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2009年1月

2009年1月31日 (土)

文化の差より、男女の差

ひさびさにうめぞうです。

今週はまたまたそれぞれが親の実家に分かれての介護週末である。もっとも介護などという言葉を使うのは、本当はおこがましい。本格的介護をしておられる方々からみれば片腹痛いだろう。まつこの母親、うめぞうの両親、合計年齢こそ、73+84+95=252才となるが、いずれもなんとか自立的生活ができている。自分でトイレに行ったり入浴できる間は、世話もまだほんの準備体操というところだろう。

しかし、それでも、2人とも実家で2泊3日過ごすと、けっこう疲れる。時間がないわけではないのに、自分の仕事はまずできない。机に向かっていても、母親がごそごそ動いている気配を感じるとやはり気になる。せっかく来ているのに家事をしないのも気が引ける。唯一、例外なのはまつこの実家にいるときのうめぞうである。ムコさんがへたに台所を手伝おうとすると、こんどはまつこママが落ち着かない。ありがたいことに、うめぞうが座敷にこもって仕事をしているのが八方丸く収まるのである。男女平等社会は少しずつ実現しているとは思うが、このときだけはやはり男女の役割期待についての伝統の強固さを感じてしまう。

ところで、ここのところ、まつこは――本人の言い分によると――プチ欝だそうである。その原因は――本人の分析によると――介護、仕事、そして忍び寄るコーネンキだそうである。だから今日は、せっかくアクセスしてくれる少数の読者が無駄足を踏まぬように、自分に代わってブログを更新しておいてくれ、とさっき電話があった。プチ欝というわりには、この人の場合、頭が妙に整理されていて、うめぞうに対する命令も自信に満ちている。うめぞうがプチ欝のときには、こうはならない。ひたすらぼんやり、おこもりとなる。第一、自分のプチ欝の由来や根拠を相手に説明する人が、ほんまに欝なんやろか。

やはりこのあたりは男女に差があるようだ。そういえば最近ドイツの新聞に、あるアンケート調査の結果が出ていた。パートナーと暮らす男女に、相手に対していちばんアタマにくることは何かを尋ねたところ、女性の側から、男の態度として一番頭にくるのは

第一位(13.2%)自己憐憫

鼻かぜ程度のことで、まるで死にそうな病気になったかのごとくオーバーに騒ぎ立て、自分に献身的に尽くしてくれることや、自分に優しくしてくれることを暗黙のうちに要求する態度。

第二位(10.3%)引きこもり

何を言ってもふさぎ込んで、人に気を使わせることで無言の自己主張をしている態度。

うーん、よく分かるではないか。要するに、自分はカワイソーな人なんだ、こんなカワイソーな人間を放って置くことはできまい、これを保護するのはお前の義務だ、という傲慢な要求を、弱者を装ってつきつけてくる、そのずうずうしさと卑劣さに女性たちは怒っているのだ。

ではわれら男性の側が、パートナーの女性たちに対して頭くるのはどんなときか。

第一位(13.1%)不安症

こんな収入でこれからどうなるのかなあ、ああ最近しわが増えてまずい、親の面倒もみないといけないし、仲間と会いたいけどいいお洋服がないし・・・、と女性たちはいつもなにか心配事があり、これを割りと平気で口にする。ところが男は、これをすべて自分へのあてつけ、自分への要求、不満として理解する。「もっと給料を取ってこい」「しわが増えたのはお前が苦労をかけるからだ」「親の面倒をみられないのは、お前に手がかかるから」・・・といわれているように聞こえるのだ。だから男としては、そんなこといわれても、俺にだって苦労はあるんだ、ただそんなこといちいちお前みたいに愚痴らないだけだ、と不満を鬱積させるわけだ。

第二位(%は不明)しゃべりすぎ

これは、説明の要なしだろう。これは上の不安症とワンセットになって日々男たちを苦しめているわけだ。

こう見てくると、男女のすれ違いは思いのほか国際的に共通しているようで、日ごろよく耳にするドイツ人と日本人の国民性の違いなど男女の違いの前にあえなく吹っ飛んでしまう。男は弱者を装わず、女は愚痴を控えめに、というのが男女睦まじく暮らすコツのようだ。おたがい、気をつけましょうね。

2009年1月29日 (木)

あなたは誰に似ている?

まつこです。

介護や子育てで忙しい人は、職場の同僚とのつきあいが疎遠になりがちです。まつこも遠距離介護を始めたばかりの頃は、気持ちの余裕もなく、仕事が終わるといちもくさんに帰宅していました。でも最近は東京と新潟の二重生活にも慣れてきましたし、親しい同僚たちとのおしゃべりで気分転換もできるので、仕事で遅くなった時は彼女たちと一緒にお夕飯を食べに行きます。

うめぞうも、時々、私の同僚たちとの食事に合流します。ウメマツは職種が同じなので、彼女たちと共通の話題もありますし、何よりうめぞうは若いワーキング・ウーマンたちとのおしゃべりを楽しみにしています。彼女たちも、とりあえず笑顔で受け入れてくれています。

Photo[女性たちに囲まれてご満悦のうめぞう]

昨日も帰宅途中で合流し、居酒屋さんに行きました。そこで盛り上がった話題の一つは、「自分が芸能人の誰に似ているか」でした。私の仲間たちはみなそれぞれおしゃれを楽しむ素敵な女性たちです。ところが容姿については、その美しさや洗練について賛辞をおくられて喜ぶよりは、自分をネタにして笑いをとろうとする傾向があります。

自分を笑える知性、これは成熟の証しです。大人の女の余裕です。しかし別の言い方をするなら、この余裕とも呼べる開き直りの度合いが「おばさん指数」でもあります。昨晩、居酒屋で「誰に似ているか」という話題で皆が盛り上がっている最中に、まつこは「自己嘲笑とおばさん度の間の正の相関関係」を確信しました。以下、その根拠となるデータです。

Case 1:30才、「鈴木杏樹に似ているよねー、みんなに言われるでしょう、そっくり!」と美貌を称えられても、「そーですかぁ?」という調子で、あまり相手にしない。

