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2008年11月

2008年11月29日 (土)

家事の腕前

まつこです。

今週末は仕事のため、新潟に帰省できません。このように帰省できない週末は、大阪にいる弟夫婦か、群馬にいる伯母に、母と一緒に過ごしてもらうよう頼むことが多いのですが、今回は母が「一人でも大丈夫よ」と言うので、特別シフトを組みませんでした。いつも平日は毎日2回、朝NHKの『だんだん』が終わった頃と夜9時頃、母に電話をして様子を聞いているのですが、今日はそれに加え昼にも電話しました。

とにかく不安を感じさせないこと、誰かに支えられているという安心感を持ってもらうこと、これが認知症の症状を抑え、進行を遅らせるために、今のところ私たちにできる唯一のことです。電話でできるだけのんびりした口調で、なんでもない些細な出来事でもできるだけ笑いを交えて話すようにしていると、母の声の調子も明るくなります。

最近はこちらが実は仕事でかなりせっぱつまった状況でも、電話の口調だけはゆったり、という技を身につけました。パソコンのキーボードをカタカタとたたき、眼は血走って、視線はディスプレイの上を激しく動かしながらも、受話器を顎で押えて、「わたしよぉー、どうかしらぁー、今日の調子は? ふぅーん、スーパーまで出かけたのぉ? 何かおいしそうなものあった? あら、サンマ、いいわねぇー・・・」みたいな調子で話し続けます。そろそろ会話も終わりという最後の30秒ほどは仕事の手を休め、電話の会話に専念します。

いつまででもママの話し相手してあげるわ、という調子で話していると、電話はせいぜい長くて10分、早く切り上げて仕事に専念したい、という気持で話していると、どうもそれが伝わるのか、同じ話をぐるぐるぐるぐる回転し続けることになってしまうようです。

というわけで今週は久しぶりに東京で過ごす週末です。今日は時間に余裕があったので、美容院に行きました。美容院に行くと言うと、うめぞうが「帰りにデパート寄るなら買ってきてほしいものがあるんだけど・・・」と言います。何かと思ったら、サラダ用の水切りでした。回転させて遠心力で水を切るタイプのものです。我が家のはもう10年以上使っているのですが、最近調子が悪く、うまく回転しないのだそうです。

「うまく回転しないのだそうです」って、まるで他人事みたいな口調ですが、実はまつこはこのところ仕事がなかなか終わらず、帰宅が遅くなりがち。朝食に加え、夕食まで、うめぞうが引き受けてくれています。冷蔵庫の中身を把握しているのも、洗剤の買い置きの残りがあといくつか知っているのも、断水のお知らせがきたことを知っているのも、全部うめぞう。水きりの調子が悪くなった不便を切実に感じているのもうめぞうでした。主婦(夫)の座は完全に譲ってしまった状態です。

うめぞうもしばしば自分の実家に帰って、両親の家の雑事を手助けしていますが、実家ではお母さんが、「最近、うめぞう(ここもちろん本名で)は家事の腕前を上げたわねえ」と感心しているそうです。お義母さんは決してヨメに対するイヤミを言っているのではなく、率直に息子をほめてくれているのですが、まつこはちょっと肩身が狭い。うーん、せめて使いやすそうな水きりを買ってきてあげよう・・・。

Photoというわけで買ってきたのはOXOの「サラダ・スピナー」。たまにはこれでおいしいサラダを作ってあげよう、と心に誓ったまつこでした。

[軽やかにスピンしてなかなか調子よさそう]

2008年11月27日 (木)

びっくりぎょうてん目がテンテン

まつこです。

四六時中ぴったり一緒にいる仲の良い女同士二人。その片方だけが恋に落ちたら、女の子二人の友情には微妙な変化が起きる・・・。シェイクスピアの『お気に召すまま』(As You Like It)にはそんな状況が出てきます。

オーランドーに恋をしたロザリンドは、アーデンの森の中で自分を称える詩が木々の枝にかけられているのを見つけます。木の幹にも誰かが"Rosalind"という名前を彫りこんでいます。「もしかしたらあの人がこの恋の詩を書いたのかしら・・・」と内心は期待しながらも、確証の持てないロザリンドは「いったい誰かしら?」と親友シーリアに問いかけます。

Photo[アーデンの森(実は信州霧ヶ峰の写真です)」

恋する女の子は欲張りで、なおかつ慎重です。うすうす気がついていても、自分の口から「オーランドー」という名前は口に出せません。こんなときこそ親友に、恋の証人として「オーランドはあなたのことが好きなのよ」とはっきり言ってほしいのです。

「男の人よ」「あなたがあげたネックレスを首にしているあの人よ」と、そこまで言っても、それでも「誰かしら、教えて」とロザリンドはしつこく聞き続けます。じらすシーリア、せがむロザリンド。ロザリンドは頬を赤らめ、わかっているくせにどうしてもオーランドという名前を自分からは口にしようとしません。いささか呆れはてたシーリアは、次のように言ってからかいます。

O wonderful, wonderful, and most wonderful wonderful, and yet again wonderful, and after that out of all hooping!(第3幕第2場)

自分のほうから決定的な名前を言い出そうとはしない女心。よくもまあそんなにシラを切り続けられるわねえと、シーリアはなかば感心し、なかば憮然とするわけです。

さてこの"wonderful"の連発はどう訳したらいいでしょう?授業中に学生から出てきた名(迷)訳のひとつは「びっくりぎょうてん目がテンテン。」なかなかうまいですね。同じ言葉を繰り返す原文の面白さを、「テン」という音の繰り返しで表現しています。

聞いてみたら年の離れた小学生の妹がいて、その子の通う小学校ではやっている言葉だそうです。子供は言語感覚とユーモアのセンスの鋭さで、ときどきとても面白い言葉を生みだします。

この表現、我が家でもしばしば使えそうです。洗濯機から出てきた6足のうめぞうの靴下のうち、どれ一つとして正しい組み合わせのペアがなかった時など、まさに「びっくりぎょうてん目がテンテン」です。

追記:松岡和子さんの翻訳お気に召すまま−シェイクスピア全集 15 (15) では、上記のセリフはこんなふうに訳されています。

「ああ、驚いた、驚いた、驚きすぎるくらい驚いた、それでもまだ足りないくらい驚いて、開いた口がふさがらない。」

2008年11月25日 (火)

これでいいのだ!

