゃれなカフェやレストランがあります。マダムたちはそんなカフェで、よく手入れされた長い脚を優雅に組みながらお茶や食事をしています。「こういう人たちがあのプライベート・ガーデンつきの家に住んでいるのかなあ」と、ちょっとうらやましい気持ちになります。

Photo_3[コンラン・ショップの入っているミシュランの建物です。1階にはオイスター・バーがあります]

しかしイギリスも経済混乱の真っただ中。90年代からの好景気を背景に、いかにもバブル景気の流行最先端をいったようなシャイニーな内装のお店がずいぶん増えましたが、これからどうなることでしょう?秋冬物のセールは年末から始まったはずですが、いまだに「セール続行中」と書いてあるブティックもあります。街のいたるところで道路や建物の工事も行っていますが、工事途中で唐突に不景気の波に襲われた、という雰囲気です。はたしてこの工事、完成までこぎつけられるのか、いかにも先行き不安な感じです。

Photo_4[まつこを吸い込む磁力を持っているお店]

散歩の途中、そんなことを思いながら、スローン・アヴェニューのジョゼフにちょっと立ち寄ってみました。見るだけのつもりで入ったのですが、出てきたときには手にショッピング・バッグが二つ。収穫は新作のバッグとスカーフと夏のカットソー。旅人として、イギリス経済にささやかな貢献をしました。

夜は二日続けて、ロンドン在住の友人wombyとcherryの夫妻と一緒にナショナル・シアターで芝居を観ました。月曜の晩はシェイクスピアの同時代人でクリストファー・マーロウという劇作家の書いた『カルタゴの女王ダイドー』という芝居をみました。誇り高い女王が愛した男に捨てられたため自らの身に火をつけて死ぬという悲劇です。今回の上演は、そこから威厳やヒロイズムをはぎ取ってしまい、ホームドラマ風に仕立てているようでした。「ようでした」というのは、冒頭からあんまりおもしろくなくて、時差の関係で寝不足が続いていたまつこはずっとウトウトとしてしまったのです。

二日目の夜はリチャード・ビーンという作家のEngland People Very Niceという新作を観ました。古代のローマ人から現代のパキスタン人まで、イギリスに外からやってきた人々の歴史を描いています。面白いのは、現代の難民収容所の人々が素人演劇としてその劇を上演するという、劇中劇の構造をとっていることです。それぞれ違う国からやってきた難民たちが衝突したり、協力したりして素人芝居の上演にこぎつける、という枠組みと、その劇中劇の中で描かれる移民の歴史が重なりあうという趣向です。そのくらいのおおよそは理解できたのですが、なにしろ移民たちがそれぞれ強い外国語なまりの英語でしゃべるので、聞き取れない細部が多かったのが残念です。

これは劇場の外でも同じこと。今泊っているいるホテルでも、従業員の人たちはほぼ全員外国語なまりの英語を話しています。郵便局の職員もキオスクの店員も、そもそも入国審査の係員まで、みんな外国語なまり。ロンドンでは「外国人」であるか「イギリス人」であるかの違いは、容易に判断できません。英語が実質的に国際的な共通語になったということは、「きちんとした英語」とか「標準的な英語」がだんだん影を薄くし、「多彩な英語」が様々に話されるということなのだと、実感します。

Photo_2[wombyとcherryと一緒にジョー・アレンで芝居談義]

芝居のあとはwomby & cherryのご夫婦とコベント・ガーデン近くの「ジョー・アレン」というレストランで、ワインを飲みながらおしゃべり。遅くまでやっているので、劇場関係の人たちがよく使うお店なのだそうです。店内は俳優やお芝居の写真がたくさん飾られています。芝居の後で、おもしろかったとか、つまんなかったとか、見たばかりの芝居についてあれこれ語り合うのは、ロンドンの夜の楽しみの一つです。

そうそう、うめぞうのクイズの答えですが、まつこの答えは、女性にはフランス語、馬にはスペイン語、神にはドイツ語、男にはイタリア語。当たっているかな?

2009年3月23日 (月)

馬の言葉

うめぞうです。

さて、一路、まつこはパリからロンドンへ。

まつこの話だと、フランスでも、今はさかんに英語が使われている由。フランス語なしでもまったく不便は感じなかったそうだ。うめぞうがドイツに住んでいた頃にはまだフランス人はあまり英語を使いたがらなかった。他方、ドイツ人は当時から英語が大好きで、外国人を見ると、こちらがドイツ語でしゃべっているのに、こっちのドイツ語がまずかったせいもあるだろうが、英語で答える人も多かった。ドイツ語が英語より通じたのはむしろチェコなど東欧諸国だった。

昔はドイツからフランスやイタリヤやオランダやベルギーに旅行すると、当然のことながらいちいち国境で検問があり、パスポートを見せ、通貨を換えなければならなかった。今では、あれっと思っているうちにアウトバーンの表示がドイツ語からフランス語に変わっていたりする。やはり国境のない世界は風通しがよい。

もともと人為的に設定した国境線などは、基本的な価値観や経済的社会的制度設計が共通していれば、意外に簡単に取り除けるものだが、そこにいくと言語の壁はそう簡単には越えられない。英語がかつてのヨーロッパ社会でのラテン語と同様、国際公用語としての地位を獲得していることは厳然たる事実だから、これは便利な道具としてこれからも使っていけばいい。しかしだからといってフランス語やイタリヤ語やドイツ語やスペイン語がすたれていくことはけっしてない。それに生物と同様、言語にも多様性が必要不可欠だ。世界には生物種と同様、絶滅が危惧されている言語がたくさんあるそうだが、これはやはり保護育成していく必要がある。

ところで皆さんは、フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語、英語のどれが好きだろうか。どれか一つこれから勉強するとすれば、どれをとるだろうか。

その昔、16世紀のヨーロッパに、カール5世という皇帝がいた。父方がオーストリアのハプスブルク家、母方がスペインの王家出身。当時もヨーロッパは国同士の争いが絶えなかったが、王様などはあちこちが親戚同士だった。カール5世のおばさんというのは、イギリスのヘンリー8世の1番目の奥さん。2番目の奥さんが、例のエリザベス一世のお母さんにあたる。この人と結婚するためにカールのおばさんとは離婚するわけだが、教皇はカールへの遠慮もあってこの離婚を許さず、これがきっかけでイギリス国教会が成立することになる。最初の奥さんの娘メアリーはエリザベスの先代の女王だが、カールの息子と結婚している。その関係でイギリスはカトリックに急接近、それへの反動で今度は国教会派のエリザベスの登場となる。以後、メアリーは悪玉、エリザベスは善玉ということでイギリス史が書かれていく。といった具合に、当時はビミョーな親戚関係で世界史の動きが大きく変わることがあった。日本でも戦前には、楠正成が善玉、足利尊氏が悪玉、という時代があったが、歴史とは勝者の歴史、という面はいなめない。新大陸発見、アメリカ建国、なんて歴史も、ネイティブアメリカンから見れば、もちろんまったく違うふうに見えるだろう。

さて、そのカール5世だが、育ちはフランドル、今のベルギーで母語はフランス語だった。しかし母方はスペインで、のちに自分もスペイン王になるから、スペイン語も一生懸命勉強した。弟はスペイン育ち。カール5世はその環境もさることながら、なかなか才能もあったようで、マルチリンガルな皇帝だった。一番好きだったのは母語のフランス語だったらしいが、フランスとはいつも敵対関係にあった。ところで、このカール君、いろいろな言葉について、次のようなことを言ったそうだ。フランス語、スペイン語、イタリア語、ドイツ語の4つを次の言葉に入れていただこう。

「(A)は神に語りかけるための言葉、(B)は女性に語りかけるための言葉、(C)は男性に語りかけるための言葉、(D)は馬に語りかけるための言葉」

さて、正解はロンドンのまつこにお願いするとしよう。

Happy Anniversary!

