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2008年12月 2日 (火)

プラトンとおでん

うめぞうです。

以前、プラトン主義について書いたところ、まつこが得意満面で質問してきました。「うめぞう!あの三角形のおでんの話はよくわかった。プラトン主義、面白い。でもあの三角形のおでんのコンニャク、あれって、おそ松君でしょ。いや、天才バカボンかな。どっち?」。

こいつ、本当に問題のホンシツ、わかってんのかなあ、と思いながらも、「コンニャクの三角形」からわが内なる赤塚不二夫を探り当てるとは、やはりまつこは甘く見てはいかんぞ、と思い直しました。

すると今度は超ド級の質問。「ねえ、プラトン主義の反対は何?」

よっぽど「ぎしゅんとらぷ」と答えておこうかと思いましたが、これではまるごと赤塚不二夫になってしまうので、「まあ、しいていえばアリストテレス主義か・・・」。

「じゃあ、今度はアリストテレスについて書いて。やっぱり二大政党制にしないとね。」

どうもまつこは、プラトンとアリストテレスを麻生と小沢みたいに考えているらしい。でも、あなたねえ、気楽に言うけどアリストテレスについてちょっと一言とはなかなかいかないんだよ、と口に出そうになったのをぐっとこらえて、こういう質問にはそれなりのレベルで答えられないといけない、週刊こどもニュースを見よ、けっこうあれは勉強になるぞ、と自分に言い聞かせる。

さてそこで次回はアリストテレスについて少し書くことにしよう。今日はそのための準備。

プラトンは実在する不完全な三角形(おでんのコンニャク)よりも、魂の目に映るその純粋な形の方が、より本質的な存在だと考えました。形といっても、からなずしも幾何学的な形だけではなく、一般に物のあり様といったほうがいいかもしれませんが、哲学ではこれを形相などといいます。ただしこれは「あの人はすごい形相で私をにらんだ」というときのギョウソウではなく、ケイソウと読みます。

アリストテレスは、この点ではプラトンとは違って、実在する個物を個物たらしめている形相は、個物を超えたイデアの世界にあるのではなく、あくまで個物と不可分な可能性として個物の内にあると考えました。たまごの中にヒヨコが隠れているように、いつかそのあり方は外に向かって現実となります。そう、プラトンが数学っぽい世界観だとすれば、アリストテレスはわりと生命主義的な世界観をもっていたわけです。

そして、可能性としてあるものが現実のものとなる原因をアリストテレスは4つに分けて考えました。これについては次回に述べますが、いずれにしても、原因を複数個考えていたというのが今日からみると面白い。プラトン主義だと原因は究極的な一原因に帰着しがちです。どうしても最終原因といったものを考えてしまうからです。それは神であったり、物理法則であったり、場合によっては民族であったり、理性であったりしますが、いずれにしても、ある現象が生じる原因を単一のものに求める発想は、いろいろ危険な面があるのです。その点で、アリストテレスは、プラトンよりもプラグマティスト、現実主義者だと思います。

ちなみにわが家は、どちらかというとまつこがアリストテレス派、うめぞうがプラトン派ということになっています。続きはまた次回。

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