2020年9月18日 (金)

映画『パヴァロッティ 太陽のテノール』

まつこです。

女に嫌われない女好き。別れた女にも恨みを言われない男。それがルチアーノ・パヴァロッティ! パヴァロッティの生涯を描いたドキュメンタリー映画は、大きな身体と同じように、人柄の魅力もスクリーンからはみ出しそうでした。

深くつきあった女性たちが、みなとても魅力的なのが、とにもかくにもあっぱれです。

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[一人目の妻、アドゥア・ヴェローニ]

40年ちかく夫を支えていた一人目の妻、アドゥアが自分を捨てた夫について語る場面も多くあります。もちろん苦い思い出も語られますが、出会った頃の遠い記憶を語りながら、「あの声に恋しないなんてありえないわ」と言って微笑みます。人生の甘さと苦さを経験した大人の素敵な微笑みでした。

二人の間に生まれた3人の娘もみな美しくて、知的な雰囲気を漂わせています。

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[秘書であり生徒であり愛人だったアメリカ人ソプラノ歌手マデリン・レニー]

マデリン・レニーはマスタークラスの生徒として出会い、やがて『ラ・ボエーム』で共演します。若く貧しい芸術家の恋を描くオペラそのままに、二人が惹かれあっていった過去を、淡々と語るマデリン・レニーも潔くてかっこいい。

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[二人目の妻はニコレッタ・マントヴァーニ。出会った時は化学を専攻していた女子学生]

スキャンダルも、子供の死も乗り越えて、34歳も年上の男性と結婚したニコレッタ・マントヴァーニの澄み切った目の表情も印象的でした。たとえ世間が非難しようと、たとえ短い結婚生活だろうと、超越的な愛が二人の間にはあったのだと確信させられます。パヴァロッティがこんなにしなやかで強く美しい女性に惹かれたのも納得。

もうひとり付け加えるならこの人も・・・

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[1991年、ハイドパークでのコンサートのあとで]

どしゃぶりのロンドン、ハイドパークでの屋外コンサート。ずぶ濡れになった大観衆の中の皇太子妃ダイアナに捧げる甘いセレナーデ。この頃にはすでにひどく不仲だったチャールズとダイアナですが、コンサート後にパヴァロッティに会いに行った二人の表情は、まるで太陽に照らされたように明るい笑顔でした。

まさに太陽のテノール。

けれど、やがてその大きな太陽も海の向こうに落ちていきます。あとには美しい夕日が残るだけ・・・。

はちきれんばかりの魅力とともに、ギュッと胸をつかまれるような切なさも味わえる映画です。絶対の自信を持ってお勧めします。

2020年9月16日 (水)

辻井伸行リサイタル

まつこです。

久しぶりのコンサート。辻井伸行さんのリサイタルでした。

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[コンサート後、ワイン飲もうとお店に入ったけれど30分で閉店・・・]

辻井さんのコンサートはいつもならなかなかチケット取れないのですが、コロナ禍で観客も足が遠のいているようで、今回はあっさり買えました。ベートーヴェンの『月光』、ドビュッシー、ラベル、ショパン、リストと、王道中の王道の曲ばかりで構成されたプログラムでした。

観客席はひとりおきに座るので、収容人数は日頃の半分。演奏中も聴衆はマスクをはずしてはいけないことになっています。マスクして聞いていると、なんだか音がくぐもっているように聞こえるのは気のせい?

それでも素晴らしいコンサートで、ピアノはこんなにも多彩で豊かな音が出るのかと、改めてピアノという楽器の表現力に感動しました。

芸術の秋、始動です!

 

2020年9月14日 (月)

浴室のクリーニング

まつこです。

日頃、ちゃんとお掃除していても、築20年近い住まいの浴室はどうしても汚れが残っています。そこでハウス・クリーニングをお願いしてみました。

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[細部まできれいになりました]

2時間ほどの作業ですっかりきれいにしてもらいました。鏡はどうしても白い水垢が落ちなかったのですが、さすがプロ!曇り一つなくぴっかぴかにしてもらいました。

まるで新築マンションの浴室みたい。うれしい〜!