Case 2:40才、「私ねー、森昌子に似てるって言われるの、でも手塚理美にも似ていると言われるわ」と発言。「手塚理美」を持ち出すところに、まだ若さが残る。

Case 3:42才、「わたし『ぽにょ』です」という一言で笑いをさらう一発芸を披露。確かにこの人はアニメ顔。

ね、年齢とともに発言にお笑いの要素が増えているでしょう。でもこの3例では根拠薄弱ですか? ではあと2例加えましょう。

Case 4:47才、「私、すっぴんだとユーミン、お化粧するとピーター」

Case 5:59才(男)、「僕は若いころは西郷輝彦、今は伊東四朗とヨー・ヨー・マ」と口をはさむが、「ヨー・ヨー・マと似ているのは額の広がりかただけでしょ!」と妻に一蹴される。

こんなバカバカしい話題が他愛なく楽しい居酒屋での一夜でした。

2009年1月27日 (火)

青空メッセージ

まつこです。

新潟から東京に戻ると、大きく広がった青空が、ほんとうにうれしく思えます。雪国の生活にも、雪景色の風情や、人々の辛抱強さ、春を迎える喜びなど、良い面もあるのですが。

今朝、母に電話をすると、「今日もみぞれまじりの雪よ」と、ちょっと暗い声だったので、「こっちは快晴よ。青空に白い富士山が見えるわよ」と、思いきり明るい声で話しかけました。たいへんね、寒いでしょうね、かわいそうねという具合に、あちらの状況に合わせた調子で話すと、母の暗い気分が続いてしまいます。ここは、「青空メッセージ」を送って、多少強引にでも気分を明るくしてもらうことが大切。こちらが明るくきっぱりした調子で話していると、コロリとママの気分も明るくなるということがよくあります。

Photo[hlxは「タクシーの値段で空の旅」というキャッチフレーズのドイツの格安航空券のエアライン。今はTUIflyという名前に変わっているみたいです。下に見える景色はどこでしょう?]

「青空」という言葉で思い出すのは、福田みな子さんの『雲の上はいつも青空 (中公文庫)』という一冊です。東京でのOL生活を捨て、エール・フランスの客室乗務員としてパリをベースにして過ごした日々のことがつづられています。見知らぬ土地や人々に対するたくましい好奇心、新しい出会いや、微笑ましい失敗談などが、生き生きとした言葉で描かれています。もともとは雑誌の『マリ・クレール』に連載されたエッセイのようですが、鋭敏な感受性をもって経験した出来事が、時にユーモラスに、時に繊細に語られており、一章ごとに書き手の文章を書く喜びが、そのまま読者に伝わってきます。

タイトルの『雲の上はいつも青空』は、辛い別離を経験したあとで、乗務中に雲を突き抜けて再び青空を見た瞬間を描く場面からとられています。絶望に打ちのめされた後に、再び飛翔するしなやかな若さ、その力強さが感じられる瞬間です。私はもう何回も再読していますが、そのたびに勇気と元気をこの一冊からもらっています。

とても文章のうまい人なのですが、もう執筆活動はしていらっしゃらないようで残念です。今もヨーロッパ在住であれば、ヨーロッパの美しい街並みの中になじんだ素敵な日本女性の一人として、人生の円熟期を迎えておられることでしょう。あのはつらつとした青春記を書いた若い女性がどんなマダムになっているのかな・・・、あれこれ想像をめぐらしています。

2009年1月25日 (日)

童心にかえる

まつこです。

Photo新潟、いよいよ寒さが厳しくなり、今朝は台所の給湯器が凍結してしまいました。お湯の出ない台所は、冷たい水で手がちぎれそうで、つらいです。しかし、うめぞうとママは昔の雪国の生活は、もっと寒くて不便だったと昔話で盛り上がっています。窓がサッシじゃなかったとか、暖房がコタツしかなかったとか・・・。

認知症の人が、こういう昔話をすると、脳を活性化させる「回想療法」の効果があるのだそうです。ママも生き生きと思い出話をしています。まあ、だいたい聞いたことがある話ばかりなのですが。ここは初めてのように「ふーん」と適当に相槌をうちながら聞きます。まつこも同じ話を右耳から左耳にスルーしながら聞く技が少しは身についてきました。要はあまり真剣に聞かず、適当に聞き流すのがコツみたいです。

Photo_2[雪景色を見ると兼六園を思い出すうめぞう]

うめぞうは高校卒業まで金沢で育ちました。寒がりのくせに雪景色を見ると、童心がよみがえるようです。今年還暦のうめぞう、雪の中ですっかり少年に戻っています。雪玉作っては、あっちこっちに投げています。

Photo[少年時代のうめぞうは、兼六園で雪合戦をやっていた。まつこに雪玉、投げないでー!]

「介護帰省」だと思うと、あれこれ不安も感じ気がめいりますが、今のところ母もそれほど病気が進行していません。「週末を過ごす田舎の家」だと思えば、だいぶ気が楽になります。「ママ、私たちの別荘の管理人みたいね」と冗談めかしていったら、母は「その管理人が最近、ちょっと管理能力があやしくなっているのよ~」と笑っていました。こんなふうに冗談が返せるあいだはまだ大丈夫と、ちょっとほっとしたまつこでした。

Photo_2[雪だるまだって作っちゃう]

2009年1月24日 (土)

雪中行軍

まつこです。

今週末はウメマツ二人そろって、新潟で過ごしています。うめぞうが来ると、ママはやはりいつもより少しはりきった気分になり、調子も良くなるようです。朝、階下に降りていくと、ちゃんとお化粧して、具だくさんのお味噌汁作ってくれていました。

Photo[雪国生活にゴム長は必需品]

今日は本格的な雪模様です。ウメマツ、近くのスーパーまでゴム長靴で完全武装し出かけることになりました。田舎暮らしの良いところは、地元のおいしい食材が安く手に入ること。うめぞうもこのスーパー買出しを結構、楽しみにしています。