まつこです。

秋も深まってきましたね。晩秋の景色は美しいけれど、どこか寂しくメランコリックな気分にさせる・・・はずなのですが、ウメマツはおしゃべり夫婦で、外の景色の情緒とは無関係に一年中、笑ってばかりいます。

Photo[落ち葉のじゅうたん]

しかしこの笑いの感覚というか、笑いのツボが、ウメマツの間でちょっとズレている部分もあります。うめぞうは実は、素人落語を趣味にしています。発表会(寄席というべきでしょうか)の前には私一人を相手に練習をします。「たらちね」という気のいい若者八五郎が嫁をもらう話が、うめぞうの持ちネタです。大家さんから縁談を持ちかけられた八五郎。若くて器量よしの娘と聞いて心躍らせるのですが、どうも話がうますぎる・・・もしかしたらその娘には「瑕(きず)」があるんじゃないかと八五郎は、ふと不安になります。

問題はその部分。「その娘、なんかキズでもあるんじゃないかい? ひょっとして脇腹に穴があいていて、そこから水がジャージャー・・・。」ここでまつこが大あくび。うめぞうは「なんで? え、つまんない? ここすごくおもしろいじゃない」と憤慨します。しかし「若くて器量よしの嫁の横っ腹の穴から水が流れ出す」という、赤塚不二夫のナンセンス・ギャグのような一節を、まつこは「ばからしすぎてつまんない」と感じてしまうのです。

どうもこのナンセンス系の笑いの感覚について、ウメマツの間で差があるようです。因果関係を無視し、思いきり話を単純化した過激なギャグを、うめぞうは大笑いし、まつこは冷やかに無視する。これはもしかしたらもう少し一般的に、男女の間にある笑いの感覚の差かもしれません。『天才バカボン』だって、「これでいいのだー」と暴走するパパを、理性的なママはいつも心配そうに見守っていました。

認知症の母のことを、クヨクヨと心配し、あれこれ悩み続けるまつこ。そのまつこに「いやなことはいったん忘れちゃおう。たまには羽目をはずして飲んで歌って遊ぶのだ。これでいいのだー」と励ましてくれるうめぞう。現実的な悩みと対抗するには、こういうアナーキーな笑いの効用が、確かに大きいのかもしれません。

2008年11月23日 (日)

アルツ哲学入門

うめぞうです。

まつこは、アルツのおっかさんの同じ話を何度も聞いて、少々気が滅入る時もあるようですが、私はその点では、もとい、その点でも、よくよく鈍感なのか、ほとんどストレスを感じません。よく「うめぞう、あんたはえらい!よくもまあ、それだけ、はじめて聞いた話のように相槌を打ったり、感心したりして聞けるもんだ」とまつこはあきれ顔で褒めてくれます。ムコ・ノーベル賞候補にまで推してくれる理由も、主にその辺の業績が評価されているようです。しかし時には心配そうに「ひょっとして、うめぞう、何度も聞いていること、忘れているんじゃないだろうね・・・」とアルツ2号誕生を恐れているふうです。

とんでもない。わたしだって、ハンカチをトイレに落とした時、母親が「そんなことでもなけりゃ、新しいハンカチなんかなかなか買ってもらえないんだから」と慰めてくれた話、この母君の曾祖母が彦根から嫁にきた家老の娘で、雪国がいやで四谷に移り住んだら、お化けが出たので舞い戻った話、少なくとも数十回は聞いていますよ。

ではなぜ、私がストレスを感じないのか。まずなんといっても、まつことは接触時間がまったく違いますし、実の親子でもないので、余裕をもって接することができるというのが一番大きな理由です。そしてこの母君がウィットに富み、リベラルで辛口なまつこと同じタイプ、つまりは私の好みの女性であるというのが第二の理由です。ですから私がとくべつ能力があるわけでも、偉いわけでもありません。

しかし、今日は、いままでまつこにも言ったことのない第三の理由を告白することにします。ちょっと誤解される可能性があるので、今まで口にするのがはばかられたのですが、実は私がストレスを感じないのは、この母君を、ちょっと失礼かもしれませんが、ひとつの哲学的関心をもって観察し、研究しているからなのです。時には不謹慎にも、小さな実験も行います。それは実に興味津津、現代哲学の最大の謎に接している知的興奮すら覚えます。

たとえば私は、その間に、母君がパターン化された想い出話しをし始めると、どこかの時点で、ふいに表情が豊かになり、元気が出て、それと同時に、表現にめりはりがつくようになることを発見しました。ただしそれは単に「近所の人がおかずをもってきてくれた」、「今日は御寺様が月行に来てくれた」、といった日常会話の中では起きないことなのです。そこには少なくとも二つの必要条件があります。ひとつはそれが「幼少期から思春期までの思い出話である」という要素。もうひとつは、それが「パターン化された物語としてそれなりに完成されている」という要素です。そしてこの二つが、物語っている母君に「表情」の豊かさと「表現」の豊かさを生み出すのです。

こういうと皆さんはちょっと疑問を抱くかもしれません。「パターン化されている」ことと「表現の豊かさ」とは矛盾するではないかと。私も最初はそう思っていました。しかし、パターン化されているにもかかわらず、実はよく注意して聞いていると語り方には微妙に毎回、違いがあります。たとえば、例の四谷でお化けに出会ったばあさんですが、通常のヴァージョンだと、田舎に舞い戻るときに、「この曾祖母の息子の嫁さんが、この家老の娘のことを、彦根から毛やりをふって嫁に来たから、なんでもヤリっぱなしなんだと言ってね」というフレーズと笑いが入ります。しかし、時にはこのフレーズが入らないこともあります。そんなとき、うめぞうはとっさに「ああそういえば、なんかケヤリがどうのこうのって話、ありましたねえ」とか、「ケヤリ振ってきたのは、その方でしたかねえ」という相の手を入れます。相の手を入れるこの行為は、この物語に新しい地平を開き、忘却の中から毛槍の家老の娘を呼び出します。実は、この技がまつこには苦手なのです。

相の手はパターン化されたものからあまり逸脱してはいけません。ちょっといつものヴァージョンから、かけているものを、さりげなく補ってやるのです。するとどうだ。ぱっと表情が明るくなって、毛槍の話が入りますが、そこから思いもかけない方に話が飛んで、今まで聞いたことのない新しい話が始ったりします。

