2019年11月20日 (水)

サン・ニコラのパン

まつこです。

ちょっと早いのですが、朝食にサン・ニコラ登場。

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[パン屋Paulのサン・ニコラ]

6世紀に小アジアの都市ミラの大主教だったニコラウスは子供たちの守護聖人です。この聖人の日は12月6日。ベルギーやフランスのアルザス地方では、このサン・ニコラの日に「マナラ」と呼ばれる小さな人型のパンを食べるのだそうです。3年前のクリスマスにストラスブールを訪れたときには、クリスマスまでこの人型のパンが売っていました。

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[ストラスブールで食べたマナラ]

このマナラをパン屋のPaulではサン・ニコラと呼んで、毎年、この時期になると売り出します。これを見ると、そろそろ冬だなあと思います。今年はうめぞうが見つけて買ってきてくれました。

ちなみに我が家は、朝食は毎日うめぞうの担当です。定番の朝食メニューは、スムージー、ホットケーキ、ヨーグルト、紅茶です。なかなか充実していて食べ応えがあります。これが我が家の朝のウメ定食です。

今年の6月頃だったと思いますが、うめぞうが「ねえ、ボク、毎朝、がんばって朝ごはん作っているんだけど、食器がいまいちなんだよね。もっと食器が良ければ、もっと美味しく食べられると思うんだ」と言い出しました。そこで7月のうめぞうの誕生日にプレゼントしたのが、朝食用の食器。ここは朝食マイスターうめぞうの努力に報いて、ぐっとゴージャスにロイヤル・コペンハーゲンにしました。

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[我が家の朝食用食器]

「プリンセス」というシリーズです。白と青のごくシンプルなデザインなので飽きがこなくて良いだろうと思って選びました。確かに食器が良くなったら、いつもの朝ごはんにぐっと高級感がでました。おまけに食洗機もOKなので、忙しい朝でも大丈夫です。

このロイヤル・コペンハーゲンの上で大の字になっているサン・ニコラ、ありがたくガブリと食べさせていただきました。

今年も残すところあと40日ほど。明日あたりからいよいよ寒くなるようですが、クリスマスやお正月を楽しみにがんばりましょう。

2019年11月17日 (日)

ペア碁大会

まつこです。

鍋料理のおいしい季節になってきました。

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[鳥茶屋でうどんすき]

先週の日曜日、飯田橋にある囲碁ファーストでペア碁大会がありました。ウメマツは夫婦ペアで参戦しました。

ペア碁は男女のペアが交互に石を打つのですが、言葉で意思疎通をすることは許されていません。パートナーの意図を想像しながらゲームを進めていきます。私たちがこの日、対戦したのは、大きなダイヤの指輪がまばゆいゴージャスなマダムと穏やかな手を打つ紳士のペアや、結婚したばかりの若いカップルなど。みなさん和気藹々で楽しかったです。

うめぞうと私の間には棋力に差があるため、うめぞうはハラハラしていたようです。心の中で「あそこに打て!」と念力を送っていたそうです。その念力がきいたのか、ウメマツ・ペアは3局打って、めでたく3連勝!

そのあとは、神楽坂の鳥茶屋で祝杯をあげました。楽しい日曜日でした。

 

2019年11月 9日 (土)

フランス組曲

まつこです。

2019年に始めた趣味のうち、囲碁は順調ですが、悪戦苦闘が続いているのがピアノ。先生に言われてバッハの「フランス組曲」に挑戦することになったのですが、これが実力をかなり上回る難易度で、1曲の譜読みにたっぷり1ヶ月かかってしまいました。

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[譜読みで大苦戦]

自分で好きな曲を選んで良いと言われたので、まずは早い曲を選択肢から排除し、おだやかな第4番のアルマンドを選びました。平明でゆったりとした曲だと思ったのですが、意外な音の変化や不協和音がたくさん出てきてます。「こんなの私にはムリ!」と諦めかけながらも、なんとか譜読みしていきました。

美しくて深みのある曲ですが、レッスンで先生からこの曲の宗教的側面について教えてもらいました。変ホ長調の曲ですが、バッハにとってこの「フラット3つ」は三位一体の意味があるのだそうです。また低音のゆっくりとしたリズムは、磔の刑に向けてゴルゴダの丘を登るキリストの歩みを表現しているのだそうです。

