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2008年12月 7日 (日)

雪の朝

まつこです。

朝、目を覚ますと、シーンと静まり返っています。雪です。車の交通量が減り、まるで雪が音を吸い込んだように、いつもより静かな朝は、カーテンを開ける前から雪が積もったとわかります。

1ママは「初雪ね」と言うのですが、しかし1週間くらい前にも電話で「今日は庭が白くなったわ」と言っていました。このあたりが認知症の認知症たるゆえんです。多少のことは「ま、どっちだっていいわ」と内心パスする鷹揚さが肝心。

[初雪・・・かな?]

No3 朝は曇っていて灰色の景色だったのですが、朝食を終えると陽がさしてきました。そうなるとうっすらと積もった雪が、いっせいにきらきらと輝きだします。

[朝日でキラキラと輝く雪]

物置からゴム長靴を持ちだしてきて、ブーカブーカと大きめのゴム長を引きずりながら、雪景色の中を散歩してみました。サングラスがほしいほどまぶしい、美しい景色です。雪国の冬は長く厳しいのですが、こんな瞬間は、その厳しさを忘れてしまいます。わずかな雲の隙間から射しこむ陽光や、久しぶりに見る青空を見た時の、心からの喜びは、病んでいる人の笑顔を見た時の気持ちに似ています。

先日、ママが「私も昔はこんな文章が書けたのね。なんか気取った文章だけど」と照れくさそうにしながら、中学校の数学教師をしていた頃、卒業文集に寄せた短文を見せてくれました。

確かな年輪を刻んで

 「雪深い冬を耐えて育つ木は、きめが細かく、建てた家は一分の狂いもない」と聞く。一つの年輪のうちに雪の中で過ごす静かな日々が必ずある。その静けさの中で一分の狂いもないエネルギーを蓄える。

 雪に耐えることは卑屈の服従でもなく、片意地張ったつっぱりでもない。細胞の一つ一つは確かなものを求めて力強く息づき、決して裏切ることのない自然を信じて春を待つ。

 暖かい土地では三十年で大木に育つ木も雪のこの地では五十年もかかるかもしれない。

 でも雪の冬を過ごすゆえ、この確かさを持つ。

 この地に根をおろし成長してきたあなたにも、雪に耐える木の強靭さと、たおやかな心を見ることができるであろう。あなたの輪郭にこの木を重ね、柱となり梁となることを。

自然に対する敬意を持ち、70余年の日々を雪国で実直に生きてきた母、その人生の終盤を、私もまた謙虚さを持って静かに見守りたい、と決意を新たにする雪の朝です。

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