「幼少期の思い出」「パターン化された物語」「表現の多様化」「相の手を入れる聞き手の問いかけ」「表情の豊かさ」「新しい物語の創出」。ここには何か、記憶力の喪失をただ嘆き、実用的な目的連関の中にもう一度母親をひき戻そうとするような努力を笑い飛ばす究極のユーモアがあります。わたしはそれを心から楽しみ、人間の素晴らしさ、面白さ、不思議さを日々味わっているわけで、ほとんどストレスなど感じないのは当然のことなのです。記憶力がどんどん落ちて行った時、実用連関では不便なことが増えるとは思いますが、これらの物語がいったいどんなふうに単純化されていくのか、不安な想像をするまつこをしり目に、うめぞうは知的好奇心をかきたてられているのです。

2008年11月22日 (土)

失言の報い

まつこです。

今週末も新潟に来ています。重くたれこめた鉛色の雲の切れ間から時々青空がのぞきますが、いよいよ冬の到来。庭木もすっかり葉を落としてしまいました。

Photo[最後の一葉、11月2日の写真と同じ木です]

まつこのママの調子は比較的安定しています。フェルガードの効果かどうかは判然としませんが、表情も明るく、ウメマツとの会話を楽しんでいます。

認知症初期の人と接するとき困るのは、とにかく同じ話を繰り返しがちになること。まつこのママの場合は、子供のころ、特に戦時中の思い出話が多くなり、どのエピソードもまつこはもう100回くらい聞いています。病気のせいとわかっていても、かなりうんざりした気分になるものです。

物資が極端に不足していた小学生時代、学校のトイレにハンカチ落として真っ青になって帰宅したところ、母親(まつこのおばあちゃん)に「ハンカチなんてなくしたり落としたりするものよ」と慰めてもらってうれしかった・・・という話は、もうおばあちゃんの口調でその部分を真似できるほど、たぶん200回以上は聞いています。

そんなママが病気の気配も感じさせないほど冴えわたった発言を連発するのは、テレビのニュース番組の政治ネタに接した時です。「いやねえ、この人、一国の首相がこんなことでいいのかしら。人を見下しているだけで、何にも考えていないわ。この表情を見ればわかるわよ。一目瞭然、誰にだってわかるわ」と、舌鋒鋭く切り込んでいます。

このママの批判の俎上に載せられたのは、外相時代、中国へのコメ輸出問題に関し、「アルツハイマーの人にでもこれくらいはわかる」と失言したあの人です。そうです、ママはアルツハイマーです。この人の首相としての適性の有無は、アルツハイマーの人にでもわかるくらいはっきりとしているようです。

2008年11月21日 (金)

おばさんバレエ

まつこです。

食欲の秋、たまった皮下脂肪を減らすには、スポーツが一番。まつこも近くのスポーツジムの会員になっていますが、時間がないという口実で、なかなか利用していません。そろそろ年末で来年度の年会費を納める時期ですが、更新しなければ二度と行かない、更新してもめったに行かない・・・悩ましいところです。

そんな私でも細々と続けていることがあります。それは「おばさんバレエ」です。バレエと「おばさんバレエ」は別物です。先生は熱心に教えてくださるのですが、楽しく長く続けましょうというのがおばさんバレエの基本。美しさを求めて肉体をトレーニングし、次第に高度な技術を身につける求道的芸術性は目指しません。要するに、この年ですから無理はきかないので出来る範囲でコツコツ一生懸命やり、目指すは「美」よりも「健康」というのが「おばさんバレエ」の特徴です。それなら太極拳でもヨガでもよかったのですが、昔読んだ少女マンガのイメージがかすかに脳裏に残っているマダムたち、その淡いあこがれを満たしてくれるのは、中国やインドの伝統的健康法ではなく、やはりヨーロッパの香りのするバレエなのです。

かくして各地に「大人からでも始められるバレエ教室」が雨後の筍のようにでき、まつこも近所の雑居ビルの地下にあるバレエ教室に通い始めました。しかし運動神経ゼロ、体がカチカチに硬い私は、苦労の連続。バレエ教室で私が学んだのは、どんなにぶざまな自分を人目にさらしてもメゲない神経の太さです。鏡に映る自分の姿に幻滅することしばしばですが、それを笑える度胸がつきました。技術的には進歩の全くみられないバレエですが、汗をかきながら体を動かすと心も体もさっぱりした気分になります。

Photo_2[トウ・シューズはときに拷問の道具かと思うほどつらい…]

そしてもう一つの収穫は、いろんな仲間と知り合えたこと。子育て真っ最中のお母さん、姑の介護をしている年配の女性、派遣で働くOL、受験生の母、外資系キャリア・ウーマン、ゴージャス・マダムなどなど、職場では知り合えない異なった生活環境にいる人たちと一緒に体を動かし、ロッカー・ルームでワイワイおしゃべりすると、世界が広がったような気分になります。

仕事や遠距離介護があって忙しくても、レッスンの90分間だけは全部忘れて、幻想と笑いが入り混じるおばさんバレエで汗を流し続けたいと思っています。それにレッスンを終えたあとの冷えたビールもおいしいし・・・。

2008年11月20日 (木)

ご褒美スタンプ

まつこです。

今日はボジョレ・ヌーボーの解禁日。街中のいろんなところで「ボジョレ・ヌーボーいかがっすかー?」というバナナのたたき売りみたいな呼び声が聞かれることでしょう。さて、今晩は飲むべきか、飲まざるべきか、それが問題です。

まつこは自他共に認める酒好きでした。かなり機嫌の悪いときでも、ポンッというコルクの抜ける音を聞くとニッコリ笑顔が戻ります。そのためうめぞうもついついつられて飲むようになってしまったのですが、ウメマツは最近、健康のために節酒を心がけています。

わたしは意志薄弱さにかけては人一倍の自信を持っているので、節酒のためには何か工夫が必要。そこで始めたのが、「ご褒美スタンプ」です。子供の頃、夏休みに早朝ラジオ体操に行くとカードにスタンプ押してもらったという思い出を持っている人は多いと思います。特に何か景品がもらえるわけではなくても、あのスタンプがたまっていくこと自体がちょっとうれしかったという記憶があります。そこでスタンド式の小さなカレンダーとミッフィーのハンコを用意し、一滴も飲まなかった日にはポンとスタンプを押すことにしました。

もう一つの工夫はサンペレグリノを常に冷蔵庫に用意しておくこと。習慣のせいか飲み物なしだと食事がなんとなく物足りない気がしてしまいます。アルコールなしのビールやワインも試してみたのですが、あまり気に入る銘柄には出会いませんでした。結局、食事が比較的おいしくいただけるのは、我が家の場合は発泡性のミネラル・ウォーター(Sanpellegrino)ということに落ち着きました。2ダース入りの箱を宅配便で届けてもらっています。