今日の収穫は、アジ3尾(なんと1尾50円)とタイ1尾(398円)。両方とも地元の漁港にあがったお魚で、キラキラと光っていかにも活きが良さそう。タイはお刺身、頭はうしお汁、アジは塩焼きにする予定。野菜は「大崎菜」という新潟の伝統野菜が売っていたので、これを試してみることにしました。そうなると、今晩もやはり日本酒で晩酌ということになります。お歳暮にもらった「越州」という地酒が、まだ手つかずで一本残っていたはず。

Photo[雪中行軍・・・]

二人ともお夕飯においしいものを存分食べるために、ここはあらかじめカロリーを消費しようと、遠回りしてウォーキングすることになりました。これがちょっと見通しが甘すぎました。住宅地をはずれて、雪景色の田んぼの中の一本道を歩くうちに暴風雪に。最初は「八甲田山みたいだ!」「雪中行軍だ!」とはしゃいでいたうめぞうも寡黙になり、ひたすら足元を見て歩くだけ。私は次第に遅れをとり、気がつくと水墨画のような景色の中、はるか前方、黒い点のようにうめぞうが見えていました。まつこ、介護帰省中に遭難か・・・。

ほうほうのていでようやく家に帰り着きました。「ただいま、雪中行軍より帰還しました!」と敬礼するうめぞうを見て、母は大笑いしていました。でもこれで少し運動不足解消になったことでしょう。

Photo_2[せっせと雪かきするムコ殿]

Photo_2[うめぞうの仕事ぶりを眺める上官]

2009年1月23日 (金)

ボランティア精神

まつこです。

ウメマツ今週は火曜日の深夜に「歴史的瞬間に立ち会おう」と意気込み、オバマ大統領の就任演説を見ました。終わった瞬間、二人顔を見合せて「意外とじみだったね・・・」と、ちょっと意気込みが空回りした感想を抱きました。英語のメディアでも"sober"(冷静な)という形容詞があちこちで使われているようです。危機のただ中だからこそ、地に足をつけた冷静さが必要ということなのでしょう。でも「興奮と感動」を期待して眠いのを我慢していたまつこはちょっと肩すかしをくった感じではありました。

その数日前のハドソン川に不時着した飛行機のニュースの方が、センセーショナルな話題性は大きかったかもしれませんね。素晴らしい判断力と技術を見せた機長は、まさに一躍ヒーローです。このニュースを聞いたとき、私が感心したのは、近くにいたフェリーがいっせいに救助に向かったということでした。とっさのときに、普通の市民が即座に自発的に人を救うための行動に出るというのが、いかにもアメリカらしい気がしました。

もうだいぶ前になりますが、ロサンゼルスに向かうユナイテッド機に乗っていた時に、通路をはさんで隣に座っていたアジア系の小さな男の子の具合が悪くなりました。胸が痛いと言って泣いています。一緒にいた父親はあわてて乗務員の人を呼びました。だんだん泣き方がひどくなり、左胸のあたりを押さえて痛がっているのでみんなが心臓発作かと思い、かなり緊迫した雰囲気になりました。

やがて乗客の中に医師がいたら来てほしいという要請の機内アナウンスが流れると、すぐに一人のアメリカ人中年男性がやってきました。ウエスト・ポーチの中からIDを出して乗務員に見せ、あわてる様子もなくテキパキと聴診器をあて、いくつか質問します。そして低い静かな声で、"Oxygen"と一言だけ乗務員に指示を出しました。すぐに運ばれてきた消化器みたいな酸素ボンベで酸素吸入をしたら、その子の胸の痛みはひいたようです。その間、わずか3分ほど。そのドクターの冷静さと、あの低い穏やかな声に、まつこは「かっこいい~」と内心喝采をおくりました。賞賛の熱い視線もおくりました。

Photo[ハーバード・メディカル・スクール、やっぱり建物も立派]

同じような場面にボストンでも遭遇したことがあります。音楽会の最中に、客席の中でバタッという大きな音がして、明らかに人が倒れた気配がしました。演奏は続いていましたが、薄暗い客席の中で、数名の人が次々と静かに立ち上がり、その音のしたほうに向かいます。ドクターたちでした。ボストンのシンフォニー・ホールはハーバードのメディカル・スクールや病院が立ち並ぶメディカル・エリアからそれほど離れていないせいかもしれませんが、会場にずいぶんたくさんドクターがいたこと、彼らがいっせいに立ち上がったことに、まつこはびっくりしました。

覇権国家の傲慢さなど、あれこれ批判も受けるアメリカですが、「良き市民たち」の底力はまだまだあると思います。若い大統領の冷静なリーダーシップのもと、どんな国に変わっていくのか、楽しみに見守りたいと思います。

2009年1月21日 (水)

地元のお店を応援

まつこです。

今日はウメマツ二人とも、それぞれの職場で会議が長引き、帰宅が遅くなりました。こんな夜は連絡を取り合い、待ち合わせして、お夕飯は外食にすることが多いです。まつこが週末にかけて週3日東京を離れる生活なので、週日の夕食は、無理のない範囲でウメマツ一緒に食べるようにしています。

Photo_4[今日のお夕飯は地元で外食。お通しの牛スジの煮込み]

今晩は雨も降っているし、家の近くで食事をしようということになりました。しかしウメマツの住んでいる本郷界隈は、レストランなど食事ができるお店があまりたくさんありません・・・というか、山手線内にあって、今だに昭和の香りの残るお店がいくつか残っており、シャッター通りと呼べなくもない地域です。後継ぎがいないため、閉店を余儀なくされた商店や飲食店がいくつもあります。

ただ、最近、山手線内の盲点のようなこの地域にも、ちょっとおしゃれなお店がいくつかできました。今晩は地元に開店して間もないお店の一軒に、初めて行ってみました。お店の名前はemma(エマ)。鶏と卵がデザインされた洒落た看板に"sumibi & kanmi"と書いてあります。おいしい焼き鳥とデザートを出す、若いご夫婦がやっているお店でした。

Photo_2[わさびでいただく焼き鳥。ミディアム・レアでおいしいかったです。わさびも良い香り]

4代前からずっと地元に住んでいるという若いご主人が、美味しい鶏肉を丁寧に下ごしらえして、わさびや塩でさっぱりといただく炭火焼き鳥のお店です。デザートは「パリの朝市」にいらした奥様が作っておられるそうです。ワインで焼き鳥を楽しんだあと、卵かけご飯でしめ、最後はガトー・ショコラ。どれもとてもおいしくいただきました。