2020年9月 9日 (水)

映画『オフィシャル・シークレット』

まつこです。

退職以来、たいてい自宅にひきこもっているうめぞうですが、2週に1本ほどのペースで私と一緒に映画を見に行っています。先週見たのは『オフィシャル・シークレット』(Official Secrets)。2004年、イラク戦争直前に起きた国家機密の漏洩をめぐる事件をもとにしたドキュメンタリドラマです。

イギリス情報機関GCHQの職員で、イラク戦争を阻止するために機密をリークした主人公を演じたのはキーラ・ナイトリー。ナイーブな正義感と弱さをあわせ持つ等身大の女性の葛藤を演じていて、なかなかよかったです。

でも私のお目当ては人権派弁護士ベン・エマーソンを演じるレイフ・ファインズ。

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[人権派弁護士というまっとうな役のレイフ・ファインズ]

近年、コメディやアクション映画でのエキセントリックな役柄が多いので、正義のために闘う法律家というまっとうな役柄がファンとしてはうれしい限りです。

この映画を見てあらためて感じたのは、イギリスのエスタブリッシュメントの持つジェントルマンズ・クラブ的雰囲気です。政治、司法、メディアが互いに規制や監視しあう関係でありながら、同時にその内部の人たちはエリートとしての同族意識や信頼関係を共有しています。

映画の中では内部告白者キャサリンの逮捕後、公訴局長官が弁護士エマーソンの別荘を訪ね、一緒に釣りをするという場面が出てきます。公訴する側と弁護する側が、海に向かって並んで釣りをしていていいのか?そのな原則的な疑問は、イギリスのエリートたちにとっては、キャサリンの正義感と同じようにナイーブなのかもしれません。

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[ノーフォークの地味な景色がまたいかにもイングランドらしい]

私邸のリビングのソファで、クラブの皮張りの椅子で、ウィスキーを片手に、政治家、ジャーナリスト、法律家が、くつろいだ表情で必要な情報を交換したり、秘密を引き出したりする。そうやってエリートたちが社会を動かしていることを偽善と感じる一方で、人権を保護し大義のために専門知識を駆使して戦う側もまた、そのエリートのサークルの中にいるのです。

ファインズ演じるエマーソンは人権団体リバティに属しています。リバティは1934年に設立された団体で、初代代表は小説家のE. M. フォースター。映画の中にも出てくる2004年当時の代表はシャミ・チャクラバティでしたが、彼女は40歳代でエセックス大学の総長、貴族院議員にもなっています。日本では人権団体、すなわち反エリートという図式でとらえられがちですが、権威も反権威も抱合する懐の深さがイギリスのエリート社会なのだろうと思います。

そのあたりのイギリス社会のあざとさやしぶとさを表現するには、やっぱりレイフ・ファインズはぴったりでしょう。

 

2020年8月31日 (月)

さよならひまわり

まつこです。

今日で8月も終わり。花屋で「さよならひまわり」というキャンペーンをやっていて、なんだかちょっと寂しくなってしまいました。

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[今夏、最後のひまわり]

「8月31日」というのは多くの小学生にとって、1年で一番イヤな日付です。8月31日の夕暮れどき、ひぐらしがカナカナと鳴くのをきいて、哀愁という感情を人生で初めて覚えた人も多いのではないでしょうか。

今年は多くの小中学校はすでに二学期が始まっているようです。海、プール、花火、スイカ割り、盆踊り・・・そんな思い出もなにひとつ作れなかったか子供たちも多いことでしょう。

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[アロハシャツにサンバイザーという夏休みスタイルも今日で終わり]

来年、またひまわりが咲く頃には、子供たちがたくさん集まって、にぎやかな歓声が聞けると良いなあ・・・。そう願う夏の終わりです。

2020年8月25日 (火)

映画『ジョーンの秘密』(Red Joan)

まつこです。

郊外の平凡なセミ・デタッチドの家に住み、いつも平凡なカーディガン姿の隣の家のおばあちゃん。そんな彼女が実は国家機密を旧ソ連に渡していたスパイだった!