Photo_2[スタンプたまるとちょっとうれしい]

先週はちょっと成績不振で休肝日は2日しかありませんでした。今週はそれを回復すべく休肝日連続4日です。さて今晩のボジョレ・ヌーボー、いかがしたものか? さっき冷蔵庫に今晩の夕食用サンペレグリノを2本入れたのですが・・・。 

2008年11月18日 (火)

人生の秋

まつこです。

イギリスの小説家David LodgeのDeaf Sentenceを読み終えたところです。Lodgeは大学教師を登場人物にし、文芸批評、哲学、認知科学などの議論や理論を巧みに取り込んだ、コミカルな小説を書いてきました。笑いながら勉強できる小説です。今回の作品も、この路線ではあるのですが、ちょっと趣が違っていて、「老いや死をどう受け入れるか」という重いテーマを、少し自伝的に書いています。

Lodge自身も耳が不自由らしいのですが、聴力障害のために早めに退職した60歳過ぎ元大学教授Desmondが主人公です。インテリア関係の事業を成功させ自信満々の妻、ボケかけている90歳近い一人暮らしの父親、思わせぶりな誘いをかけてくるブロンドのアメリカ人大学院生など、厄介な状況に取り囲まれ、Desmondは次々降りかかる困難と不格好に格闘します。本人にとっては悲惨な状況が、外から見ると滑稽。それが一人称の日記の文体と三人称の小説の文体とを使いわけて描かれています。

聴力障害によるコミュニケーション不全で夫婦関係もぎくしゃくし、夫としての自信や知識人としての自尊心が次第に失われていきます。しかしアウシュビッツ収容所の見学や父の死を経験することで、今生きている時間の尊さを再認識し、妻との精神的な絆を取り戻すことができます。おもしろうて、やがて悲しき、しかし最後には救いの光が見える、といったところです。

遠距離介護でくたびれるところや、老いていく親を見る焦燥感、そこから逃げ出そうとする自分への罪悪感など、まつこにはいささかぞっと身にしみて笑いきれない部分もありました。でも「今ある生を享受することで老いや死を受け入れることができる」という最終的なメッセージも、リアルな重みを持って伝わってきました。

Lodgeは小説の中に、幅広い分野から多くの引用をうまく使っています。今回はPhilip Larkinの詩が多かったのですが、私にとって印象的だったのはBruce Cummingsという動物学者の言葉。主人公の父親の葬儀の際に朗読されます。

To me the honour is sufficient of belonging to the universe -- such a great universe, and so great a scheme of things.  Not even Death can rob me of that honour.  For nothing can alter the fact that I have lived; I have been I, if for ever so short a time.  And when I am dead, the matter which composes my body is indestructible -- and eternal, so that come what may to my 'Soul', my dust will always be going on, each separate atom of me playing its separate part -- I shall still have some sort of finger in the pie.  When I am dead, you can boil me, burn me, scatter me -- but you cannot destroy me: my little atoms would merely deride such heavy vengence.  Death can do no more than kill you. (p.280)

死によって生命は絶えても、肉体を構成していた原子は失われず、この世に永遠に存在し続けるという内容です。自然科学者の目から見た「永遠」の概念が、ある種の宗教性をも帯びているのが面白いと思いました。

ちょっと説明が重くなりましたが、基本的には夫婦愛再生の物語でもあります。アウシュビッツで殺戮に加担してしまった男が妻に宛てた遺書も引用されているのですが、地獄のような現場から彼は妻にこう呼びかけます。

If there have been, at various time, trifling misunderstandings in our life, now I see how one was unable to value the passing time. (p. 265)

共に暮らした日々につまらない誤解がいろいろあったけれど、それは過ぎていく時間を大切にできなかったせいなのだ、そのことが今わかった、と死の際に夫は妻に後悔の念を語るのです。ウメマツもそろそろ人生の秋を迎えています。この時間を、日々、大切にしなければ、と改めて思わされる一節でした。

Photo_2 [ウメマツも人生の秋]

(ロッジの小説は高儀進さんという方がいつもうまい翻訳を提供してくれます。きっともうすぐ翻訳も出版されると思います。)

2008年11月16日 (日)

女の道は一本道?

まつこです

この週末、私は一泊二日の鹿児島出張でした。研究会に参加して、とても刺激的な研究発表を聞き、そのあとは鹿児島在住の方たちに薩摩料理のお店に案内していただき、充実した出張でした。

Photo [桜島は雄大!]

『篤姫』ブームで観光客が急増している鹿児島。初めての鹿児島なのに、残念ながらとんぼ返りの私は、ゆっくり市内観光をする時間がありませんでした。それでもホテルから目の前に大きく桜島が見えていました。こんなに近いところに活火山がそびえているなんてちょっと怖い気もします。地元の方は「時々、小さな噴火があり、夜中にボン!と音が聞こえることがありますよ。今晩、噴火したらまつこさんもシェルターに逃げてね」と笑っておっしゃっていました。今日は20度を大きく上回る暖かさで、眩しい日差しを浴びると、汗ばむほど。鹿児島の皆さんの笑顔や話しぶりも南国風のおおらかさがあるような気がしました。

留守番のうめぞうへのお土産は空港で買った「かるかん」と「さつま揚げ」。お土産をたずさえ「女の道は一本道」とばかりに帰宅しようと思ったのですが、羽田についたところで電話をすると「御夕飯に豚汁作ったんだけど、豚肉なかったからどこかで買ってきて」という、うめぞうからの依頼。豚肉だけ買うつもりでデパ地下を目指したのですが、ついつい上の階にもちょっとだけ寄り道・・・。うーん、また買い物しちゃった。本日の収穫はショート・ブーツです。もうこれで今シーズンのワードローブは十分、春まで買い物しなくていいはずと、今のところ自分に言い聞かせています。でも21世紀の女の道は寄り道だらけにございます・・・。

水元公園

うめぞうです。

あらためて自分たちのブログを読み直してみると、ふたりがそれぞれに自分の興味関心ばかりを書いていて、これではまったく「夫婦漫才」になっていないことに気づいた。看板に偽りありだ。読者は「どうも、うめぞうというのは、ときどき介護遠征のお供をする身分の低い家来で、ふだんは哲学的夢想に耽っているおやじなんだな」という印象をもったとしても文句はいえない。