まつこです。

昨晩はパリ在住の若い友人S君とNさん夫妻と食事をしました。この二人はともに医師なのですが、S君が哲学の勉強をしたいとつよく希望し、いったん医療の現場を離れて、パリ大学に留学しています。Nさんも哲学に興味を持つほか、昔からやっていたピアノのレッスンを、こちらパリでも続けています。それぞれ精神科医、内科医でありながら、哲学や音楽を本格的に勉強している、たいへん才能豊かな若者たちです。

Photo_2[Le Coude Fouは気取らないワインバーです。おしゃべりに夢中でこんな絵の前で食事していたことに気がつきませんでした]

行ったのはLe Coude Fouというワインバー。メトロの「パリ市庁舎駅」前の噴水のところで待ち合わせしたのですが、たまたま駅前の噴水の水が止まっており、まつこが隣の「シャトレ駅」前の噴水と思いこんでしまうという失敗はありましたが、おいしいお料理とワインと、そして楽しいおしゃべりを堪能した一夜でした。

S君、Nさんはうめぞうを哲学の師と仰いでくれており、うめぞうの一番弟子と二番弟子ということになっています。(といっても、うめぞうの弟子はこの二人しか、今のところいないのですが。)「僕が本をいろいろ読んで考えているのに、Nは本を読まずに言っちゃう。しかもそれが的を射てるから、ちょっとシャクなんですよね」とS君は苦笑いしていました。

その言葉を聞いたとき、まつこは「この夫婦は仲が良い」と改めて確信しました。夫が妻に一目置いている夫婦はうまくいく、というのがまつこが固く信じている法則です。彼らは結婚してちょうど1年目。フランスに留学して、言葉の不便があっても妥協せず、アパートの水漏れ修理を業者にしっかりと求める生活者としてのたくましさ、知識と感性を切り離さない鋭い直観力。S君はそういう点で妻の強さを認めています。こういうふうに夫が妻を尊敬する、というのが夫婦円満の要点です。この二人、結婚2年目も、そしてその先もずっと、きっと仲良く年月を重ねていけることでしょう。あらためて"Happy Anniversary!"

食べたものの一部を紹介します。

Photo_3[まつこが食べた羊のチーズのサラダ]

Photo_4[Nさんが食べたホタテのマンゴ・ソース]

Photo_5[S君が食べた豚のカレー風味]

恋の作法

うめぞうです。

ほーっ、おじいちゃんに声かけられましたか。おじいちゃん、いいじゃないか。年をとって少々枯れても、品の良い、セクシーなおじいちゃん、いくらでもいます。だいたい若い男ほど一般に下心がない。教養もお金もある。話題が豊富だし、やさしく扱ってくれる。まつこも、いっしょにカフェーにでも行って、フランス語の勉強してみたらよかったのに。

しかし、このあたりがやはり、おフランスですねえ。私もドイツにいる頃、ふつうに街を歩いていて、おっ、きれいな人だなと思って何気なく見ると、たがいに目と目が合う、なんてことが日常的にありました。まあ、そこまでなら日本でも時にはあるかもしれませんが、そこからが違う。単なる習慣ですが、たいていの人はニコッとするんです。そこでこちらもニコッとする。一瞬ですが、セロトニンだかドーパミンだか、脳内物質が放出され、幸福になります。

これはみんなが経験するんですが、中には「自分も案外、外国に来ると、もてるんだな」と見当はずれな誤解をする人がいる。しかし国内でもてない人が外国でもてるなんてことは、残念ながらほとんどない。これは広い意味での社交文化の違いなのである。しかしこの西洋の社交文化には、はっきりと恋の作法が反映している。これが日本だと、アイコンタクトをすると、あわてて目をそらすでしょ。ニコッなんてしたら、たちまち痴漢かと警戒されてしまう。うめぞうは、べつだん西洋かぶれではないし、日本文化の素晴らしさは大いに認める。しかし、日常のなにげない一コマに、ちょっとした恋の作法が根付いているのは、西洋社会の一番好きなところだ。日本でももう少し学んではどうかといつも思ってしまう。年齢を問わず男女が手をつないで歩いていたり、カフェで互いを見つめあいながら小声で話しこんでいたり、街角でキスをしたりしている風景なども、人によっては顔をしかめるかもしれないが、うめぞうにとっては、見ていてじつに気持ちがいい風景だ。こっちまで楽しくなってくる。こんなふうに幸せにしている人は、争い事なんかしないだろうと思えてくる。それに比べると、街中で見かける日本人の行動様式といえば、まったく無表情な単独行動か、さもなければ集団でのどんちゃんさわぎが多い。やわらかな微笑みがないのだ。

人類に限らず、生命の再生産の基本戦略として有性生殖を選択した種なら、恋の作法はいわば生物としての存在を賭けた人生のメインイベント。ダンスをしたり、上等な巣を作って見せたり、他の誰よりも高い空に飛び上がったり、羽を広げて見せたり、歌を歌ったり、それぞれに必死に、涙ぐましい努力をしている。男女が互いに関係をもとめて働きかける。相手に不快感をあたえずに、しかし積極的に思いを伝える。そのためには、精妙な文化や作法を学習する必要がある。人類は、現代になるまでいろいろと便利なものを作ってきたが、恋愛文化、恋の作法は、100年前と比べて本当に発展を遂げてきたのか。とくに、日本に暮らしていると、ときどきは、ボンジュール、マダームや、ニコッの交換などを懐かしく思い出す。まつこの今後の成果に期待したいものである。

まつこは今日は、うめぞうの教え子でパリに在住の若い夫婦といっしょに食事をするそうだ。今頃、ちょうど終えて、そろそろホテルに戻るころだろう。ボンニュイ、マツコ、ジュテーム。

想定外

まつこです。

今日のパリは曇り空。朝は霧に覆われていました。日曜日でお買い物は楽しめないので、ルーヴル美術館に行き、ラデュレでお菓子を買い、サン・ジェルマン・デ・プレ教会でオルガンを聞くという、パリ観光の王道をいくような一日を過ごしています。

Photo_2[ルーヴルは朝いちばんに行ったので、比較的すいていました。キューピッドとプシュケの象はたった一人で見れました]

こういう典型的な観光もいいのですが、旅行に出て楽しいのは予想外の出来事を経験することです。予定通り順調過ぎる旅より、少し想定外のことがあったほうが、思い出になります。

