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2009年1月14日 (水)

続明暗

まつこです。

腰痛は少しずつ治ってきています。でも長く横になっていたせいか、目まいがして足もとがふらつき、駅の階段の上り下りが不安なため、今日も一日、自宅で静養していました。明るい日ざしが注ぎ込む部屋で、一人静かに過ごす時間は、久しぶりに味わう贅沢という気がしました。コーヒー淹れて、新聞をゆっくり読んでいると、いつもとは部屋の様子まで違って見えます。

Photo[冬休みに読んだ『続明暗』]

こういうゆっくりした気分でないと読めない読み物もあります。冬休みに読んだ水村美苗さんの『続 明暗』は、漱石の書いた最終章との継ぎ目がわからないほど、文体が同質でした。文章のリズムの変化や文章が喚起する心象風景を、できるだけ正確に理解したいと感じる、知的欲求を刺激する文体のように思います。

時折さしはさまれる短い文章が生み出す一瞬の沈黙。作中人物の視線と一体化して、表情や動作や風景の細部をなぞるように描き出す文章。そしてリアルでありながら、言葉の無駄をいっさい省いた会話。こういうのは急いで読むともったいない。よく味わって読みます。

文体はこのように漱石とシームレスにつながっていますが、人物造形や展開は明らかに女性の作家が書いたものという印象でした。女というものの不可解さを男の側から漱石が描いたのに対し、水村氏の続編はその女たちのうちに隠れていた憎悪、嫉妬、不信を暗闇からひきだして明らかにしてみせています。特に女同士が互いに抱く敵意、これはなかなか男性には想像しがたいものでしょう。

漱石が津田という男の逡巡と自己欺瞞を中心的テーマにすえたのに対し、水村氏はそういう夫の真の姿をまざまざと認識してしまった妻お延が、自然の中でたった一人で立ち尽くす場面でこの小説を完結させています。この最終場面にあって、漱石の主人公であった津田という男は、中途半端な自我を抱えた無様な人間として、はるか遠景におしやられています。

うーん、やっぱり女の作家の方が、男に対しても女に対しても意地悪みたいな気がします。漱石がこの続編を読んだら、ますます女に対する不可解の念を大きくし、「畢竟、女はわからないものだ。ああ恐ろしい」とか言いそうな気がします。

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