Photo_3[この銀杏は東大のキャンパスで拾ったものですか、と聞いてしまいました。買ったものだそうです。でも銀杏は東大の中にたくさん落ちているし、拾っている地元の方もときどき見かけます]

カウンター席だったので、ご主人とおしゃべりを楽しみながらの食事です。おいしいものを作って提供する仕事がいかに喜びに満ちたものか、地域コミュニティがいかに大切か、この街がいかに40年前から変わっていないか、高齢化が進む地元をいかに活性化したら良いのか、などなど、気がつけば、例のごとくうめぞうが熱弁をふるっていました。お客は私たち二人だけ・・・。

お店を開いたばかりの若いご夫婦を応援し、地域振興をはかるためにも、近いうちにぜひまたこのお店の美味しい焼き鳥とデザートを食べに行かなければ、とほろ酔い気分で思う冬の夜でした。

2009年1月19日 (月)

心が寒くならないように

まつこです。

昨日は新潟も晴天に恵まれました。実家を出る時に天気が悪いと、こんな寒い北国に一人暮らしでママは寂しいだろうなあと、うしろ髪ひかれる気分になってしまいます。実際に、私が帰京する夕刻になると、母も心細くなるようで、やたらと「寒い、寒い・・・」と言い始めます。この母の「寒い、寒い・・・」は、ただの口癖かと思っていたら、BBC NEWSで読んだ記事によると、孤独は実際に体感温度を低く感じさせるという調査結果があるのだそうです。(Loneliness 'makes you cold')

Photo[昨日は新潟の冬にはめずらしい晴天、青空に雪山が映えます]

トロント大学の心理学研究者の調査チームが、学生を対象として実験を行いました。二つのグループに分け、一方には孤立した経験を思い出してもらい、もう一方のグループには暖かく人と交流した記憶を呼び起こしてもらいます。そのあとでその部屋の温度を言いあてさせると、前者のグループの方がはるかに低く気温を見積もるのだそうです。

もう一つの実験ではコンピュータのシミュレーション・ゲームで球技をやらせます。何人かの被験者には、わざとボールがいかないようにプログラムしておいて、「仲間外れ」になった気分を味わわせます。そのゲームのあと飲み物や食べ物の軽食で何がほしいか聞いてみると、仲間外れにされた人たちはスープやコーヒーなどの温かな飲み物を望むのだそうです。

冬季に気分が落ち込む原因を、従来は日射量の減少と関連づけてきていましたが、気温も関係している可能性があるわけです。また部屋の温度を上げ、温かな飲み物を口にすることで、孤独や落ち込みを和らげられるのではないかと、記事は結論づけています。

この記事を授業中に学生に読ませてみました。その中の"temperature-related metaphors to describe social inclusion and exclusion"という一節の意味を正しく理解したかどうかを確かめるために、そういう比喩の例を英語や日本語であげてみてください、と問うてみました。社会的に受け入れられたり、逆に阻害されたりする状態を示す表現で、温度と関連しているものは、どの言語でも様々あるようです。"We received a warm welcome"(温かな歓迎を受けた)とか、"He looked at me coldly"(彼は冷たい目で私を見た)というような具合です。

「懐が寒い」・・・これはちょっと違いますね。でもお財布の中にスースー隙間風が吹いているようだと心細いのは確か。そんなときにはせめて一杯の温かなスープでもあると、心も少しだけ暖かくなるのですが。

2009年1月17日 (土)

ミッション・インポッシブル

まつこです。

今日も新潟は灰色の世界。鉛色の雲が広がっています。こういう気象条件のところでは、色鮮やかな花は東京で見るよりもずっと強い印象を与えてくれます。無彩色の雪景色を眺めて暮らすと鮮やかな色への渇望感が生じるようです。

Photo[窓際に飾られた花、外は灰色の世界]

お向かいのお宅は、独立された息子さんが少し離れた町でお花屋さんをやっています。しばしばそこで余ったお花を持ってきてくれるそうで、我が家も時々その恩恵にあずかります。売れ残ったお花なので組み合わせはちょっとバラバラですが、母はそれをうまく組み合わせて活けています。寒い雪国でチューリップはほんとうに可愛らしく花を咲かせています。

最近、母は編み物もしています。昨年の冬、手持無沙汰にしている母を見て私が勧めてみたら、予想外に「やってみたい」と言い出しました。マフラーのような単純なものしか作れませんが、1)ストレスのかからぬ範囲ででき、2)成果が形となり、3)人に喜ばれる、という3条件を満たしています。

きれいな毛糸の方が、楽しみも大きいと思うので、できるだけ優しい色づかいの毛糸を選んで買ってきてあげるようにしています。最近編んだマフラーは、水色にいろんな色が不規則に混じっています。編んでいる間に予想外の色が出てきて楽しい、と何度も何度も電話で言っていたので、色違いでもう一本編んでもらうことになりました。

Photo_2[うめぞう、毛糸屋さんではじめてのおつかい]

ところが今週の腰痛騒動でまつこは毛糸屋さんに行けませんでした。週末には色違いの毛糸を持っていくと言ってしまっています。こういうのは意外と覚えています。そこでやむなくうめぞうに代理で毛糸屋さんに行ってもらうことになりました。口頭で「こういう色とこういう色が組み合わせになっていて、売り場のこの辺においてある・・・」と説明したのですが、ちと不安そう。わからなかったら買う前に携帯電話で写真を撮って送って確認する、という手はずになりました。

うめぞう、毛糸屋さんでかなり苦戦したようです。どれを買えばいいのかわからない!結局、5回も写メールの送受信が繰り返され、最終的にはお目当てのものが買えましたが、途中で店員さんに「知的所有権の問題がありますので、店内の写真撮影はご遠慮ください」と注意されたそうです。

うめぞう、若い女性の店員さんに警告を受け、「はあ・・・そうですかぁ・・・」と、いい加減な返事をして、「得体のしれない変なおじさん」のフリをしたと言っています。極めて自然体の演技だったようです。しかしミッション・インポッシブルを遂行でき、うめぞう意気揚揚と帰還。そのピンクの毛糸は目下、ママの手元でマフラーに編みあげられつつあります。