まるでスパイ小説のような実話をもとに作られた映画が『ジョーンの秘密』(Red Joan)。シェイクスピア劇や人気ミュージカルの演出家で名高いトレヴァー・ナンが監督しているというのにも興味をそそられ、観にいってきました。

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[ヒロインの老後を演じるジュディ・デンチ]

映画のストーリーは1930年代と2000年を行きつ戻りつして進行します。2000年に国家反逆罪の容疑で逮捕され、尋問を受ける老女の記憶の中で、若き日々が回想されるという構成です。ケンブリッジ大学で物理学を学びながら、共産主義者の友人や恋人ができ、卒業後は研究者として原子爆弾の開発に関わり、そこで得た情報をKGBに流していた・・・。そうした経緯が、次第に明らかになります。

国を裏切った悪人か、それとも世界の平和を願った善人か?この映画ではそれがはっきりとは区別できないように描かれています。イギリスでの映画評を見ると、その曖昧さを批判しているもののありましたが、大国の思惑が交錯する原爆開発では、明快な善悪の判断などできないものでしょう。その善悪の曖昧さこそが、この映画のメッセージのように思えました。

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[若い頃を演じているのはソフィー・クックソン]

16世紀のクリストファー・マーロウから、20世紀のキム・フィルビーまで、どういうわけかイギリス人スパイというとケンブリッジ大学出身者が多いようです。セント・ジョンズやニューナムなど、ケンブリッジ大学のカレッジが映画撮影に使われていて、古き良き時代の雰囲気をスクリーン上でたっぷりと見せてくれます。イギリスびいきの方たちにはオススメです。

ちょっと考えさせて、しっかり楽しませる。「ミドルブラウ」といささか揶揄まじりに言われることもあるトレヴァー・ナンらしい、よくできた映画です。

2020年8月18日 (火)

パキラ

まつこです。

この3ヶ月、仕事ばっかりで、イベントらしいことはなにもなかったのですが、7月にはうめぞうの誕生日がありました。71歳です。

年齢があがるにつれ、ちょっと悩ましいのがバースデー・プレゼント。「なにもいらない」「ほしい物なんてない」とうめぞうが言うのは、まんざら遠慮でもないようです。本当に物欲がなくなっています。

退職したし、コロナだし、どこにも出かけないので、着るものもいらないし、狭い我が家でこれ以上、ものは増やしたくない。

かといって誕生日になにもプレゼントがないのも寂しい。というわけで、考えあぐねたあげく選んだのはこれ。

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[配達してもらうほどの大きさでもなく、紙袋に入れてもらって持ち帰りました]

ごく小さなパキラの木です。

今まで我が家にあったパキラは、買ってからもう20年以上になり、すっかり元気がなくなっていました。うめぞうが愛着を持っていた木だったので、土を入れ替えたり、栄養剤あげたりしたのですが、どんどん弱るばかり。老木に自分の老いを重ね合わせて、うめぞうは寂しそうにしていました。

そうだ、新しい観葉植物をプレゼントしよう!