そのように言われると、この曲の穏やかさが死を前にしたキリストの澄み切った心を表現しているように聞こえてきます。おお、そんなに深い曲だったのかと、あらためて感動しました。しかしこの感動をそのまま演奏に反映できないのがはがゆいところです。

ピアノは反射神経や運動神経が必要なので、やはり年取ってからだとなかなかうまくなりません。もっと若いときにやっておけばよかったなあ、と後悔するものの、まあ、細々と続けていれば、若干の老化抑制にはなるでしょう。

マレイ・ペライアとかタチアナ・ニコラーエワの「フランス組曲」の演奏を聴きながら、抜きん出た才能を与えられた芸術家たちへの畏敬の念をあらためて感じています。訥々とぎこちないピアノを弾いたり、達人たちの名演奏を聴いたりしながら、どっぷりとバッハの音楽に浸っている今年の秋です。

 

[タチアナ・ニコラーエワのフランス組曲第4番]

 

 

2019年11月 3日 (日)

囲碁大会

まつこです。

文化の日の今日、ウメマツはそろって囲碁大会に出場しました。

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[休憩時間中に上から写真を撮ってみました。壮観です]

有楽町の東京国際フォーラムが会場です。参加者数は一千数百人とのことで、広大な会場に延々と碁盤が並べられています。

私はプロ棋士の吉原由香里先生の教室に通っているのですが、今日の審判委員長はその吉原先生。同じ教室に通う他の生徒さんたちもたくさん参加していましたが、吉原先生が自分の生徒をすぐに見つけられるように、「教室の生徒は、できれば黄色い服を着てほしい」と指示されていました。

で、私の今日の服装はこれーー

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[カナリア色のセーター]

なんと33年前に買ったセーターです。1986年のことです。まだ学生だった私はあまり金がなかったのですが、リージェント・ストリートにその頃あったScotch Houseで「えいっ!」と思い切って買ったカシミアのセーターです。もうずっと着ていなかったのですが、初めてイギリスで買ったカシミアのセーターなので、記念にとってありました。まさかこの年齢になって、囲碁大会参加のために着ることになるとは思ってもみませんでした。

で、戦績ですが、私は大会参加を申し込んだ時点ではまだ2級だったので、今日も2級で参加して4勝1敗。まずまずです。

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[苦戦するうめぞう]

うめぞうは新しいAI定石にチャレンジしているのですが、それが功を奏さず。ちょっと風邪気味だったこともあり、逆転負けや時間切れ負けが続いてしまい、1勝にとどまってしまいました。

本日の戦果はこのとおり。

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[大吟醸「白壁蔵」は4勝の賞品!]

終了後は国際フォーラムのすぐそばのブラッスリー・オザミで夕食と反省会をしてから帰ってきました。

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[うめぞうも、黄色いシャツを着て行きました]

朝から夕方までで5局も打ち、けっこうくたびれましたが、なかなか充実した文化の日でした。

 

 

 

2019年11月 1日 (金)

デンハムのデニム

まつこです。

今日から11月、汗ばむこともなくなり、おしゃれが楽しい季節です。

同世代の友人が「デニムが似合わなくなったような気がする。良いブランド教えて」と言ってきました。最近、私が気に入っているのはデンハム(Denham)です。オランダ発のデニム・ブランドです。

この秋買ったのはこの一本。

 

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[ちょっとワイドなストレート]

色の落ち方やポケットのデザインなど細部まで計算され尽くしています。おまけに生地がしなやかなので履きやすいです。

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[ヴィンテージ風の色の落ち方がなかなか良い雰囲気]

ただしこういうラフなデザインのデニムをアラカン世代が着るときには、コーディネートに気を使う必要があります。Tシャツとデニムという古典的組み合わせでは、あまりにもナチュラル過ぎて、「身なりにかまわないおばちゃん」風になってしまいます。カシミアのニットやきれいめのカットソーなどと組み合わせて、「さりげなくおしゃれなマダム」を目指したいものです。

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[こちらは同じくデンハムのスキニー]

春先にはスキニーを買って、こちらもよく履いています。生地がやわらかいので、かなりピタピタのスキニーでもラクチンです。前のポケットはシルエットをきれいに保つために、縫い閉じてあります。このあたりの細かく気を使ったデザインがデンハムらしいところです。

ゆったりめのシルエットでラクなデニムばかり履いていると、ついつい体型もゆったりしてくるのがアラカン世代。ときどきスキニーなデニムを履いて緊張感を保つことも必要かと。