今回、ちょっとつまづいたのは、ホテルのチェック・イン。出発前日にあわてて旅支度をしたので、宿泊料の支払済みの証明書を印刷してくるのを忘れてしまいました。オンラインで支払いずみだと、ヴァウチャーは見せずにすむことも多いので、大丈夫だと思って気にしていなかったのですが、今回はどうしても必要だと言われてしまいました。「印刷してこなかった。ウェッブ上にはあるんだけど」と言ったら、ホテル内のビジネス・センターに行って印刷してくるように求められました。

「えー、12時間のフライトのあとようやくホテルに到着したのに、ビジネス・センターに直行するの?」と泣き言をもらしたのですが、許してもらえませんでした。ログインするためのピン・ナンバーを発行してもらい、ウェッブ・メールをチェック。旅行代理店からのメールを探し、パスワードやらいろいろ入れて、ようやくヴァウチャーの印刷完了。

こんなに手間のかかるチェック・インは初めてだ、と辟易しながらレセプション・デスクに戻ると、さっきまで融通のきかなかった受付嬢が、にわかににこやかな微笑みを浮かべ、「グッド・ニューズよ。あなたの部屋はセミ・スイートにアップグレードすることになったわ」と言います。融通が利かない代わりに、気前の良いホテルでした。

Photo[この写真の背後、ノートル・ダムの前では何やらデモがあり、警官に取り囲まれ、騒然としていました]

もう一つ想定外だったのは、「おじいさん」に声をかけられたこと。チュイルリー公園を一人散歩していると、背後から「ボン・ジュール、マダム」と声がします。振り向くと感じの良い紳士ではありますが、まつこの目には「おじさん」ではなく「おじいさん」のカテゴリーに入る年齢に見えます。「ひぇー、おじいさんに声かけられちゃったよ」とひるんだ隙に、「これからどこ行くの?シャンゼリゼ?パリに住んでいるの?フランス語どこで勉強したの?」と、あれこれ話しかけながら、一緒に歩いてきます(まつこのフランス語力はゼロに近いのですが・・・)。

「これから友達と会う約束があるのよ」と適当なこと言ってご退散願いましたが、フランス人って初老になっても道行く女性に声かけるのねと感心しました。それよりも若い男性には声をかけられることはなくなったのに、初老の男性に声かけられるなんて、実に不本意・・・。この複雑な気分も今回の旅の思い出のひとつになるでしょう。

2009年3月22日 (日)

それぞれのストレス解消術

うめぞうです。

なんとかまつこは無事、おフランスの首都に到着した様子。飛行機は地上で最も安全な乗り物と分かっていても、やはり到着の第一報を聞くまでは何となく心配なもの。今日はうめぞうも読者の一人として、朝起きてすぐ当ブログを点検した。

まあ、誕生日のお祝いが航空券と聞けば、なんと心やさしい亭主と感心する向きもあるかもしれないが、じつのところ、うめぞうはうめぞうで、なかなか快適なのである。

世はストレス時代である。まつこもこの時代から抜け出すわけにはいかない。次から次へとやらねばならぬ仕事の締め切りが迫ってくる。上司は無理難題をおしつけ、そのわりに必要書類はタイミングよく回さず、一週間くらい自分の手元で遊ばせていたあげくに、頼む時には、明日までにお願いね、なんてことを平気で言う。休日出勤、サービス残業。半ば強制的な飲み会では、楽しそうなふりをしていないと中高年男性はすぐにすねる。求愛行動しているわりに威張り散らす。実家には要介護者をかかえ、亭主は男性としての存在感が薄く、みんなが自分を頼り切っている・・・。ああ、わたしはこのままおばあちゃんになっていくの?おい、責任者出て来い!

こんなふうに自分の生活を感じるようになると、胃腸の調子が悪化し、便秘がちになり、肌が荒れ、しわが増え、口内炎ができ、白髪が増え、生理不順や睡眠不良に悩まされる。それは同居人にとってもじつに憂うべきことで、それはまたいつかはこちらのストレスに転化するだろう。だから自分のストレスを軽減するには、同居人のストレス解消が必要不可欠。現代社会を愉快に楽しく過ごすためには、夫婦それぞれがストレス解消にむけて努力する必要がある。ところが、同じ状況にいても、主として何にストレスを感じ、どうすればそれを解消できるかについては、案外と個人差がある。

むかしからまつこのストレス解消法は洋服のショッピング、外食、ヘアスタイルの一新、そしてとっておきが海外旅行。それも一人で行ってもらうのがいい。二人旅はそれはそれで楽しい。が、ストレス解消ならやはり社会関係や家族関係からいったん脱出するのが有効だ。大気圏の引力から逃れ、宇宙空間で無重力遊泳をするのだ。パリの街を歩く。ちょっとすかした男性が「ボンジュール・マダーム」と声をかけてくる。そんな経験だけでも、人間はちょっと幸せになる。匿名の人間として、見知らぬ世界に一人たたずむ。カフェーで通りを行く人をぼんやり眺める。がんじがらめの義理人情から解き放たれて。すると、すべての現実が遠い思い出のように感じられ、自分の日々の悩みが滑稽に思えてくる。

新潟では、外からやって来た人を「旅の人」というそうだ。なかなかいい方言だと感心するが、ひとはときどき、「旅の人」になるのがいい。目に映る景色がそれだけでずいぶん違って見える。そしてしばらく経てば、自然とまたもとの人間のネットワークが懐かしく思えてくる。

では、うめぞうはどうか。うめぞうはいたって出不精である。だけどもやはりときどきは「旅の人」になってストレスを解消する。しかしどちらかというと、「内面の世界」を旅したいのである。家のなかが大好きなうめぞうは、外の世界に行ってみたいとはあまり思わない。しかし、一人でいるのは大好きだ。しずかに家にいて、思いにふける。活字の世界に遊ぶ。一人で料理を作る。このたびは、まつこの買っておいてくれた高級ソーセージでボルシチを作った。われながら、うまい!そして、まつこの旅行記をブログで読んでいれば、これはこれで実に贅沢な旅の人なのだ。第一、お金がかからないし。

一人旅

まつこです。

突然ですが、パリに来ています。3・11事件と名づけられ、苦い思い出となった今年の誕生日ですが、うめぞうからのプレゼントは「ロンドン往復航空券」でした。母の介護で気分がふさぐ日もあり、なんとなく精彩を欠いていた私の様子を見て、ここはロンドンまで一人旅して元気を回復してほしい、とのことです。

私は30代の頃、ときどき一人で海外旅行に出かけていました。一人旅は寂しいと感じる時もありますが、計画、予約、荷物、食事、ホテル、乗り物・・・、何から何まで一人でやると、精神的に強くなることは確かです。孤独と開放感と旅情が入り混じった時間を一人でじっくりと味わうちに元気が出てきて、日常生活の雑事や悩みは遠い景色の中のささやかな出来事でしかないと、感じられてきます。

Photo_3[パレ・ロワイヤル。今日のパリは暖かくて良いお天気です]

というわけで、久しぶりの一人旅です。ロンドン往復でチケットを探したら、日本やイギリスの航空会社よりも、どういうわけかパリ乗継のエール・フランスのほうがだいぶ安かったので、それだったらついでにパリに寄ることにしました。