たとえば、まつこが最近書いた水元公園の記事。あれを読んだ人は、まつこが一人で仕事帰りに水元公園を散歩。ハイドパークを思わせる湖での夕暮れのひと時、ひょっとすると水面(みなも)に昔の恋人の面影などを探したか・・・と思うかもしれない。そこで私は言いたい、なんでまつこはひとこと「うめぞうと待ち合わせて」と書かないんだ、と。「うめぞうのおごりで、うまい酒飲んで、おしいいうどんを食べた」とまで書けとはいわないが・・。

じつは水元公園というのは、われわれが(今より)若かれし10年近く前に、毎月のように通った公園だ。たしかに、ちょっと欧州にいるような気分になる公園で、処処に木のベンチを配した湖畔の遊歩道、見上げるほど高いポプラ並木、小川が蛇行する広い芝生の広場など、公園造りに開放感がある。日本の庭園も凝ったつくりになっていて、これはこれで大したものだと思うが、そのぶん、こちらの気分によっては少しせせこましい感じがすることがある。

この水元公園のそばに「花もと」という讃岐うどんの店がある。ここはわれわれが当時、水元公園に来るたびに入っていたお店で、このときも、久しぶりに入ってみたが、当時と変わらず、酒のつまみになる料理がバラエティに富んでいておいしく、日本酒がついつい進んだ。シメは、讃岐うどん入り鳥鍋で、半熟卵が少し硬くなっていたのが残念だったが、二人ともおなかが暖まって大満足。私は特別なグルメではないが、この店は、本駒込の交差点にある大衆中華料理店「兆徳」と並んで、われわれがリピーターになった数少ない店の一つだった。

今は、木曜日の晩くらいしか、まつこと二人でのんびり過ごす時間がないので、私には久しぶりの水元公園でなつかしかった。ただ、当時まつこにはいろいろ苦労をかけていたから、今回まつこはどんな気持ちでうどんを食べたことか・・・。水元公園の上に出ていたまんまるお月さまが印象に残る夕暮れだった。

2008年11月15日 (土)

プラトン主義

うめぞうです。

西洋の哲学はプラトンの著作への注釈にすぎない、などと言われることがあります。もちろんこれは誇張ですが、西洋哲学にはたしかにプラトン哲学のある側面がおもーく垂れこめていて、20世紀の哲学は、みずからのうちなるプラトン主義の払拭のために大部分の労力を費やしたのではないかとさえ思えてきます。

たとえば世界には、おでんのこんにゃくから、ゴチック教会の尖塔にいたるまで三角形をしたものが無数にあります。しかし、それらはすべて不完全な三角形にすぎません。完全な三角形とは、面積を持たない3点を、面積を持たない3本の完璧な直線で結んでできる図形でなければならないからです。しかし、そんな三角形は現実には存在しません。それはせいぜい、われわれの頭の中で思い浮かべられるだけです。つまり一つの理想、理念として存在しているにすぎません。しかしプラトンはこれを「完全な理念」と「不完全な現実」の対比としてとらえました。そして、現実に存在する三角形よりも、理念として存在する三角形のほうが、より完璧であるがゆえに、より普遍的で、より本質的だと考えました。一言でいえば現実よりも、理念を上位に置いたのです。プラトンがこのような考え方にいたったのは、ピタゴラス学派との接触を通じて、数学の理念を学んだからではないかとか、諸国漫遊の旅の途中でユダヤ人の一神教に影響を受けたのではないかとか、いろいろ説があるようですが、私は、数学との接触が大きかったと考えています。

ところで、こうした考え方には、良い面と悪い面があります。良い面は、不完全な現実に完全な理念や理想を対比させることによって、現実を少しでも良いものにしようとする理想主義の栄養源になりうることです。たとえば理念としての理想国家を頭の中に描き、その理念を満たしていない現実の政治を批判し、改善するという方向に向かえば、プラトン主義もけっして悪くはありません。

しかし他方、悪い面もあります。現実はどうせ不完全なものだから、そんな不完全な偶然的世界にかかわるよりも、永遠不滅の完璧な理念にかかわる仕事のほうが高級だ。現実の政治などはしょせんくだらない。哲学はもっと高尚な本質論に従事するのだ、という方向に向かうと、これは現実乖離をしたエリート主義的観念論に陥ってしまいます。

プラトン自身は前者の要素を強くもっていたと思いますが、不幸なことに後世のプラトン主義はその多くが、政治的理想主義よりも、むしろ非政治的な観念論に転落していきました。ニーチェを先駆者とする現代の哲学者たちは、この理念偏重のプラトン主義を批判し、哲学を現実に引き戻すために多大な努力をしてきました。

さて、わが家ですが、まつこと比べると、私の方が圧倒的にプラトン主義者です。私はもともと理系で数学が好きだったということも関係しているかもしれません。個別経験の多様性、偶然性を大切にし、楽しむまつこ、すぐに「要するに」と一般的、抽象的結論を求めたがるうめぞう、ふたりの議論は、ときに西洋哲学史の一断面のごとき様相を呈することがあります。

2008年11月14日 (金)

水玉のハンカチ

まつこです。

やってしまいました・・・。授業中の誤訳。私は今学期、学生たちとHarry Potter and the Philosopher's Stoneを読んでいます。第1章、赤ん坊のHarryをDursley家の玄関先に置いていくときに、Hagridが別れを悲しみ、ハンカチに顔をうずめて嗚咽を抑えます。このハンカチは"a large spotted handkerchief"なのですが、これを「シミのついたハンカチ」とやってしまいました。イギリス英語では"spotted handkerchief"は伝統的な柄で、「水玉のハンカチ」なのだそうです。

なにしろこのHagrid、髪は伸び放題でもしゃもしゃ、顔中髭だらけの、無骨な大男です。おまけに「たまんねぇっす・・・可哀そうで、ちっちゃいハリーが人間たちと暮らさなきゃならねえなんて・・・」みたいな感じで、言葉もなまっています。このおじさんが取り出したのは、汚れたシミのついたハンカチだと、てっきり思い込んでしまいました。

でも読みすすめていくと、Hagridの持ち物には意外とかわいいものが混じっています。禁じられている魔法をこっそり使うときに取り出すのは"pink umbrella"です。Harryと一緒にロンドンに買い物に出かけていく列車の中では編み物をしますが、その毛糸の色は"canary-yellow"です。粗野な巨漢がピンクの傘を振り回したり、黄色い毛糸でせっせと編み物をする様子はほほえましいですね。