せっかくだから思い切りかっこいい観葉植物にして、インテリアのヴァージョン・アップをはかろうと、デパートの観葉植物へ。しかし売り場にはいろんな種類のかっこいい植物もたくさんあったのですが、どれもピンとこず。結局、家具売り場でテーブルの上のディスプレイとして飾られた小さなパキラに目がとまりました。古い大きなパキラは捨てて、苗木のように小さなパキラに世代交代です。

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[1ヶ月後にはこの大きさに]

そうは言っても、パキラはぐんぐん大きくなります。小さな赤ちゃんの手みたいな新芽が出たと思うと、数日後には立派な大人の手のひらみたいな大きさになります。

前のパキラが20年。こんどのパキラも20年くらい一緒に暮らせるといいなあ・・・。このパキラが大きくなるのを見ながら、私たちは年取っていくのだな・・・と、ちょっと感傷的にもなった誕生日でした。

 

2020年8月16日 (日)

ようやく夏休み

まつこです。

たいへんご無沙汰しました。

例年より遅く始まった春学期でしたが、昨日、最後の会議があり、本日よりようやく夏休み。は〜、やれやれ。

その間、私はオンライン授業をしながら、毎週のように開催される会議に出席。いやー、忙しい日々でした。柄にもなくワーカホリックになるかと思いました。

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[パソコンの画面見すぎで、老眼が進んでしまった・・・]

その間、うめぞうは専業主夫として家事の腕をあげ、テキパキと掃除、洗濯、食事の支度。おかげで私は仕事に専念することができました。ながーい会議を終えて疲れて帰宅すると夕食ができている。ありがたや、ありがたや。

昨年度までの共働きのときとは大違い。家のことを心配せずに働けるって、はっきり言ってラクチン。専業主婦の妻を持つ男性諸氏って、いつもこんなに大事にされているわけ?みなさん、奥さんに感謝した方がいいですよ。

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[いつ見てもエプロン姿のうめぞう]

夏休みは家事に協力して家族サービスしなくちゃ・・・と、思っています。

 

2020年7月15日 (水)

ご無沙汰しました

うめぞうです。

 

すっかりブログの更新が途絶え、このままだと、ただでさえ少ない読者がついに愛想を尽かしてしまう。うめまつもコロナ危機と共に去りぬ、となりかねない。そこでとりあえず、その間のお詫びとご報告を一言。

まつこは、来る日も来る日も遠隔授業。コンピュータの前に座りきりの毎日だ。おかげさまで(皮肉じゃないよ)うめぞうは、すっかり専業主夫としてのアイデンティティを確立できた。気がつけば、朝食が終わると昼食の、昼食が終わると夕食とデザートの献立を頭の中で考えている。なかなか上達はしないが、料理の面白さは徐々にわかってきたようだ。

それにしても、日本の大学でこれほど教師が授業準備に時間をかけ、学生が聴講と課題に時間をかけたことは、かつてなかったのではないか。コロナ第二波の到来が現実となりつつある今、後期どころか来年度までこれが続くと、学生教員双方に相当なコロナ疲れが出てくるだろう。

ただ、どんなことにも思わぬ副産物がある。この経験を通じて勉学の面白さを実感した学生もいれば、講義内容を自分なりに深め、体系化できた教師もいたはずだ。部活やサークルは実際に人が集まらないとダメだが、大学で勉強したいという学生にとっては、この形でもいいじゃん、的な思いもあったはずだ。となると、今までの大学の講義はなんだったの?ということにもなる。

会社のことはあまりよく知らないが、それでもテレワークによって業務が効率化され、生産性が向上したという話はよく耳にする。もちろん需要の急激な落ち込みを吸収することまではできないだろうが、やがて需要が回復した時には、かなり経営の贅肉が落ちたことが実感されるだろう。満員電車での往復3時間がなければ、その分、仕事に時間と体力を振り向けられる。ホウレンソウなどと呼ばれた報告、連絡、相談の部類は、メールやズームに置き換えれば格段に短縮できる。個人への仕事の割り振りが明確され、誰が実質的な仕事をしているかが一目瞭然となる。もちろん「あの部長さん、要らなくない?」てなことにもなる。ばか高い賃貸料、光熱費を払って都心にビルを構えるよりも、会議は時間貸しの事務所を利用し、その浮いた予算で業務のデジタル化とネット環境の強化を進める。要するに建物や人の集まりとしてイメージしていた実体としての会社を、そっくりクラウド上に移し、会社を業務処理のためのアルゴリズムの束として見直す。