今日のパリは快晴、春の日差しの中で黄色い水仙がたくさん咲いています。多くの観光客や土曜日の午後の時間を家族や恋人同士で過ごすパリジャンたちにまじって、あてどなく街の中を散歩する、優雅な休日です。

2009年3月19日 (木)

送別会

まつこです。

昨晩遅く、うめぞうが花束をかかえて帰宅しました。職場の送別会です。うめぞうは3月いっぱいで今の職場を辞め、別の職場に移るのです。30年間勤めた場所を離れるのは、やはり感慨があるらしく、うめぞうにしては珍しくしんみりした口調で、「終わったなあ・・・」と言っていました。新しい職場での仕事の準備で、これからは忙しいようです。60歳近くなってからの転職なので、体調管理に気を配ってあげようと、まつこもしおらしく思うのでした。

Photo[送別会でもらってきたお花と時計]

送別会ですが、この職場では辞める人が予算の範囲で好きなものを記念品としてリクエストできるという合理的な習慣があります。うめぞうは当初、『三国志』の12枚組のDVDがほしいと言っていました。しかしこれはまつこが反対。だってそんなものをうめぞうが見たら、半年くらいは興奮して『三国志』の話ばっかりしそうです。食事のたびに諸葛孔明とか赤壁の戦いとかを語られてもねえ・・・。

結局、相談して(まつこが一方的に強く主張して)バカラの置時計をもらうことにしました。透明度が高く、デザインがすっきりしていて、小さいけれど存在感があって素敵です。実は、まつこはデパートまで出かけ、いくつかの候補を見比べて、この時計を選んだのです。「家の中には、本当に気に入ったものしか置きたくない」という原則をかたくなに守っていると、小物などの細部も含めたインテリアの統一感が出てきます。狭い家に住む時には、ごちゃごちゃさせないために、雰囲気の統一は必須です。

このバカラの時計、洗面所に置こうか、食卓の横のカウンターの上に置こうか、目下、置き場所を思案中。4月1日からはまた、お風呂入って、お風呂の掃除して、トイレの掃除して、ベッドメイキングして、しっかり朝ご飯食べて、しっかりお化粧して、鍵と携帯忘れずに、今晩の帰宅は何時、会議の具合でわからない・・・と、毎朝、戦場のように忙しい日々が始まります。共稼ぎ夫婦が分刻みで大あわてする朝の時間も、この時計は優雅に刻んでくれることでしょう。

2009年3月18日 (水)

ウシの集まり

まつこです。

体調はほぼ元通りに回復し、また公私ともあわただしい生活に復帰しました。今回は胃の具合が悪くなったようで、なかなか食欲がわかなかったのですが、体調が回復してくるとお腹がすくようになりました。「お腹がすく」というのはとても気持ちの良いことだと、再認識しています。

うめぞうの両親は80代と90代。二人ともあまりお腹がすかないそうです。ときどき「お腹がすきたい」と願うそうです。聖路加病院の日野原先生によると、高齢者はあまりたくさん食べない方が健康に良いそうですが、それでも食の喜びが小さくなってしまうのは、やはり少しさびしいことです。

食欲旺盛なうちにめいっぱい食生活を楽しんでおこう・・・というわけでもないのですが、ウメマツは友人を自宅に招いて食事を一緒にするのが大好きです。気の合う友人、おいしい食事、楽しいおしゃべり、これがそろえばどんな高級レストランにも負けない、贅沢な時間が過ごせます。最近、みんな職場でそれぞれ忙しく、とくにまつこが遠距離介護で時間をとられ、そんな贅沢な時間が持ちにくくなっているのは本当に残念です。

そんなわけで、先週の土曜日は病み上がりではありましたが、ずっと前から予定していたので、計画通りまつこの友人を招いて我が家でにぎやかな時間を過ごしました。やってきたのはY君、M君、T君の男性3名です。このYMTのトリオは、3人とも酒好きの文学青年です。今回はY君がガテン系の理工系大学から、文学系の女子大に転職することが決まったので、祝賀会をしようということになりました。

Photo[お酒は持ちよってもらいました。シャンパン2本、白ワイン1本、赤ワイン2本。どれもみんなおいしかったです]

この3人とまつこが一緒にお酒を飲むようになったのは、とあるパーティがきっかけです。M君とは20年前くらいからの知り合いだったのですが、しばらく会っていない期間がありました。久しぶりにパーティで再会したとき、まつこは一瞬どきりとし、言葉が出てきませんでした。その気配を察して、M君の方がにこやかに、さりげなく沈黙を破ってくれました。「いやー、まつこさん、久し振りだねえ。僕、すっかり髪が少なくなったんでびっくりしたでしょう?」

そうなのです。あの若々しいお坊ちゃま然としていたM君、数年の間に頭部に大きな変貌をとげていたのです。「いや、まあ、えーっ、そうねえ・・・ハハハ」と笑いだし、和やかな再会となりました。

その直後、「僕、すっかりおじさんになっちゃったんだけど、まつこさんと同い年なんだよね!」とM君が高らかに言うのです。そのおおらかな声を聞いたとたん、私たち二人の周りにいた人たちが、一斉に吹き出してしまいました。その中には「まつこさん、若く見えるけど、けっこうな年齢なんだね」という、妙に感心したような表情で笑っている人もいた気がします。

そこに「じゃあ、まつこさんウシ年?僕もウシ年だよ」とY君が加わり、以来、ウシ年仲間で飲み会を持つようになりました。

今回の集まりは3年ぶりでした。その間にM君の頭部に残っていた髪には白い部分が増え、Y君は高血圧を抑える薬を服用するようになり、T君はお母様を介護の後に見送っていました。以前と同じように楽しく食べて、楽しく飲んで、楽しくしゃべっていますが、その賑やかさの中で、ふと、まつこは感慨にふけりました。時間はえこひいきすることなく、みなから平等に若さを奪っているのだな、と。

だからこそ、楽しむときは気持ちよく大いに楽しまないとね。"Present mirth hath present laughter"(今こそ喜び、今こそ笑い)の精神が肝心。今回は学会の事務職員のSさんも「私もウシ年です」と遅れての参加。うめぞうも一回り上のウシ年。「私もウシ」「僕もウシ」と言い合う、まるで牧場のようなパーティになりました。

2009年3月16日 (月)

顔で笑って

まつこです。

昨日の夕刻、新潟にやってきました。今日と明日は在宅で仕事をしながら、母と過ごします。新潟もずいぶん暖かくなり、庭の梅の木に花が咲きました。

Photo[古い木なので、花が少ないのですが、我が家の庭にも春が来ました]

最近の母は、私が少しでも体調を崩すと、まるで我が家の一大事のように大騒ぎします。純粋に母親として子供を心配する気持ちもありますが、頼りにしている娘という支えがぐらつくのが不安という、本能的な危機感を感じるようです。「忙しすぎるんじゃないの」「年を考えて体調管理をしなさい」「若いころと同じような気分でいちゃだめよ」「毎週毎週、新潟と東京の往復は無理よ」などなど、いつまでも延々とまくしたてます。かなーり、うんざりします。