誤訳は次の週の授業で、訂正しました。「過ちを改むるにはばかることなかれ」が語学教師としてのモットーの私。しょっちゅう、「ゴメン、間違えました」とあやまっています

Photo 今日の東京は久しぶりの晴天でした。とても気持ちのよいお天気だったので、仕事の後、大急ぎで電車を乗り継ぎ、葛飾区の水元公園まで出かけました。水元公園は中央に長く大きな池が横たわり、ポプラの並木や芝生が広がる美しい公園で、ロンドンのハイドパークにちょっと似ています。秋の日はつるべ落としで、あっというまに夕焼けに包まれ、水面を渡る風が冷たくなりましたが、気持ちの良い散歩ができました。

[水元公園も紅葉がきれいです]

2008年11月11日 (火)

女の子指数

まつこです。

先日、日本橋の高島屋に出かけたら、毎年恒例のホリデーシーズンのイベントらしく、1万円以上買い物をすると「Love Bear」という白いクマのぬいぐるみをもらえるという催事をやっていました。私はぬいぐるみなどかわいい小物を、あまり身の周りに置いていません。特にぬいぐるみはほこりをかぶって汚れたりしても、顔の表情を見るとゴミとして捨てるのは忍びなく、処分に困るので嫌なのです。

この日はラルフ・ローレンで裏に起毛加工がされているあったかそうなトレーナーを買いました。その結果、クマ1頭の権利を得たのですが、もらうかどうかちょっと迷いました。ですが出口付近の催事場に行くと、次々とぬいぐるみを受け取っている人々がいるので、思わずつられて1頭私ももらいました。ふと見るとその横では同じクマを赤、緑、白の色違いで1頭1000円で売っています。さらにその横には着せかえ用の、いろいろな色のセーター・帽子のセットが650円で売られています。クリスマス用の赤いセーターと帽子などは、確かにかわいい。プレゼントでもらったクマに合わせて着せ替え衣装を買っている人、2頭目、3頭目のクマを買う人で、そのコーナーはかなり混み合っていました。「1万円のお買いもので、1000円のぬいぐるみをプレゼント。もらった人は、つられて着せ替え衣装や色違いのぬいぐるみを買う。このぬいぐるみや衣装の仕入価格はいくらぐらいなのかな? やっぱり"Made in China"ねえ。集客効果などを考えると、デパートにとっては採算が十分見合ったイベントなんだろうなあ」などと、まつこの頭の中ではリアルな数字と冷静な計算が渦巻きます。手元の袋には無邪気な表情のクマが、そんなことはつゆ知らぬという顔で収まっています。

食卓の横の出窓に置くと、確かに、ま、かわいいわ。そこにうめぞうが帰宅。クマを発見するなり、「わぁー、かっわいいぃぃぃー」。実に素直に喜んでいます。「ねえ、この子の名前何にするの?」と盛り上がっています。色違いのも売っていた、着せ替え衣装まで売っていた、デパートがちゃんと儲かるように企画されているんだねー、と私がデパートで見た様子を伝えると、「え、同じの買えるの? だったらもうひとつくらいあってもいいねぇ。かわいいもん。」

Ralph [Ralphと名づけました]

うーん、かわいいものに反応する「女の子指数」はうめぞうのほうがまつこよりかなり高いことを改めて認識しました。こんなに喜ぶのなら、もう1頭もらってきてあげようかな、何か買い物して・・・。

2008年11月 8日 (土)

お薬カレンダー

まつこです。

一人暮らしのまつこのママ。アルツハイマーの初期と診断されてから1年2か月ほど経過しました。今のところ、買い物、食事、掃除などの日常生活では、それほど大きな支障が出ていません。病気の進行を遅らせるアリセプトを毎日1錠服用していますが、心配なのはそのお薬の飲み忘れです。そこで対策としてメモ欄のついているカレンダーを買ってきて、そこに1日1錠ずつ、お薬を貼ることにしました。このカレンダーで、これまでだいたいうまくいっていました。

1 これが毎日飲んでいるアリセプト

最近、朝日新聞(2008年10月27日)でフェルガードというサプリメントに含まれている成分が認知機能の低下を抑制するという臨床試験結果が報道されました。フェルガードについては、それまでも他の方たちのブログなどを通して、少し関心を持っていたのですが、医学的に効果が立証されていないものを使うのには躊躇があって、母に服用を勧めてはいませんでした。臨床試験で効果が認められたのであれば、さっそく使ってみようということになり、取り寄せました。

とりあえず説明書きにしたがって朝晩1包ずつ飲んでもらうことにしたのですが、はたしてそれをママが覚えていられるかどうかが不確かです。この他にもママは、夜、便秘予防のため酸化マグネシウムの錠剤とビフィズス菌も飲んでいます。なんだか混乱しそうなので、お手製の「お薬カレンダー」を作ることにしました。朝、晩に欄をわけて、そこに服用するお薬を貼りつけるという方式です。まずは欄を大きめにとったカレンダーをエクセルで作ります。A4に1週間分です。

2 朝と夜の欄は別々に

忘れてしまいそうな資源ゴミの回収の予定なども書き込んでおきます。その上からベタベタとお薬やサプリメントを貼りつけておき、それを飲むために剥がすと下から、書き込まれた予定が出てくるという仕組みです。朝晩、横一列に飲めば良いので、間違えにくいようです。

3 サプリメントを貼りつけたところ

まだ始めてから1週間ですが、今のところはうまく機能しています。「いずれ、一人暮らしはできなくなりますよ」とお医者さんにも言われていますし、根本的な治療法がない以上、これから先はだんだん進行するのは仕方ありませんが、ママが自立した生活を一日でも長くしていられるよう、あれこれ工夫してみたいと思っています。

うめぞうは今週末は自分の実家で両親と過ごしています。うめぞうのお父さんは90代、お母さんは80代。二人ともお元気です。まつこのママは70代ですから、老化というのは個人差があるものだと改めて思います。ウメマツは一回り違いの年の差夫婦ですが、うっかりうめぞうを追い越して老けこんでしまわないように、がんばって若づくり――いや心身のアンチエイジングに励まなければ。

2008年11月 7日 (金)

長生きパン

まつこです。

昨晩、うめぞうが帰宅するなり、「しまった」と悔しがっている。帰宅途中で購入したクロワッサンを、卓球場に置いてきてしまったという。今日は早めに帰ると言っていたのに、卓球につい熱が入り、気がつくと9時過ぎ。夕食を用意して、イライラとしているまつこの顔が思い浮かんだのだろう、あわててパン屋の袋をおいてきてしまった・・・。