2009年1月16日 (金)

雪かき

まつこです。

今朝は窓の外のガリガリ、ゴリゴリ・・・という音で目を覚ましました。ママが玄関の前の雪かきをする音です。カーテンを開けてみると、10センチくらいの積雪で、庭は一面白。空は灰色、無彩色の世界です。

Photo[雪かきされた玄関の前]

階下に降りていくと、雪かきを終えたママが、お味噌汁を作っていました。なかなか良い調子。ママ、がんばっています。

母が認知症の初期と診断されたとき、わたしはなんでもかんでもやってあげて、生活にできるだけ支障が出ないようにしようとしました。でも、少しくらい物忘れがあっても、できることはまだ残っています。できる仕事は取り上げたりせず、できるだけやってもらうのが良いようです。

その時に、1)ストレスのかからない仕事、2)成果が目に見えて残る仕事、3)人の役に立っていると実感できる仕事、を選んでやってもらうことが大切なポイントです。

1)認知症の患者や老人にとって、以前はできたことができなくなったと実感するのが、大きなストレスになるようです。なんでこんなことができなくなっちゃたのかしら、と自分の衰えを認識することが、老いや病への不安を増大させます。これならできそう、ということをやってもらうよう配慮が必要。

2)認知症の人にとっては、自分のやったことも、記憶として定着しないので、達成感を感じるには、成果が後に形として残ることが重要です。あー、これを私がやったんだわ、と実感できるためには、一目瞭然、はっきりと結果が残る仕事をしてもらいます。

3)最近思うことなのですが、人間が満足を感じるのは、他者のために何かをしてあげた時です。若い時は自分のために時間や労力やお金を使うのが楽しいのですが、退職後のご隠居さんや、弱者とされいつも人から支えられている人たちは、人の役に立つ出来事に大きな喜びを感じるようです。

まつこのママの場合、春から秋にかけては、庭や家の裏の家庭菜園の世話を楽しみにしています。これ、上の3条件を満たしています。「草が刈られて、庭がきれいになりましたねー」、「いやー、やっぱり家庭菜園で採れたトマトは味がぜんぜん違いますねー」、「落ち葉、きれいに片付きましたねー、こうやって庭を眺めると気分がいいですねー」などなど、うめぞうが大げさにほめてくれるのもセラピー効果大です。

雪かきも、ぴったりの仕事です。「あらー、きれいに雪かきしたのねー、すべらなくて安心だわー、助かるわ―。」今週末はうめぞうが来ていないので、わたしがほめます。「お味噌汁もおいしいわー。」

しかし考え直してみれば、別に認知症の人じゃなくても、人から感謝され、達成感を得るのは気分の良いことです。アメリカ人は"Beautiful!"とか"Great!"などの賛辞を普通の会話のなかでもよく使います。日本人ももう少しはっきりと、感謝や称賛を言葉にして表現したほうがいいのかもしれません。

2009年1月15日 (木)

メディカル腹巻

まつこです。

腰痛騒動5日目、だいぶ痛みは取れてきましたが、念のため今日は知り合いの外科医に診てもらいました。やっぱり「ぎっくり腰」だろうとの診断。ぎっくり腰がすべて「ぎくっ!」と急激に始まるわけではないとのこと。徐々に痛みが増す場合もあるそうです。

「コルセットしてみたら、ちょっとラクだよ」と言われました。その時、私の頭の中で思い浮かんだのは、『風と共に去りぬ』で、ヴィヴィアン・リーがしていた、紐で締め上げる優雅なコルセットです。ウェストを17インチに絞るという場面です。あの場面のように、壁に手を当て、うしろからぎゅっ、ぎゅっと締めあげてもらうを場面を想像してしまいました。黒人のばあやはいないから、やはりうめぞうに頼むのかな・・・。

Photo_3[え? これがコルセット?]

あらぬ想像をしている私の眼の前に突きつけられたのは、黒い無骨なモノ。それが「コルセット」でした。「えー、こんなのおなかに巻くの、かっこ悪い・・・」と、私が一瞬ひるんだのを見て、先生は「やり方簡単だよ、ちょっとセーターの上からしてみるね」と言って、さっさとその黒い無骨な幅広ベルトみたいなのを巻きつけます。

しかし、先生、うっかりして表裏を逆に巻きつけ、マジック・テープがセーターにくっついてしまいました。ベリベリとひきはがす羽目に。カシミアのお気に入りのセーターじゃなくて良かったと安堵しました。しかしこの機能重視の幅広ベルト、コルセットなどという優雅な響きを持つ呼び名ではなく、私はやはり「メディカル腹巻」と呼びたい。

夕方は新潟に移動。まるで冷蔵庫の中のように寒いです。道路にうっすらと積もった雪が、寒さで凍って、つるつる滑ります。おっと危ない、と足を踏ん張る時も、やはり力が入るのは腰ですね。メディカル腹巻をしていたおかげで、すってんころりんと転ぶこともなく、無事、実家に到着しました。

2009年1月14日 (水)

続明暗

まつこです。

腰痛は少しずつ治ってきています。でも長く横になっていたせいか、目まいがして足もとがふらつき、駅の階段の上り下りが不安なため、今日も一日、自宅で静養していました。明るい日ざしが注ぎ込む部屋で、一人静かに過ごす時間は、久しぶりに味わう贅沢という気がしました。コーヒー淹れて、新聞をゆっくり読んでいると、いつもとは部屋の様子まで違って見えます。

Photo[冬休みに読んだ『続明暗』]

こういうゆっくりした気分でないと読めない読み物もあります。冬休みに読んだ水村美苗さんの『続 明暗』は、漱石の書いた最終章との継ぎ目がわからないほど、文体が同質でした。文章のリズムの変化や文章が喚起する心象風景を、できるだけ正確に理解したいと感じる、知的欲求を刺激する文体のように思います。