なので、風邪をひこうが、ぎっくり腰になろうが、虫歯が痛もうが、新潟では不調の気配は隠し通します。顔で笑って、心で泣いて、娘はつらいよ、という気分です。しかし、「顔で笑って」という演技は、介護する側の心理的負担も、少し軽減してくれるように思います。

疲れていて、本気では優しい気持ちになれないとき、心からの笑顔が出てこないとき、そんなときは「ここは優しいふりをしよう」、「演技でいいから笑いかけよう」と、うわべを取りつくろう自分を認めてしまうのです。

介護の悩みの一つに、「親に優しく接したいのに優しくなれない」自分を責める気持ちがあるように思います。しかし、まつこは断言しましょう。嘘の笑顔や優しさの演技に罪悪感を抱く必要はありません。むしろ「ふりだけでいいや」と思う割り切りや、「あー、自分は今演技しているんだ」という自覚が、心の余裕につながる気がします。

だって、「あなたも年なんだから気をつけなさい」なんて、老母に繰り返し言われて、それでも心から微笑んでいられたら、その人はマザー・テレサ級ですから。むっ・・・とした内心を隠す作り笑いは介護の必須ツールですね。

男の料理

うめぞうです。

先週はまつこの誕生日に、フランス料理を2人前平らげ、おもいもかけずヒヨコさんにほめられるという快挙をなしとげた。わがやでは、3・11事件といわれている。

しかし、この種のことは初めてではない。少し前も、銀座のポール・ボキューズに予約をして、まつこがアルマーニだかなんだか、えらいおしゃれをして、さあ出かけるか、というところでまつこの調子が悪くなってドタキャンをした。思うに、こうした機会があまりにも数少ないので、前の日あたりからあれこれと想像をたくましくし、わくわくするのだろう。自分で勝手にストーリーを考えては、東海林さだおのマンガ、タンマ君の状態になる。あげくのはては無用な気合が入ってしまい、いざその場になると、すっかり消耗してしまうのである。昔、子供の時の遠足がそうだったし、男性ならさしずめベッドでそういう経験があるかもしれない。しかしまつこの場合にはもっぱら食事のお出かけでこれが起こる。つね日頃ひとをあごで使っている割には、こういうときのまつこの消化器はきわめて軟弱である。

まあ二人前といっても、アミューズメントまでは、まつこも食べたし、最後のお菓子は持ち帰ってきたから、前菜一品、メイン一品、デザート一品の簡単なフルコースではある。しかし、そうはいっても、二人分をよく食べたものだと、あとから考えるとわれながらあっぱれである。あんなおいしい料理を残すのはいかにももったいないし、だいたいレストランの人に申し訳ないとまつこが思っているのがこちらにも伝わってくるから、ええい、ここは男の子、明日の分だと思えばよい、とばかりにフランス料理としては比較的盛りの良い料理をひとかけらも残さずにきれいにぜんぶ食べた。

人にほめられたことのあまりないうめぞうは、こんなつまらないことでも、よくぞ食った、などとおだてられると、しごく上機嫌になる。英雄色を好むというのは昔から聞いているが、うめぞうはそちらの方面は、とんと苦手である。人間以外の種に生まれていたら、たぶん生涯、よめさんなど獲得できず、ボスにゴマすって残りご飯をいただきながらしぶとく生きていったものと思われる。でもオスが「食欲」で勝負できるというなら話は別だ。うめぞうは、食うことがなにしろ好きなのである。

先週の土曜日には、病み上がりのまつこのところに、3人のボーイフレンドが夕飯を食べに来た。なんでもそのうちの一人が新しい職場に移るというので、お祝いのパーティをするという。うめぞうは全員、初対面だったがお相伴にあずかった。もちろん彼らのことはよく聞いていたし、みんなじつに感じのよいBFたちなので、初対面でもすぐに親しくなった。そのお祝いのご当人とは、さっそく囲碁なども楽しんだ。うめぞうと同じくらいの実力だから、いい勝負ができた。ところがその彼が、台所仕事はいっさいできないのだそうだ。ご飯も炊けないというから、これは奥様がよほど甘やかしてきたに違いない。

しかし、前にも書いたが男性といえども、食事作りは覚えたほうがいい。昨晩、うめぞうは自分の実家に泊まりに行ったが、今朝は仕事に行く前に、両親のためにかぼちゃを煮たり、煮びたしや、ほうれん草の胡麻和えを作って置いてきた。これは思いのほか、感謝される。今後、自分もまた介護者から被介護者になることを思えば、自分の食事を自分で作れるかどうかは、周りの負担が天と地の差で違ってくる。

さて前回は豆入り野菜スープのことを書いたので、今日は今晩のおかずについて書くことにしよう。今晩はまつこはまだ彼女の実家に帰っているので、うめぞうは留守宅でひとりの食事となった。冷蔵庫を見ると、無意味に巨大なレタスが一つある。というか、これしかない。ただし、ばかばかしくでかい。あとはすぐに悪くなる低温殺菌牛乳が1リットル近くある。これは今晩中に使わないと、明日、帰京したまつこがうめぞうの抵抗も空しく全部捨ててしまう。賞味期限切れの食品を廃棄から守ってやるのは、うめぞうの大切な役割だが、ちょっと油断すると容赦なく捨てられてしまう。そこで今晩は機先を制して、レタスのクリーム煮をつくることにした。こんなとき役に立つのが、まつこが日頃買いためているストックである。ひとつは炒め玉ねぎのレトルト。もう一つはホタテの缶詰。この二つはまつこが、かたきのようにため込んでいるだけあって確かに便利だ。

これで実に簡単でおいしい料理ができる。レトルトの炒め玉ねぎとほたての缶詰を鍋に放り込み、小麦粉をばらばらとふりかけ、木杓子で混ぜながら牛乳を注いでいく。そこに切ったレタスを入れてできあがり。レタスが柔らかくなるまで煮て、バター、塩、こしょうで味を調えて、いただきまーす。黒パンとチーズとともに、どうぞ。

とても美味しくいただけました!

2009年3月15日 (日)

残念至極!

まつこです。

復活しました。その間、お見舞いや激励のコメントやメッセージをお寄せくださった皆さん、ありがとうございました。

それにしても誕生日に体調を崩すとは不覚でした。48歳。冷静に考えれば、たとえ孫がいても決して不思議はない年齢(自分で書いて愕然としております・・・)。外見の若づくりには今後も引き続き努力するとしても、内面の加齢の事実をいさぎよく認め、自分をいたわりつつ人生の後半を歩んでいこうと思っております。

Photo_2[予約のとき誕生日とうめぞうが伝えてくれたので、デザートにパティシエがBon Anniversaireと書いてくれました]

レストラン「コーダリー」のシェフやギャルソンには、実に申し訳ないことをしました。せっかくのごちそうだったのに、くやしいです。健啖家うめぞうが、きれいに二人分たいらげてくれたことが、せめてもの救いです。写真を見ると、ほんとうにおいしそう。

Photo_3[カニのサラダ]

まずはシャンパンで乾杯。銘柄忘れてしまいましたが、しっかりとおいしいシャンパンでした。アミューズに黄ニンジンのムース、エゾ鹿の燻製とウドのグリルなど、珍味が並んでいました。このあたりですでに、まつこはすでに調子の悪さを自覚。しかし食事を楽しめば治るのではないか、とディナー決行を決意し、ソービニヨン・ブランを1杯オーダー。