コロナ危機の中でこうした発想転換が進めば、おそらく多くの会社はもう元には戻れなくなるだろう。その時には、今以上の雇用喪失と格差拡大が予想される。これを前提として、今後の社会構想を今から練っておく必要があるだろう。ただ、この危機を通じて、人間にとって最も必要なものは何かという本質的な問いにも気付かされた面がある。それについてはまた次回。そのうち、まつこが、その間に食わされたうめぞうメシの写真をアップする予定だ。

2020年5月18日 (月)

コロナ危機によせて

ひさびさにうめぞうです。

在宅勤務も見た目ほど楽じゃないようだ。ズーム会議、テレワーク、遠隔授業、教材アップロード、学生レポートのフィードバック。マツコは連日、髪を振り乱して書斎に引きこもり。将棋でいえば穴熊戦法。かたや強運の持ち主うめぞうは絶妙のタイミングで定年退職。せめてガス抜きのため、せっせと家事にいそしんでいる。具体的成果はそのうちマツコがレポートするだろう。

医療介護現場の疲弊、中小企業の連鎖倒産、生活困窮者の急増、鬱や自殺の増加、途上国のデフォルト、金融不安、米中対立・・・メディアに溢れる近未来予測は惨憺たるもので、現場で奮闘されている方々には心よりお見舞いを申し上げる。

でも、こんなときは気分転換も必要だ。例えば超マクロ的に今の状況を考えてみてはどうだろう。弓の的のような4つの同心円を描き、一番外側の丸から順番にABCDとする。

Aは物理化学的な自然世界。Bは生物が作り上げる生態系。Cは国家という政治共同体。Dは資本主義という経済システム。

ところが現代人の頭の中では、この順序がほとんど逆になっている。これを小文字で表記しよう。頭の中での一番大きな丸aは経済。その中に国家bが収まっている。ここ数十年は「国家から市場へ」ということで、bは随分と小さな丸になった。その中に申しわけ程度に生態系cが、そしてさらにその中に物理化学的自然dが収まっている。こんなふうに人間の頭の中の秩序abcdは、客観世界を構成する秩序A B C Dからいちじるしく乖離している。だから21世紀になって、この現実乖離したイメージの修正が強いられたのは、ある意味、当然のことだった。

経済aが自分の外部にある国家bの存在に気付かされたのは、2008年の金融危機の時だった。公共部門に緊縮を迫り、金融部門に過剰投資してきた政策のツケがここで一気に吹き出した。高度な金融商品が生み出した錬金術はあえなく破綻。その時、資本主義システムの自壊を救済したのは国家と中央銀行だった。企業間競争に目を奪われていた資本家は、経済システムが自立的なものではなく、国家制度の内部でしか存続できないことを思い知らされた。

次に国家bが自分の外にある生態系cの存在に気づかされたのが、今回のコロナ危機だった。都市化による人口密集、森林伐採、気候変動、人と物の国際移動などは生態系を激変させる。新型ウィルスの誕生は生物進化史からいえば当然のこと。医療公衆衛生部門に緊縮を迫り、軍事部門に過剰投資してきた政策のツケがここで一気に吹き出した。国家間競争に目を奪われていた政治家は、国家制度が自立的なものではなく、生態系の内部でしか存続できないことを思い知らされた。

生態系のさらに外にある物理化学的自然dの存在にわれわれが気づかされたのは、東日本大震災とあの津波だったろう。原発神話はあっという間に崩れた。必ず到来する巨大地震はそのことをまた人類に思い出させるだろう。恐竜の世界も巨大隕石の衝突によって永遠に失われたと聞く。人類がabcdの幻想から目覚め、客観世界を構成するA B C Dの秩序を謙虚に受け入れ、自分たちの文明や知識や技術を過信しないこと。これが今回の危機の超マクロ的教訓だろう。

 

 

 

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