デニムが似合うためには、あきらめずに履き続けることが肝心。70代でもカッコよくデニムがはけるおばあちゃんを目指したいものです。

 

2019年10月30日 (水)

霧の朝

まつこです。

今朝、窓の外はこんな景色ーー

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[東京の都心とは思えない風景]

霧がかかってなんとも幻想的な景色でした。

いつもの通勤路もちょっとロマンチックな雰囲気になっていました。

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[勤務先の大学近くの風景]

もうじき11月、木々の葉の色も変わり始めています。これからが東京がいちばん美しくなる季節ですね。

2019年10月24日 (木)

金木犀の香り

まつこです。

お天気に恵まれない今年の秋ですが、雨の合間の曇った空の下に金木犀の香りが漂っています。

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[マンションのエントランスを出たところにある金木犀]

朝、慌ただしく出勤するときにも、この香りに気づくと思わず足を止めてしまいます。秋には金木犀、早春には沈丁花、初夏にはクチナシ・・・いずれも季節を感じさせる香りです。

この秋、ちょっとだけショックだったのは区役所から届いた書類。「福祉部、介護保険課」とあるので、当然ながら70歳のうめぞう宛の書類だと思いこんだのですが、よく見たら私宛でした。「ミドル、シニア」を対象とした「老後の不安」についてのアンケート調査でした。認知症、一人暮らし、後見人、終末医療・・・など、人生の最終段階に起こりうる様々な事態に対し、どのような不安があるか、それに対する支援として行政に何を期待するかといった内容のアンケートでした。

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[区役所に返送するアンケート]

確かに老後はやってきて、遅かれ早かれ、公的な支援を受ける日が来ます。もちろん今までも、頭であれこれ思い描くことはありましたが、区役所からのアンケートに答えていると、老後がずっとリアルに感じられます。なにしろ「どこで死を迎えたいか」を、「自宅、病院、公的介護施設、老人ホーム」から選ぶのですから。現在、58歳。確かに、自分の死について考えても良い年齢です。健康でいる努力をするとともに、いつか必ず来るその日のために、あれこれ備えておくことも必要です。

そんな秋の日、柔らかく香る金木犀の匂いに、あといくたび、私は秋を迎えるのだろうかと足を止め考えてしまいました。あと何度、この香りをかぐのだろうか・・・。限りがあるからこそ尊い時間です。深まる秋の中で、ほのかに漂う金木犀の香りと過ぎ行く時間を、ちょっと切なく、いとおしむ気分になっています。

2019年10月18日 (金)

負けて強くなる

まつこです。

しばらくブログを放置してしまいました。その間、何をやっていたかというと、毎日、うめぞうと囲碁をうっていました。

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[夕食が済んだら食卓で碁。最近は時計まで買って、制限時間つきで打っています]

うめぞうと私とでは棋力に大きな差があります。最初は「互先」というハンディなしで始め、3局連続して負けたらひとつずつハンディを増やしていくというルールです。当然、最初は歯がたちません。勝敗表にはひたすらバツ印が並びます。

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[互先、定先、2子、3子、4子・・・と、次第にハンディを増やしていきます]

うめぞうは日頃は柔和な性格ですが、こと囲碁となるとたとえ相手が初心者であろうとまったく手を緩めず、厳しく対戦します。私は大差で負け続けることになります。さらに1局終わるごとに、あの手が悪かった、この手はダメだったと、敗因を指摘されます。日頃は私の方が一方的に威張っていますが、囲碁だけはどうにもなりません。悔しいのをぐっと我慢して、素直に教えを乞うています。

イギリスのパブリック・スクールでラグビーなどのスポーツがさかんなのは、負けたときに威厳を持って敗北を受け入れる"good loser"になることを学ばせるジェントルマン教育の一環だと聞いたことがあります。勝負事で学ぶのは、たしかに勝ち方だけではなく、負け方でもあります。

囲碁を始めてみて、意外と自分が負けず嫌いだったのだと気付きました。負けると悔しいのですが、しかしそこで謙虚に学ぶ姿勢こそ大切。毎晩、毎晩、うめぞう相手に負けたかいあって、少しは強くなったのか、今日は囲碁教室で「1級」に昇級しました。

次の目標は「初段」です。がんばります!