前菜はまつこが「カニのサラダ」、うめぞうが「カモのテリーヌ」。カニのサラダが薄く切ったカブに包まれていて、上にカラスミの薄切りがのっています。カモのテリーヌもまつこの好物なので、うめぞうが切り分けてくれました。しかし・・・まつこ、自分の体がもはや食べ物を受け付けないことを、このあたりで認めざるをえませんでした。カニのサラダ二口目でギブアップ。残りの前菜、メイン、デザートはすべて二人分、うめぞうのお腹の中におさまったのでした。

Photo_4[まつこが選んだメインはホロホロ鳥]

まつこの最後の悪あがきは、「赤ワインを飲んだら気つけ薬になるかもしれない」という発想でした。メドックをもらいましたが、大きなグラスに入った立ち上る芳香を楽しみ、少し口に含んだところで、完全に断念。ワインも二人分、うめぞうのお腹の中へ。

Photo_5[うめぞうが選んだメインは魚料理。ホウボウと鯛のグリルにハマグリ入りのバターソース]

うめぞうは、「おいしいよー」「すごく、おいしい!」と言いながら、パクパク食べ進めます。朦朧とした意識の中で、健啖家の夫をもってよかったぁ、とほっとしながら、うめぞうの食べっぷりを眺めておりました。

しかし、たとえ朦朧としていても、最後の冷静さは決して失わなかったまつこ。おしまいのプチ・フールまで2人分食べようとするうめぞうを制し、ギャルソンがあちらを向いている間に、まつこは1人分のお菓子をティッシュ・ペーパーに包んでバッグに入れたのでした。

Photo_6[ちっちゃなマカロン、すごくおいしい。他のも美味でした]

二日後、やや元気を回復したところで、そのプチ・フールを食べました。おいしかったぁ。このお菓子の水準からすると、お料理もそうとうにおいしかったはずです。近いうちにまた何か理由を見つけてぜひコーダリーのお料理をもう一度、ちゃんといただいてみたいと思っています。

2009年3月12日 (木)

ダウンシフト

うめぞうです。

昨日3月11日は、まつこの誕生日ということで、湯島にあるコーダリーという、こじんまりとしたフランス料理店で誕生日のお祝いをすることになった。朝から黒のワンピースでおしゃれをして、指には最近、ひょんな偶然で手に入れた翡翠のリング。うめぞうは、まつこが「えせインテリの格好」と呼んでいる黒のタートルにツイードのジャケット。二人でそれなりに演出をして、夜7時半にお店で待ち合わせた。

このコーダリーというのは、以前紹介した神楽坂の難しい名前のリヨン料理店とご縁のあるお店とのこと。非常においしくて、お値段もリーゾナブルなお店だと、まつこの知っている裕福マダムが教えてくれたので、ためしてみることにした。例によってまつこはお店の許可を得たうえでブログ用にパチリ、パチリ、と写真を撮る。ギャルソンの説明もなかなかてきぱきしていて、食器のデザインも、出てくる前菜もとても洒落ている。しかも、ウマい。ワインは、最近二人で一本空けるのはきつくなってきたので、一杯千円のグラスワインを白、赤ためしてみたが、これがまたなかなかいける。

ところが、ところが、である。ふとみると、まつこの食事が一向に進まない。「私、なんだか、風邪気味みたい・・・」。みると、顔面蒼白。まつこが船酔い状態になっていることがすぐにわかった。後で判明したのだが、熱があって胃腸が完全に停止状態。前菜を一口食べただけでおしゃべりする気力もなく、ぐったりとしている。

そんなわけでまつこは、せっかくの誕生日ディナーをまったく食べられず、もったいない派のうめぞうが、なんと二人分平らげて、あまりさえない誕生日パーティに終わった。まつこは今日もうめぞうが作ったおかゆをちょっとたべただけで、ベッドの中で丸まっている。その顛末はいずれまつこが自分で書くだろうからいましばらくお待ちいただくことにして、料理の方は全体に深みのあるいい味だった。われわれは塩味が効きすぎている料理は苦手だが、このお店はその点、比較的薄味で、そのかわりに味と香りに柔らかい奥深さがある。うめぞうはとても気に入った。

それにしても、体の丈夫さでは昔からうめぞうよりはるかに勝っていたまつこが、ここのところ少し弱くなったように思う。それはひとえにオーバーワークと精神的ストレスによるものだろう。そこで、そろそろ全体にダウンシフトすることを、まつこには進めようと思っている。

ダウンシフトとは、もともとは車のギアを低段に下げることを言うが、最近では、収入や身分が少し下がっても、自分の時間を増やすために労働戦線を縮小することを指す表現としてよく使われる。われわれの共通の知人でも、大学病院でけっこうな地位に就いていた常勤の産婦人科医が職をしりぞき、アルバイト生活を始めた例がある。もちろん医者だからアルバイトといっても普通の人とは比較にならないほど好条件だが、しかし、社会的な地位やトータルの生涯賃金を考えれば、レベルダウンにはなる。それでも、職場でこれ以上、くたくたになるまで時間に追われるのはもうたくさんだ。そんな思いで決断をしたのだろう。

もちろん現在、職を解かれ、どんなところでも働きたいと思っているはるかに多くの人たちのことを考えれば、これは贅沢な悩みということになるかもしれない。いい職業を持ち、すてきな家に住み、まわりからうらやましがられ、お金に不自由のない生活。そんな生活を送っている人が、寝る前に寝床の中でふと考える。いったいこれが自分の望んでいた人生なのか。なにか違うんじゃないか。私は本当にlこの生活に満足しているのか。本当に幸せなのか、と自問する。そうやって自分を見直してみると、内面的には空っぽ状態。砂漠のような心象風景が見えてくる。そんなとき少しの時間があっても、ついついくだらないテレビ番組を楽しむわけでもなく眺めてしまう。明日はまた手帳がいっぱい。今週もまた一日も仕事のない日はない。心から感動に揺さぶられたり、誰かに心ときめかせたり、自分で面白いと思っている仕事に没頭したりしてみたい…。

こんな精神状態になったら、いちどダウンシフトを考えてみてはどうだろうか。もちろんまつこはまだそんなところまではいっていない。しかし、介護と職場のほかに、もう一か所、仕事を手伝っている場所があり、しかもうめぞうとちがって、まつこはいったん引き受けたことについては、手抜きができない。いまやしだいに身動きがとれなくなりつつある。しかし、いざとなると、年収が減少したり、自分の活動範囲が狭くなる決心はなかなか難しいものだ。人間、それぞれのところで、それぞれの悩みがあるものである。

2009年3月 8日 (日)

視界に入っても見えないもの

まつこです。

いつもどおり新潟で週末を過ごしています。うめぞうは広島に行き、ご先祖のお墓の処分をしています。うめぞうのお父さんの生まれ故郷は広島なのですが、70年以上も前に郷里を離れ、信仰も変えているので、関東地方に別に墓地を購入しました。そこで広島のお墓を処分することになったのですが、お墓の処分というのもなかなかお金がかかるようです。スピリチュアルな面ではお寺にお金をおさめ、マテリアルな面では石の撤去のために石屋さんにお金を払います。宗教は不況知らずの第三次産業です。

Photo_2

[花を撮影するときは、ミツバチに注意]

さて、こちら新潟は毎週ごとに少しずつ春の気配が濃くなっています。庭を歩いていると黄色い沈丁花が目に入ったのでカメラを持って近づくと、ブーンブーンとミツバチの羽音がします。よく見ると、何匹ものミツバチが花の中を出たり入ったりしていました。

Photo_3[これはたぶん雪割草?]