というわけで、今朝の朝食はクロワッサンではなく、「長生きパン」でした。我が家では朝ご飯の準備はうめぞうが担当しています。まつこは御夕飯を担当。これがいちおう原則です。まつこはもともと、朝食抜いて1分でも長く寝ていたいという寝坊タイプ。一方のうめぞうは、朝目が覚めるとすぐにお腹がすき、朝ご飯なしでは一日が始まらないタイプです。「朝ご飯をしっかり食べないと体に悪い」と説得され、うめぞうが用意してくれるなら食べてあげてもいいわよ・・・と渋々(というふりをして)同意し、私も毎朝、朝ご飯を食べるようになりました。

うめぞう朝食の定番メニューは、ジュース、ヨーグルト、チーズ、目玉焼き、紅茶といったところです。

Photo_7 定番のうめぞう朝食

パンについては、うめぞうは一家言持っています。うめぞうはドイツに留学していたこともあり、ドイツ風のパンが好きです。ですが、東京にはドイツパンを売っているところが少ないのです。以前、私が池袋に週1度仕事で通っていた時期に、東武デパートの中のペルティエでおいしいミッシュブロートを見つけて毎週買っていました。最近は池袋方面に行く機会がなくなってしまったので、しばらく食べていません。数週間前に三鷹のリンデというパン屋さんのミッシュブロートをいただく機会がありおいしかったのですが、買いに行くにはちょっと遠すぎます。

そこでうめぞうが見つけてきたのは、ソモス友の会というところから取り寄せる通信販売のパンです。この会は糖尿病の人たちの支援を、特に食生活の面からしている団体のようです。ドイツ風のライ麦のパンは血糖値のコントロールに有効なのだそうです。全粒粉など精製度の低い粉を使っているので、ミネラルなどの栄養素も高いようです。最初はちょっと酸味が気になる人もいますが、私も食べ慣れるくると滋味や香りがあっておいしいと感じるようになりました。このライ麦パンを一枚ずつラップにくるんで冷凍保存しておき、朝はそれを1枚か2枚、温めていただいています。我が家ではこの健康的なパンを「長生きパン」と呼んでいます。

Photo_8 これが長生きパンです

でもときどき、カフェオレとクロワッサンみたいなおしゃれな朝ご飯がいいなあ、と思うときもあります。やはり、なんというか、ドイツって重厚長大・・・おしゃれなプティ・デジュネというイメージからはちょっと遠いんですよね。そこで、うめぞうは時々クロワッサンを買ってきて、ちょっと気取った朝ご飯でまつこを喜ばせようとするわけです。今回は、残念ながら、その計画は頓挫。でもこのうめぞうの失敗のおかげで、1日分くらい長生きできるかもしれません。

2008年11月 4日 (火)

まつさんの百貨店めぐり

うめぞうです。

まつさんの趣味のひとつが百貨店めぐり。日本橋高島屋、八重洲北口大丸を拠点に、時には池袋西武、東武へも兵を進めているらしい。らしい、というのは、それについては完全な情報をつかんでいないような気がするからだ。

まつさんは勤め先での出来事や友人との会合などについて、食卓で実によく話しをする。だからまつさんの職場の友人がたまに遊びに来ると、小生が彼女の職場の細かな人間関係にまで通じていることにびっくりぎょうてんする。だから、夕食を共にしていると、まつさんのその日の足取りはおよそわかる。しかしどうも、こと百貨店通いと買い物情報については一定の情報管理をしているらしく、ときどきどこで買ったかよくわからない新しい洋服を着ている。べつにそのことをとがめているわけではない。夫婦だって、すべてを知り尽くす必要はないし、まつさんがどこでだれと会っていようが、どこで何を買っていようが、基本的にはあまり興味はない。話してくれることを楽しんで聞いていればそれで十分だ。しかし、どういうわけか、百貨店めぐりだけは、本人が「浮気感覚」でやっているのか、外へ出していい情報とそうでない情報をえり分けて話している向きがある。

その百貨店が生き残りをかけて必死の努力を続けているという。

その策の一つが、ファッション・コーディネイトだそうだ。客がたとえば「今の季節、銀杏並木を、おしゃれでスポーティな服装で散歩したい」といえば、頭のてっぺんから足の先まで、それふうの服装や帽子、靴などをそろえてくれるという。なるほど、これは小生のように、服装の知識やセンスがまるでない人間にはありがたいサービスだ。

たしかに、たまにまつさんに連れられて高島屋に行くと、百貨店といっても専門店へのテナントばかりで、これでは百貨店は貸店舗業と変わりない。専門店がそれぞれに分化し、進化していく中で、百貨店らしいサービスとなると、こうしたコーディネイト事業を深めていくのがいいだろう。

と、ここまで書いて、ふと気づいた。現代哲学の生き残り策も、これと同じではないか。個別科学に客を奪われ、いまやひたすら撤退戦を強いられている哲学も、ファッションコーディネイターの道を進むべきだ、と。これについては、次回もう少し詳しく書くことにしよう。

2008年11月 2日 (日)

教育者ミーム

うめぞうです。

うちのまつさんがブログを始めるという。

「そうかいそうかい、それは楽しみだねえ。やっぱりまつさんは進んでいるねえ」〔ちびまるこちゃんのおじいちゃんの口調〕と頷いていたら、「うめぞうも書くんだよ」という。

「えーっ、そうなんすか」〔急遽、英語でしゃべらないとの松本の口調〕と返事はしたものの、小生はブログなど自分ではほとんど読んだこともないし、書く気もあまりない。いや、なかった。

しかし、わが隊は上下関係が厳しい。まつさんはいやしくも私が所属するウメマツ中隊の隊長である。私はその部隊の軍曹でしかない。将官と下士官の間には天と地の開きがある。基本的に命令には従わねばならない。

しかもまつさんは代々、教育者の一家である。

おいおい書くことになると思うが、父親が教師、母親が教師、父親の父親が教師、父親の母親が教師、母親の父親が教師、母親の母親が教師…と、どこまで続くぬかるみぞ、家系図をたどるとこれでもか、これでもかと先生が出現する。

もちろん後天的獲得形質が遺伝することはない。しかし、ここまで家系に教育者ミームが仕込まれていると、本人には意識できないところで、それがパーソナリティや行動パターンに刻みこまれていく。

教育者ミームは、一族の耳元にいつもこんなふうにささやく。

「本人にとってよいことは、いま本人が嫌がっていても、ある程度押し付けてでもさせるのが、結局は本人のためになり、最終的には感謝されることになるのです」。

このミームのお告げは、まったくの善良な意図と使命感に発している。だからいっそうわけが悪い。「でも本人にとってよいこととは、だれがどうやってきめるんでしょうか」などという質問は愚の骨頂、将棋で言えば二歩のような禁じ手である。