時折さしはさまれる短い文章が生み出す一瞬の沈黙。作中人物の視線と一体化して、表情や動作や風景の細部をなぞるように描き出す文章。そしてリアルでありながら、言葉の無駄をいっさい省いた会話。こういうのは急いで読むともったいない。よく味わって読みます。

文体はこのように漱石とシームレスにつながっていますが、人物造形や展開は明らかに女性の作家が書いたものという印象でした。女というものの不可解さを男の側から漱石が描いたのに対し、水村氏の続編はその女たちのうちに隠れていた憎悪、嫉妬、不信を暗闇からひきだして明らかにしてみせています。特に女同士が互いに抱く敵意、これはなかなか男性には想像しがたいものでしょう。

漱石が津田という男の逡巡と自己欺瞞を中心的テーマにすえたのに対し、水村氏はそういう夫の真の姿をまざまざと認識してしまった妻お延が、自然の中でたった一人で立ち尽くす場面でこの小説を完結させています。この最終場面にあって、漱石の主人公であった津田という男は、中途半端な自我を抱えた無様な人間として、はるか遠景におしやられています。

うーん、やっぱり女の作家の方が、男に対しても女に対しても意地悪みたいな気がします。漱石がこの続編を読んだら、ますます女に対する不可解の念を大きくし、「畢竟、女はわからないものだ。ああ恐ろしい」とか言いそうな気がします。

2009年1月12日 (月)

魔女の一撃

まつこです。

せっかくの連休なのに、ベッドで過ごすことになってしまいました。腰痛です。ぎっくり腰はドイツ語でHexenschuss「魔女の一撃」と呼ばれているのだそうです。わたしの場合は、瞬間的な一撃というより、妙な腰の筋肉痛を感じて、あれっという違和感があったのですが、それがだんだんひどくなってしまいました。どちらかというと、魔女にゆっくり抱きしめられた感じです。

まつこはこれまで腰痛はほとんど経験したことがなく、うめぞうが腰が痛いというと、「運動不足じゃない」とか、「姿勢をよくしたら」とか、「いっしょにバレエ習う?」とか、冷たく言い放っていたのですが、猛反省しています。腰痛ってつらいのね。

Photo[介護士うめぞうを呼ぶベルを枕元に置いています]

うめぞうはわたしがそろそろとすり足で歩くのを見て、「ばあさん、大丈夫か?」と大笑いしています。まつこのベッドサイドには呼び鈴がおかれ、用事のあるときはこれを鳴らすとうめぞうが「ばあさん、用事かい?」と言ってきてくれます。

ずっと前に、古めかしい洋品店でディスプレイとして飾られていた呼び鈴です。気に入ったので売ってもらえないかと聞いたら、いちおうアンティークということで、とんでもない高い値段を提示されました。交渉して少し安くしてもらって買ったのは、もう10年以上前のことです。こんな用途で使うことになるとは思ってもみませんでした。

丸一日経過し、少し良くなりましたが、でも二足歩行って難しいのね。二足歩行ロボットのアシモ君を制作したホンダのエンジニアたちに改めて敬意を払うまつこでした。

2009年1月11日 (日)

あぶない椅子

まつこです。

今週末は仕事があり、東京で過ごしています。時間に余裕があると、いつも見落としていることが目に入ってきます。今朝、朝日の中で気がついたのは、うめぞうの座っている椅子がボロボロになっていること。

Photo[うめぞうの椅子]

わが家ではダイニング・テーブルの椅子にハンス・ウェグナーのYチェアを使っています。名作と名高い椅子で、すわり心地も良く、10年間愛用してきました。座面はペーパー・コードなので、使っているうちにいずれいたんで修理が必要です。まつこは自分の座っている椅子がなんともないので、まだ大丈夫だと思っていたのですが、うめぞうがわの椅子を見たら、コードが何本も切れてぼろぼろになっていました。

Photo_2[ペーパー・コードが何本も切れています]

うめぞう、あぶないよ! このまま座っていたら、ある日突然、まつこの目の前からうめぞうの姿が消えて、椅子の中にすっぽりお尻からはまりこんでしまった、という事態になりかねません。

あわてて購入したヤマギワに電話したら修理をしてくれるカール・ハンセン社の連絡先を教えてくれました。でも・・・予約制で2か月待ちとのこと。デンマークで修業してきた職人さんがペーパー・コードの張り替えを行うそうです。

うめぞうにその旨を伝えると、「いやー、そうやって修理をして使い続けるのは良いことだ。これからは量より質の時代だ。貴重な職人の技術が生き延びる時代だ・・・。」また演説が始まってしまいました。プツン、プツン・・・とお尻の下のペーパー・コードが一本、また一本と切れていっても、演説をしている間なら、うめぞうは絶対に気がつかないことでしょう。

2009年1月 6日 (火)

男の自立は料理から

うめぞうです。

さていよいよ、正月も終わり、日常生活が戻ってくる。

Photo[新潟では上げ膳、据膳。これはまつこの作った筑前煮]

うめぞうは、まつこの実家ですっかり大切にされたため、東京に戻るとついつい態度が不遜になっている。全体にうごきが鈍い。食器を片付けずにソファーに行って新聞など読み始める。短期間にちゃっかりと身に付けたこうした悪癖をぬぐい落とし、もとのうめぞうに鍛えなおすのが、例年、休暇明けのまつこの一仕事なのだ。

これからまつこはまた月曜から木曜まで東京で働いて、金曜から日曜の夜まで実家で家事をこなす。この生活がまがりなりにも1年半ちかく続いてきたわけだが、そのさい意外に重要なのは、男の家事能力、とくに料理の腕である。これから先、老老介護はもちろん、老認介護、認認介護など、あらゆることが考えられるから、わが同輩は、心してかかるべきである。うめぞうは一人でいる週末、自分の実家に行くこともあるが、そこでも期待されるのは料理人としての役割だ。