日陰の目立たないところに、一輪だけ小さなうす紫色の花が咲いていました。写真を見せて母に聞いてみると、おそらく雪割草の一種ではないか、とのこと。「台所の窓の下に咲いていたんでしょう? あれ一輪しか咲いていないのよね」と言います。こういう記憶は比較的確か。

しかし、最近忘れやすいのは「ニボシ」です。私が一人で泊まりに来ている時には、朝ごはんのお味噌汁は母に作ってもらうようにしています。母は従来、お味噌汁のダシはニボシ派だったのですが、どうも最近、妙にさっぱり、物足りない味。「ママ、このお味噌汁、ダシだしたの?」、「あ!忘れちゃったわ」ということが多くなりました。

対策として、キッチンのいつもの置き場所以外に、複数の引き出しや棚にニボシの袋を置いておくことにしました。いろんなところにニボシがあれば、いやおうなく視界に入って、「あ、そうそうニボシ!」と思いだすかな、と期待したわけです。

でもこの作戦、今のところあまり功を奏していないようです。母の様子を見ていると、視野に入っているものから、見たいものとか、見ようとするものだけを選んで認識しているみたいです。頭の中からニボシの存在が消えていると、いくら目の前にニボシがあっても見えない。そういえばうめぞうの友人で眼科医のマサルくんも、物を見るのは脳というようなことを言っていました。

先日、日本料理の名店「分とく山」(注:行ったことありません)の料理長さんが、ダシは多すぎるとおいしくない、引き算こそがおいしい料理を作る秘訣、と書いておられました。「ニボシのダシが出ていなくても、ダイコンやネギの滋味を味わえばよいのだ。これが分とく山風お味噌汁だ」と思いながら、朝ごはんを食べました。

2009年3月 7日 (土)

主人はわたしです

まつこです。

昨日は友人のアッキーが我が家にやってきて一緒に読書会をしました。オスカー・ワイルドの『真面目が肝心』(The Importance of Being Earnest)という喜劇を読むという企画です。タイトルとはうらはらに、世間で建前として通用している道徳なんてどうせ嘘っぱち、何もかも言葉の遊びにして笑いとばすという、かなり偽悪的な笑劇です。

Photo

[50ページくらいの短い芝居です]

「結婚に関しては私自身、ほとんど経験がありません。これまで1度しかしたことがありませんので・・・」とか「あらゆる女は母親に似てくる。それが女の悲劇だ」というような気取った、皮肉のこめられたセリフが次々出てきます。

日頃から正義感が強く律儀なアッキー。アッキーは「私は血液型A型で真面目。だからどうもこの喜劇の笑いを正確に理解していなのかもしれない。読書会でそのあたりを検証したい」という真摯な目標をたてていました。読書会終了後、「やはりこの芝居は私の感性には合わない作品ですね!」と確信していました。ワイルドの不真面目さがアッキーの真面目さに敗北した感じでした。

この読書会にはアッキーのパートナーも参加しました。アッキーはフェミニストで性による差別や区別をなくさなければいけないという原則をきっちりと実践しています。パートナーのことは「うちのツレ」と呼ぶことが多いようです。フェミニストであるか否かを問わず、配偶者を他人がどう呼ぶか、あるいは自分の配偶者をどう紹介するかは、少し難しい問題です。

「ご主人様」「主人」「旦那様」「旦那」「ご夫君」「夫」「ダーリン」「亭主」「宿六」「相棒」「相方」「ツレ」「うちの」などなど呼び方は様々です。まつこは時と場合に応じて、適当に言いわけています。かなり無節操です。ただうめぞうのことを「うちの主人」と呼んだことはないですね。あまりに実感から遠いので「ご主人」と言われてもピンときません。

時々、不動産売買のセールスなどの電話がかかってきて、妙な猫なで声で「奥様でいらっしゃいますか? ご主人様はご在宅でいらっしゃいますか?」と言われると、「主人は私です」と言い返すことにしています。読書会のあとは、アッキーたちカップルとウメマツの4人で、そんな話題で盛り上がりながらの宴会になりました。

ちなみに『真面目が肝心』(The Importance of Being Earnest)は、ルパート・エヴェレットとコリン・ファースにジュディ・デンチという豪華メンバーで映画化もされています。『アーネスト式プロポーズ [DVD]』 という変な邦題が付いていますが台詞はほぼワイルドの原文のままです。ただし映像でちょっとした工夫をして、原作とは違ったオチがついています。

ルパート・エヴェレットとコリン・ファースは、『アナザー・カントリー』以来の映画共演です。あの日の美少年たちの面影はありませんが、はなもちならないほどお上品なイギリス上流階級の言葉づかいと、一部の隙もない見事な正装は、アメリカ人俳優にはなかなかまねできない雰囲気を出しています。

2009年3月 6日 (金)

恋人を作る方法

うめぞうです。

まつこの友人たちが集まる時、ときどきうめぞうにもお声がかかり、お相伴にあずかることがある。両手に花どころか、うめぞう以外は全員、すばらしく魅力的な女性たちとの食事とお酒の席だから、これは目下のところ、うめぞうのもっとも贅沢で幸福な時間である。話題が尽きるいとまもなく数時間があっという間にすぎていく。

そんなときよく耳にする話題というか、嘆きのひとつに「それにしても、いい男、いないよねえ」というのがある。「そうよねえ」と、この話題に関してはめずらしく全員一致、反対意見はほとんど聞かれない。しかもそのさい、うめぞうも一応XY染色体の持ち主であることには誰も気づいていない様子だ。

しかし、考えてみると、ほぼ人口の半分は男だ。一夫多妻も一妻多夫も例外状態であることを考えると、独身女性の数とほぼ同数の独身男性がいるはずで、しかもその男が大半「ダメ男」なんてことは考えにくい。むしろ関係の中で女も男も「いい女」「いい男」となっていくし、また「いい女」「いい男」を作り出していくはずだ。

それでも、お見合い結婚のような形ならともかく、やっぱり心の通じる相手、ぴったりと気持の合う人に出会うのは難しいのではないか、と読者は言うかもしれない。モンテーニュも「愛情と友情ほど完璧に、われわれの自由意思の結果だと言えるものはほかにない」と書いている。友人や恋人の選択が、あくまで自発的なものであるとすれば、そう簡単に誰でもが運命的な出会いを経験できるはずもないということになりそうだ。

