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2008年11月18日 (火)

人生の秋

まつこです。

イギリスの小説家David LodgeのDeaf Sentenceを読み終えたところです。Lodgeは大学教師を登場人物にし、文芸批評、哲学、認知科学などの議論や理論を巧みに取り込んだ、コミカルな小説を書いてきました。笑いながら勉強できる小説です。今回の作品も、この路線ではあるのですが、ちょっと趣が違っていて、「老いや死をどう受け入れるか」という重いテーマを、少し自伝的に書いています。

Lodge自身も耳が不自由らしいのですが、聴力障害のために早めに退職した60歳過ぎ元大学教授Desmondが主人公です。インテリア関係の事業を成功させ自信満々の妻、ボケかけている90歳近い一人暮らしの父親、思わせぶりな誘いをかけてくるブロンドのアメリカ人大学院生など、厄介な状況に取り囲まれ、Desmondは次々降りかかる困難と不格好に格闘します。本人にとっては悲惨な状況が、外から見ると滑稽。それが一人称の日記の文体と三人称の小説の文体とを使いわけて描かれています。

聴力障害によるコミュニケーション不全で夫婦関係もぎくしゃくし、夫としての自信や知識人としての自尊心が次第に失われていきます。しかしアウシュビッツ収容所の見学や父の死を経験することで、今生きている時間の尊さを再認識し、妻との精神的な絆を取り戻すことができます。おもしろうて、やがて悲しき、しかし最後には救いの光が見える、といったところです。

遠距離介護でくたびれるところや、老いていく親を見る焦燥感、そこから逃げ出そうとする自分への罪悪感など、まつこにはいささかぞっと身にしみて笑いきれない部分もありました。でも「今ある生を享受することで老いや死を受け入れることができる」という最終的なメッセージも、リアルな重みを持って伝わってきました。

Lodgeは小説の中に、幅広い分野から多くの引用をうまく使っています。今回はPhilip Larkinの詩が多かったのですが、私にとって印象的だったのはBruce Cummingsという動物学者の言葉。主人公の父親の葬儀の際に朗読されます。

To me the honour is sufficient of belonging to the universe -- such a great universe, and so great a scheme of things.  Not even Death can rob me of that honour.  For nothing can alter the fact that I have lived; I have been I, if for ever so short a time.  And when I am dead, the matter which composes my body is indestructible -- and eternal, so that come what may to my 'Soul', my dust will always be going on, each separate atom of me playing its separate part -- I shall still have some sort of finger in the pie.  When I am dead, you can boil me, burn me, scatter me -- but you cannot destroy me: my little atoms would merely deride such heavy vengence.  Death can do no more than kill you. (p.280)

死によって生命は絶えても、肉体を構成していた原子は失われず、この世に永遠に存在し続けるという内容です。自然科学者の目から見た「永遠」の概念が、ある種の宗教性をも帯びているのが面白いと思いました。

ちょっと説明が重くなりましたが、基本的には夫婦愛再生の物語でもあります。アウシュビッツで殺戮に加担してしまった男が妻に宛てた遺書も引用されているのですが、地獄のような現場から彼は妻にこう呼びかけます。

If there have been, at various time, trifling misunderstandings in our life, now I see how one was unable to value the passing time. (p. 265)

共に暮らした日々につまらない誤解がいろいろあったけれど、それは過ぎていく時間を大切にできなかったせいなのだ、そのことが今わかった、と死の際に夫は妻に後悔の念を語るのです。ウメマツもそろそろ人生の秋を迎えています。この時間を、日々、大切にしなければ、と改めて思わされる一節でした。

Photo_2 [ウメマツも人生の秋]

(ロッジの小説は高儀進さんという方がいつもうまい翻訳を提供してくれます。きっともうすぐ翻訳も出版されると思います。)

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