 

 

 

2019年9月15日 (日)

Josephの香水

まつこです。

この夏、1日だけロンドンに行ったのですが、そのときに見つけたのがこの香水。

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[Joseph Parfum de Jour。透けたボトルの向こうに口元が浮かび上がるデザインもおもしろい]

あまりの寒さにJosephでセーターを買ったのですが、その会計の際にレスジター横に置いてある香水に気づきました。Josephに香水あるの知らなかったと言ったら、店員さんが「なかなか入荷しないんだけど、今回はめずらしく入ってきたのよ」と勧めてくれました。

ちょっと試したら、なんだか懐かしい香り。グリーン・フローラル系というのか、フレッシュな甘さです。なんとなくバブル期の肩パット入ったスーツ着ていた時代を思い出されました。「なんなんだ?この懐かしさは!」

それもそのはず、あとで調べたら、もともとは1985年にペンハリガンによって調香されたものなのだそうです。何回か廃盤になったり復刻したりを繰り返しているよう。

あの頃、流行っていたシャネルの19番にも似ているような気がします。(今の19番はちょっと違う香りに変わっているようですね。)ほどよい甘さと爽やかさをまといながら、ハイヒールはいて、都会を闊歩する20世紀後半のキャリア・ウーマン(←死語?)みたいなイメージで、自己形成するのにうってつけの香りです。CKのEternityもこの系譜の香りでした。

最近の新作はもうちょっと軽やかに甘いのが多いけれど、この前世紀の香りはちょっぴりクラシック。シルバー世代のワーキング・ウーマンには、意外に合う香りかもと思って自分用に買ってきました。

まだ湿気と暑さで香水をつける気にはなりませんが、涼しくなったらこの秋はJosephの香水で気合いを入れながら働こうと思います。

 

2019年9月10日 (火)

絵と目があう

まつこです。

美術館の中で「絵と目があう」という瞬間があります。特に予備知識もないまま、時間つぶしのために、人の少ないがらんとした美術館をぼんやり歩いていると、視線が吸い寄せられるようにひとところに向かい、そこで立ち尽くしてしまう。そんな経験です。

今回はミラノのアンブロジアーナ美術館でそんな瞬間を経験しました。この絵です。

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[上方が大きく空き、下辺からカゴがわずかに突き出しているように見える大胆な構図]

部屋の突き当たりにある、さほど大きくもない静物画です。でもそのモダンな構図と個々の果物のエッジのきいた輪郭がカッコいい!そう思って近くとカラヴァッジョの作でした。

いったん吸い寄せられた視線は、なかなかそこから離れず、見ている間にどんどんその絵の魅力が大きくなるように感じる。ちょっと大げさですが運命の出会いみたいな気分になってきます。

そういえば2011年12月にベルリンの美術館でも同じような感覚に捕らえられました。そのときもカラヴァッジョでした。

ひょっとしてわたしってカラヴァッジョ好きなのかも・・・。そう意識しながらブレラ美術館へ。Img_3043

[マテオの晩餐]

こちらにもカラヴァッジョの大作が一枚あります。弟子たちが復活したキリストに気づくドラマティックな瞬間を闇と光の中でとらえています。全体がダイナミックで豪胆なようでいて、脇役の老婆たちの深く刻まれた皺やそっけなく置かれたパンまで精緻に現実が描きこまれています。

カラヴァッジョ、本名ミケランジェロ・メリージ、ああ、この男、荒っぽいのか、繊細なのか・・・? 殺人犯でありながら、深い信仰も感じさせるのはなぜ・・・? 少年の体の美しさを隠すことなく描き出すその画家は、女に対しては残酷か・・・?

いろいろ興味がわいてきて、帰国後、カラヴァッジョについて2冊ほど読んでみました。

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[神戸大の宮下規久朗さんの著書2冊]

地道な学術研究にもとづいたけれん味のない本だったので、カラヴァッジョついての下世話な好奇心はあまり満たされませんが、1600年前後のイタリア美術の大きな様式転換の中でのカラヴァッジョの位置付けがよくわかりました。

カトリックの反宗教改革のうねりの中で、バロック美術という新しいスタイルが生みされ、一方のプロテスタントはバロック音楽の成長をうながしたという大きな構図も見えてきます。

でもわたしが一番知りたいのは、カラヴァッジョの女(および男)関係なんだけど・・・。次は伝記を探して読んでみようと思います。これはやっぱり恋か!(笑)

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