そこで、うめ軍曹としてはまつ隊長の言うことには、10年後を信じて従順に従うことにしている。まつさんが私にあれこれと指示を与えても、気がすすまなかったり、当初その意味が分からなかったりしたことは多々ある。たとえばMS・DOSをウィンドウズに変えさせたのも、PHSを携帯に変えさせたのも、ズボン下を追放したのも、すべてまつさんの指示である。そのたびに私はぐずぐずと抵抗したが、苦節十数年を経て、それらはすべてよい結果を小生にもたらした。本当に「最終的には感謝する」ことになるのである。恐るべし、教育者ミーム。

とはいえ、忠実に指示に従っても、いまだに効果が分からず、感謝できないものも多々ある。たとえばわが家ではご飯を食べるときに「いただきまする」と言わないといけない。読者は「いただきます」でもいいように思うだろう。でもまつさんは「いただきます」と小生が言うと「いただきまする、でしょっ」と、「る」の一字を必ず復唱させる。これなどは、この「る」の一字が将来、小生の何を成長させ、小生の未来に何をもたらすのか、いまだに理解できていない。

しかし、教育には長い時間がかかる。まつさんの見識は、政府の教育再生会議などとはレベルが違う。まつさんはきっと十数年後を見据えて、「ああ、あのとき、いただきまする、と言っていたおかげで今日のうめぞうがあるんだなあ」と思える日をしかと視野に入れているに違いない。それを信じて、すべての指示に従うのである。そんなわけで今回の命令も、ブログを書くことがうめぞうにとっても良いことのはずだからという理由で下ったのである――そう信じて、軍曹としては行動するほかない。

ノーベルおムコさん賞

まつこです。

昨日、11月1日はまつこのママのお誕生日でした。73歳です。まつこのママは新潟県日本海沿いの小さな町で一人暮らしをしています。昨年9月、もの忘れがひどくて不安だというので、もの忘れ外来を受診したところ、アルツハイマーの初期と診断されてしまいました。その直後、入院中だった夫(まつこのパパ)を亡くし、精神的に落ち着かない様子で認知症の症状も若干出始めたので、以来、まつこは毎週週末には東京から実家に来て、一緒に過ごすようにしています。昨日は誕生日のお祝いをするため、うめぞうも一緒にきました。

いろいろなところに書いてありますが、アルツハイマーは記憶力が徐々に失われる病気です。診断をしてくださったお医者さんも言っておられましたが、記憶力以外の部分まで失われるわけではなく、記憶力という理性的思考の基盤が弱まる分だけ、喜怒哀楽の情緒はより鋭敏になるようです。不安感や恐怖感をできるだけ減じるよう環境を整えることで、進行を遅らせ症状の出かたをやわらげることができる、とのことでした。

当初まつこは「ここは愛の力で進行をとどめてみせる」と張り切ったのですが、仕事を月曜から木曜に集中させ、毎週、新幹線で遠距離を通ううち、"eye bag"がぶよーんと垂れ下がり、次第に疲れのたまった不機嫌な表情に・・・。ママは5分前に自分で言ったことを忘れて聞き返すことや、壊れたレコードみたいに同じ話を繰り返し、昔の思い出話ばかりをすることが増えてきました。最初は優しく「そうだねえ」と聞いていても、だんだんイライラしてきて語気荒く「そう」と無愛想な返事をしてしまいがちになります。そうするとママの表情も不安そうになり、焦ってますますしつこく同じ話をするという悪循環。「まずい」と内心思うものの、こういうときの気分転換は容易ではありません。

そこで、じゃーん、うめぞう登場。ムコ殿と話すときには、ママも少し見栄をはり、しゃっきりとした気分にもなるようです。心優しいうめぞうは同じ話を何回繰り返されても、「あー、そうなんですか」「へえー」と優しく相槌を打ち続けてくれます。ママが「私、なんだかぼけていくみたいで不安なの」と言うと、私なら「あんまり心配しても仕方ないよ」くらいしか言えないのですが、ムコ殿は「お義母さん、大丈夫、ぼけちゃったとしても僕たちがみんながついているから安心していていいですよ」と明るい笑顔で言ってくれます。それを聞いてママも「そうよね、ぼけちゃったらぼけちゃった時よね」と笑い出します。

うめぞう、あんたは偉い!君には『ノーベルおムコさん賞』を授与します。靴下を丸めたまま洗濯機に入れることも、汗まみれのスポーツウェアをうっかり鞄に入れたまま出し忘れることも、みんな許してやろう。認知症に限らないと思いますが、老いた人や病んでいる人とともに過ごすと、ついつい不安や苛立ちが連鎖的にひろがっていってしまいがちですが、それを断ち切るのは健全な鈍感力と笑顔です。一緒に不安に同調するのではなく、まあ、なんとかなるよ、と言ってくれる良い意味での鈍重さ(包容力と言うべきか?)に、ほんとうに救われます。うめぞう、ありがとう!

私たちからママへのプレゼントはお花と冷蔵庫。冷蔵庫は財布にちょっと痛かったのですが、今までのはもう15年くらい使っていて古くなっていたし、それに認知症がこれ以上進むと新しいものには適応できなくなる可能性が高いので、思い切って購入しました。フリーザー、冷蔵室、野菜室の位置関係が変わったのですが、今ならまだ覚えられるでしょう。バースディのディナーは、鯛のカルパッチョ、ステーキ、ブロッコリーのグラタン。ママもおいしそうに食べていました。ウメマツ二人は赤ワインをちょっと飲み過ぎ、今朝は二日酔い気味です。

Photo_6 ママへのプレゼントの小さなブーケ

Photo_7 新潟はもう晩秋です

2008年11月 1日 (土)

あれってどの島?

うめぞうとまつこの夫婦漫才日記です。うめぞうは来年還暦、まつこはそれよりひとまわり年下です。二人とも丑年生まれ。最近、「あれ、あれ、あの人・・・」「誰?えー?あー、あの人ね、えー、名前、えー・・・」という会話が増えてきました。アンチエイジングという言葉に敏感なお年頃。10年前に行ったバリ島と、5年(くらい)前に行ったサムイ島と、昨年行ったグアム島と、今年再訪したバリ島の区別が、記憶の中でややあいまいになりつつあります。そこで、持ってうまれた頭脳の衰えは、電脳でおぎなうべく、ブログを始めることにしました。

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