そこで今日は、簡単でおいしくて、安く、ヘルシーなうめぞうのレパートリーをひとつご紹介しよう。料理というほどのものではない。調理といった方がいいだろうが、食事作りが苦手な同輩の参考になれば幸いである。品目は野菜スープ。まず玉ねぎをみじん切りにして少し気長に炒める。ただし基本的に手間はそれだけだ。あとは冷蔵庫の中の残り野菜をなんでも適当に切って放り込む。セロリ、人参、トマト、じゃがいも、ダイコン、カブ、アスパラ、ピーマン、ズッキーニ。なんでもいい。ただし、トマトだけは、いったんスープの中にまるのまま放り込んだのち、皮をするっとむいておいた方が後で食べやすい。うめぞうはそこによくレンズ豆を入れる。そこに少なめの水を加えてただ煮るだけ。最後に塩、こしょうとスパイスをぶち込む。うめぞうは、クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン、シナモン、すこし辛いのが食べたい時はガラムマサラを少々使う。量は適当。そのつど量が変わるから、味に変化がついて飽きがこない。肉を入れたければとり肉やかたまりになったベーコンなど。

これを初日に一回作っておくと、3日間くらい十分に生き延びられる。オムレツを作ってこのスープをかける。ご飯にかけてカレー風に食べてもいい。もちろんスパゲッティでもOK。白身の魚をお湯の中でさっとポーチして、その上にかけて食べるのもいい。こうして大量の野菜がおいしく食べられるのだ。

男の自立はまず料理から。今年もみなさん、いっしょにがんばりましょう。

2009年1月 5日 (月)

二人のドン・ガバチョ

まつこです。

うめぞうの演説スイッチが入り、今日もまつこのママを相手に、アメリカ民主主義の歴史を熱く語っています。「民主主義という理念のもとはイギリスの哲学者が考えたんです。それがアメリカ独立を経て、ヨーロッパに逆輸入されてフランス革命につながったんです。民主主義国家というものが初めてできた意義は・・・。」こんな調子で30分くらい続きます。認知症のおばあさん相手に、よくこんなに熱く語り続けられるものです。

Photo[まつこのママ手作りのマフラーをして得意げなうめぞう]

演説と言えば思い出すのは、一昨年亡くなったまつこのパパです。まつこが幼少のころ、よく「みなっさーん、わたくし、ドン・ガバチョでございます!」という『ひょっこりひょうたん島』の物真似をしていました。まつこはこれがイヤでイヤで、「パパ、やめてー」と叫んでいました。嫌がれば嫌がるほど、パパはいっそう面白がってドン・ガバチョの演説の真似を続けていました。

幼いまつこは、パパはハンサムだと思っていました。だから『ひょっこりひょうたん島』の登場人物の真似をするのであればかっこいいダンディの方をやってほしかったのです。それなのにパパが面白がってやるのは、ドン・ガバチョばかり。若い方のために解説すると、ドン・ガバチョはインチキくさい、能天気なおっさんです。

この封じ込められていた幼い頃の思い出が、ある日、鮮明によみがえってきてしまいました。うめぞうが「みなっさーん、わたくし、ドン・ガバチョでございます!」と物真似を始めたのです。うめぞうにとって、『ひょっこりひょうたん島』と言えば、共感できるキャラクターはほかでもなくドン・ガバチョだと言うのです。確かに似ているような気がする・・・。

なんでー? なんでまつこの父と夫はともにドン・ガバチョなの? 父親と似た部分を持つ男性を配偶者に選んでしまうのは、遺伝子のせいなのでしょうか。それとも文化的な複製をたくらむミームのせいなのでしょうか。こういう質問をうめぞうにすると、また30分は演説が続くので、一人心のうちで考えてみることにします。

2009年1月 4日 (日)

経済危機に寄せて

またまた、うめぞうです。

はじめて、うめぞうブログにもコメントをいただいてすっかり舞い上がり、ぐっとモチベーションが上がりました。とはいえ、お世辞を真に受けてその気になって、呼ばれてもいないのにしゃしゃり出るというのは、われら団塊の世代が嫌われる定番のパターンなので、ここは重々気をつけなくては。

Photo[冬山を眺め、大いに勇壮な気分になって演説するうめぞう]

さて新年の話題と言えば、なんといってもこの深刻な経済危機。しかし、うめぞうはへそまがりである。みんなが下を向いているときには、どうしても上を向きたくなる。希望が見えないこの時こそ希望を語りたいのである。

もちろん現実を直視すれば気持ちは落ち込む。失業問題しかり、介護と医療の現場もしかり。決壊寸前の堤防のあちこちからどんどん水があふれ出している。しかし、である。目を凝らしてみれば、そこには堤防の穴を素手で必死にふさいでいる実に多くの方々の姿が見える。このブログの読者もしかり。(ト書き:このあたりからうめぞう、演説モードに。まつこ、あきれ顔でバカボンのママモードにはいる。)

たとえば年末年始に日比谷公園に派遣村を立ち上げた人々。そこに自発的に参加、協力した老若男女。彼らは声高に語ることはなかったけれど、わずか数日のその活動には、憲法25条に違反する立法府、行政府の不作為に対する確かな告発が聞き取れた。そしてなによりもわれわれに、忘れかけていた共感と連帯の底力を思い出させてくれた。暗闇の中に一瞬、希望の稲妻が輝いたのである。

もちろんそれぞれの素手はすでに凍りついている。指のあいだから容赦なく泥水がもれだしている。一人、また一人と指を離さざるを得ない人々が脱落していく。それがまた他の人々の手だけではなく、足を、体を丸ごと要求する。一刻も早く政治によって大量の土嚢が運びこまれなければならない。しかし、政治は土嚢を運ぶことができても、自発的に堤防を素手でふさぐ人々を創り出することはできない。こうした人々が存在するかぎり、この社会には希望があるのである。

社会が暗くなった時、用心しなければならないのは、社会の過剰な倫理化だ。あんなに困っている人たちがいるのに、のうのうと贅沢三昧の生活をしているのはケシカラン、という論調が世にはびこりだしたら、これは警戒した方がいい。

へそまがりのうめぞうはいいたい。こういう時こそ、お金に余裕のある人は大いに消費生活を楽しむべし。笑える人は大いに笑うべし。幸福を謳歌する人がいてこそ経済も回復する。価値の物差しが単純化することは、今、苦労のどん底にある人にとってもけっして良いことではないのだ。本当に恐れなければならないのは経済の低迷ではなく、自由と人権の抑圧である・・・