ところが、現代心理学は、ちょっと別のことをわれわれに教えてくれる。

最近ライプツィヒ大学の心理学者たちがある調査をした。ミーチャ・バック氏をチームリーダーとするこの研究者たちは、たがいにまだ知りあっていない心理学科の新入生全員に、第一回目の授業だけ、くじ引きで席を割り当てた。ただし二回目以降の座り方は学生の自由に任せた。さて一年後、誰が誰と親しくしているかを調査をしたところ、第一回目の授業でたまたま隣に座った人と一年後に親しくなっている割合が、そうでない場合に比べて有意に高いことが確認された。

もうひとつ別の心理学調査がある。1995年にカルフォルニアの心理学者デイヴィッド・ファンダーが行った調査で、誰かに自分と一番気の合う親友を2人連れてきてもらう。そしてその2人の性格テストを行い、その類似性を数値化する。その結果は、まったくランダムに2人の人間をとりだしたときの類似性の数値と全く変わらなかったという。つまり同じ人間の気の合う親友同士といっても、性格上、特別な共通性があるわけではないということだ。

この2つの調査が示唆しているのは、われわれが誰かの友人や恋人になる時、そこで案外無視できない要因になっているのは、その友人の性格よりも、むしろ偶然的な出会いの機会、もっといえば物理的な距離だということだ。友情や愛情というとついつい精神的な理念に高められてしまうが、もっと具体性や身体性を大切にする必要があるのではないか。

だから恋人を作るためのうめぞうのレシピはこうだ。ともかく誰かの横に座り、声を掛け合う関係を多様化し、豊富化しよう。いろいろな会合、サークル、集会に積極的に参加しよう。そしてちょっと興味ある人がいたら、まずは物理的に近づいてみよう。好きになったら、目を見ながら話しかけ、相手に嫌がられていないことを十分に確認したうえで、いつもより半歩近づいて話してみよう。相手の気持ちが確認できたら、手をつないでみよう。西洋社会の真似をする必要はないが、親子や親友がたえずハッグしたり、ホッペにチュッをしたりする彼らの身体表現をもう少し日本人も学んではどうか。日本人に鬱傾向が多くみられるのは、愛情の表現がそういう身体表現をとらないために、必要以上に言語化され、内省化されるためではないか。若者たちが、近くにいる友人と携帯を通じて話をするなんて、どうみても、人間の本能に逆らっている。

まつこは、うめぞうのことを、よく「おサルさん」と言う。「おサルさんは困ったものだねえ」と迷惑顔をされるときもあるが、「おサルさんはいいわねえ」とうらやましがられることもある。われわれは、もっと自分たちがサルであった時のことを思い出すべきだ、というのが、うめぞうの常日頃からの主張なのだ。生命進化の歴史をふりかえれば、それはそれほど昔のことではなく、人間のDNAはそれからほとんど変わっていないのだから。

2009年3月 5日 (木)

かもしれない

まつこです。

先日、少し前に教えた学生と食事に行きました。相談したいことがあると言われたので、ちょうど桃の節句にもあたっていましたし、では女同士でちょっとおいしいものを食べに行きましょうということになりました。

行った先は神楽坂のフランス料理屋さん。ここ、何度行っても、何度発音しても、お店の名前が覚えられない! Lugdunum Bouchon Lyonnais というビストロです。「ルグドゥノム・プション・リヨネ」と読むようです。名前が覚えられないのに、それでも何度も行くというのは、やはり魅力があるからです。カジュアルだけどおしゃれな雰囲気としっかりとおいしいお料理が楽しめる、まつこのお気に入りの一軒です。

Photo[コレステロール値の心配? そんなものは忘れましょう、しばしの間]

まずはフォアグラにイチジクの入ったパテ。マデラ酒のゼリーが添えられています。赤ワインにぴったり。コート・デュ・ローヌのサブレなんとかという赤ワインを選びました。

Photo_2[お店の名前も覚えられませんが、お料理の名前も絶望的に覚えにくい]

私がメインにいただいたのは、「タブリエ・ド・サブール」。牛の内臓を使ったお料理で、リヨン名物だそうです。カツレツ風ですが、ケイパーの香りがさわやかなソースがのっているので、さっぱりといただけます。

で、かんじんの相談事というのは、「結婚するかもしれない」「仕事を別に探すかもしれない」「良い仕事があれば、今の職場を辞めるかもしれない」というものでした。「かもしれない」という可能性がたくさんあるのが、若さだなあとうらやましい気がしました。

最近、目前の仕事や家のことなど、やらねばならぬことをこなすので精一杯で、あまり迷う余地などなく、日々が過ぎていきます。まつこが迷うのは、せいぜいレストランのメニューやワイン選びくらい。

いろいろ迷うことがあって、それを年長の人に相談して、特に答えが出なくても話を聞いてもらうだけでいい・・・そんな若い人の話に、穏やかに耳を傾ける年代になったのだな、と赤ワインの芳香にふわりと包まれながら思いめぐらせた、雛祭りの夜でした。

2009年3月 1日 (日)

庭仕事の治癒効果

まつこです。

3月ですね。今日の新潟は春の到来を感じさせる良いお天気でした。東京と新潟を行き来していると、表日本と裏日本の季節のずれを実感します。新潟では東京に比べると花の時期が遅れ、ある日、いっせいにいろいろな花が咲き始めます。

Photo_2[モクレンのつぼみはまだ固い]

庭に出てみると、梅やモクレンや椿のつぼみが、少しずつふくらみはじめていました。足元を見るとクロッカスが咲いています。まだ冷たい風の中で、おひさまに向かって小さな花びらをせいいっぱい広げているのを見ると、けなげだなあと思います。

Photo_3[クロッカスの黄色い色が鮮やかです]

まつこはこの家で小学校入学から高校卒業まで12年間過ごしましたが、その頃は庭にどんな木があるかなんて、まるで気にもとめていませんでした。大人になってたまに帰省しても、庭に出てみることもめったにありませんでした。こんなふうに季節の移り変わりを細かく気づくようになったのは、母の診断が出て、毎週、帰省するようになってからです。

母も暖かな気候に誘われるように外に出て、庭に落ちている枯れ葉や枯れ枝を集めて掃除をしています。イギリスの新聞『タイムズ』で読んだ記事によると、認知症を患う人にとって、植物の世話は失われつつある自信を回復させる効果があるのだそうです。イギリスにはガーデニングを通して、認知症の人々を支援する慈善団体があり、ガーデニングの治癒効果について啓蒙活動も行っています。植木鉢やプランターでも、植物を植えて育てる喜びを感じることで、患者本人の孤独も癒され、家族も安らぎを得られる、たとえそれが1時間でも貴重なことだと、その慈善団体の代表は語っています。("How Gardening Helps People with Dementia", 2008年12月27日付The Times)確かに庭の手入れをする母の明るい表情を見ていると、植物と接するのは良い効果があるように思えます。

しかし、まつこの場合は、虫が大嫌い、日に当たるのイヤ、爬虫類でも見かけたら悲鳴をあげて逃げ出す・・・という、完全に室内派の少女時代を過ごしました。そんなまつこが年老いた時は、はたして自然の治癒力の恩恵にあずかれるかどうか、いささか疑問です。「コンピュータ技術を使ったヴァーチャル・ガーデニングで老化防止」では、あまり効果がないでしょうねえ。

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