と、いうわけで、今年もうめぞうはあまり成長することもなく、本の世界におこもりをしたり、とつぜんまつこ相手に口角泡を飛ばしながら、バカボンのパパを演じていくようです。

2009年1月 3日 (土)

新年雑感

うめぞうです。

新しい年である。

Photo[うめぞうも昨晩、新潟にやってきました]

しかし、うめぞうは昔から儀式のたぐい、いわゆる冠婚葬祭が大の苦手である。儀式に対するセンスがはなはだしく欠落している。祝儀不祝儀、なるべくならば出席したくない。なにも物入りを気にしているわけではない。まして、そうした儀式をくだらないと見下しているのではさらさらない。社会化された通過儀礼は人間の成長にとって重要だということも理解できる。入学式で心を新たにする人、卒業式で涙する人、すなおにいいなあと思う。

これはけっして皮肉で言うのではない。しかしどうも自分はそんなとき醒めてしまっているのだ。醒めた人間がそういう場にいると、素直に感動している人を冷笑しているように見えるんじゃないか。それは甚だ失礼だし、きっと不愉快な思いもさせるだろう。だから醒めていても、ある程度は心を合わせようと努力する。そのときの「演技」感が、自分にとってどうにも居心地が悪いのだ。

そんなこといって、おまえは素人落語でも、日ごろのひょうきん行動でも、大いなる演技派ではないか、とまつこなら言うかもしれない。しかしそれは人の緊張感を崩すための演技である。しかし儀式は逆にみんなで神妙になるための演技。これはどうも苦手なのだ。神妙にしている多くの人もひょっとして自分と同じように演技をしているのか。それとも心からしみじみとした気持ちでいるのか。そこがうめぞうには見分けられない。センスの欠落とはそこを言うのである。そんなわけで、うめぞうは自分が大学に入学した時も、大学を卒業した時も、式典には出席していない。祝儀不祝儀についても、これまでずいぶんと不義理を重ねてきた。一言でいえば未熟、大人げない、社会的に一人前になっていないのである。還暦なんだから、これからはもう少し、大人にならねば(ちなみにまつこもウシ年だが、こちらは一回り下なので念のため)。

というわけで、カレンダーがかわっても、除夜の鐘をしみじみ聞くわけでもなく、初もうでをするわけでもなく、特に心に期するものもない。唯一気がかりなのは2009年、平成21年というやっかいな2つの数字を1年以内に覚えられるかどうかである。毎年、ようやく覚えたころに変わる。つまり今はぎりぎり1年以内に覚えているが、それでも、ん、平成18年だっけ?なんてことは、昨年、区役所などで何度か経験した。

母の介護の次はうめぞうの介護というのは、まつこの避けられない運命だとしても、その間にせめて数年から10年くらいのインターバルを置いてあげたい。昨年は、まつこに分不相応に感謝状などをもらったが、公平に見てまつこの奮闘ぶりは見上げたものである。まあ夫婦で褒め合っていてはバカ丸出しだが、まつこの熟年計画を実りあるものにするべく、せめてわが介護の開始年齢を1年でも先延ばしするよう、健康には留意したいものである。

いまのところごく少数だが、このようなブログを読んでくださった読者の支えも絶大だった。「うめちゃーん、○○さんからコメントもらったよー!」というのが、遠距離介護から帰宅したまつこの第一声だったこともしばしばだった。ネットを介して、喜びと苦しみを分かち合えるこの軽やかな絆は21世紀の人類が開いた新しい可能性であることは疑い得ない。その読者の方々一人ひとりに心から感謝の気持ちを伝えたい。そしてそれぞれの場所で、それぞれの幸福、それぞれの苦労を味わっておられる方々に、さらなる連帯をよびかけよう(イヨッ、全共闘世代!)。 

2009年1月 2日 (金)

新春初対局

まつこです。

うめぞうの趣味の一つは囲碁です。最近は碁会所には行かず、もっぱらインターネットで対局を楽しんでいます。その影響を受け、まつこもルールを覚えて、初心者ですがネット碁を楽しむようになりました。

今年は、ウメマツはウメとマツばらばらにそれぞれの実家で元旦を迎えました。まつこが自室でパソコンに向かっていると、見覚えのあるハンドルネームの「対局申込み画面」が現れました。なんと遠隔地にいるうめぞうからの対戦の申し出です。

うめぞうは4段、まつこは15級。我が家では囲碁に関してだけは、通常の力関係が逆転しています。この力量の差は、お相撲で言うと関脇と序二段くらいでしょうか。囲碁というゲームの良いところは、このくらい差があっても、「置き碁」といって最初からいくつか石を置いてハンディをつけて対局できるところです。ウメマツの場合はまつこが9つ石を先に置かせてもらいます。井目(せいもく)の置き碁です。

Photo[これが井目の置き碁]

さて2009年最初のウメマツ対決。序盤はまつこがついつい弱気になり、ハンディをつけてもらった差がどんどん縮んで、あっというまに追い越されてしまいました。ネットの向こうに、勝ち誇ったうめぞうの余裕のある表情が見えるようです。

そのうめぞうの得意満面の姿を思い浮かべたとたん、まつこの戦闘意欲に火がつきました。相手の石の手薄な部分を見つけ、鋭く切り込み、大逆転!しばらく画面が沈黙したかと思うと、「負けました。ありがとうございました」という文字が浮かび上がりました。ウメマツ新春対局、初戦はまつこの勝利です。

うめぞうは「これは指導碁だ。これで君も今年は少しは強くなるだろう」と言っています。「ご指導ありがとうございました」と、謙虚なまつこ。対局のあとは必ず「ありがとうございました」と言うのが囲碁のルールです。ま、囲碁で対局するときくらいは威張らせてあげようと思うまつこでした。

2009年1月 1日 (木)

あけましておめでとうございます

ウメマツです。

Photoあけましておめでとうございます。

ウメマツは二人とも丑年生まれです。今年も良い年となるように、よく遊び、よく働き、体に気をつけて笑顔で過ごしたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いします。

[丑年夫婦です。えっ、ブタに見える? 昨年の夏休みの写真です]

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