2017年7月 9日 (日)

うめぞうの誕生日

まつこです。

7月4日はうめぞうの誕生日。68歳。しかし年をとると誕生日の祝い方もぐっと地味になってきます。

「プレゼント? 特にほしいものないよ。」「外食? 家でゆっくり食べるほうがおいしい。」

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[自作自演?の誕生日]

私も忙しい平日だったので、カードは駅ナカのソニプラ、プレゼントは駅にくっついているリラクゼのギフト券。帰宅途中であわただしく調達し帰ってみると、あらま、びっくり!

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[ちらしずし]

うめぞう、自分でお祝いのちらしずし作っていました。

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[アジフライも]

近所の魚屋でアジを三枚下ろしにしてもらい、アジフライまでお手製。ベランダの青じそをとってきて、衣に入れるという芸の細かさです。

あと2年で退職のうめぞう。退職後は専業主夫として、料理の腕を上げたいと、誕生日の抱負を語っていました。

そのうめぞう、週末にかけては沖縄に出張。帰ってきたらこんな姿で、またびっくり。

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[アロハシャツで帰ってきたうめぞう]

暑さで着て行ったものが汗だくになり、当地でアロハシャツを買って着替えたそうです。もともと地黒で東南アジア系の顔立ちなので、まあ、よく似合うこと・・・

68歳になっても、70代になっても、うんとおじいさんになっても、このまま愉快な驚きと笑いを提供し続けてほしいものです。

2017年7月 2日 (日)

1日1万歩

まつこです。

この2年ほどで3キロ以上増えてしまった体重。ここでなんとか食い止めたい!「1日1万歩と夕食の糖質制限」と目標を設定したら、10日ほどで1キロ半減。な〜んだ、簡単じゃない、と思ったものの、そこで気を許したらまた元通り・・・。うーむ。

「1日1万歩」というのがけっこう難しいのです。普通に通勤していると7千歩前後。1万歩をめざすとなると、6階のオフィスまで歩くとか、一駅手前で電車を降りて歩く、というような工夫をしなければなりません。しかし、ピンヒール、ポインテッド・トウのパンプスでこれはちょっときつい。

そもそも年齢にともない足の筋肉が落ちるため、ヒールで歩くのが辛くなってきます。同世代の友人たちもだんだんとコンフォート・シューズっぽい靴を履くようになってきました。私もいよいよコンフォート・シューズか・・・(嘆息)

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[3足まとめて大人買い]

フランスのコンフォート・シューズのアルシュのは、色がきれいだったり、デザインも細めですっきりしています。派手目のおばあちゃん靴みたいなのもありますが、すっきりしたデザインのを選べばあまり年寄りくさくはなりません。

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[archeのシンボル・カラーは赤]

以前買った迷彩柄のバレエ・シューズが、なかなか使い勝手が良かったので、セールの機会に3足まとめて買ってしまいました。

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[少しだけヒールがある方が歩きやすい]

アルシュの靴は底が吸収性の良いゴムで、本体がとても柔らかいヌバックです。あまりに履きやすいので、これにいったん慣れてしまうと、なかなかハイヒールにはもどれなくなります。

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[やけのやんぱち。この日買った4足目]

スーツを着た日も1万歩を歩けるように、ポインテッド・トウのフラットシューズもお買い上げ。こちらはChemburという日本のメーカーです。日本のメーカーの靴は、幅が広くて前に足がすべり落ちて、かえって歩きにくいというものも多いのですが、こちらはフラット・シューズなので大丈夫でしょう。

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[通勤途中の並木道は今、紫陽花が満開]

ハイヒールを諦めてコンフォート・シューズを履くのは、ある種の「断念」でもあります。シャルル・ジョルダン、ブルーノ・マリ、ペリーコなどなど、かつてカツカツと高らかに音を鳴らして7センチヒールで闊歩した若き日は、遠ざかりつつあります。

今は出勤時にカツカツ威勢よく出かけても、帰宅時にくたびれはてて最寄駅からタクシーということもしばしば。でも、たまにはハイヒールも履き続けたいという「意地」も残っています。「断念」と「意地」が下駄箱の中でせめぎあっています。

2017年6月24日 (土)

見せる?隠す?

まつこです。

また、やっちゃった・・・。

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[先取りセール、という言葉にのせられ・・・]

この季節によくありがちな、「プレセール」とか「先取りセール」のご案内。つられて出かけてはみたものの、買ったものといえば定価商品ばかり。いつもこのパターン。「お得意さまに特別」という甘言にのって、結局は散財。

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[全部、定価でお買い上げ]

ラルフ・ローレンでは「秋物」のワンピースとニット。シャネルの口紅など、どれもセールとは無関係。

で、今回、思わず笑っちゃったのはコレ。

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[高島屋の袋の中に、オレンジ色の包み]

誕生日のプレゼント用に、2月にお取り寄せを頼んでおいたスカーフがようやく入荷。「忘れた頃のエルメス」です。このスカーフも涼しくなるまでは出番がなさそう。

で、笑ったのは、買った物を入れる袋。

対応してくれた男性の店員さんに、「こちら、高島屋の袋にお入れしましょうか?」と聞かれました。

まつこ:え?エルメスの袋じゃないんですか?
店員さん:いえ、エルメスの袋は中に入れます。目立たないようにして、とおっしゃるお客様も多いものですから。
まつこ:夫にバレないように、ですか?
店員さん:ご主人という場合もありますし、ご近所の方に見られたくない、という方も多くおられるんですよ。

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[やっぱりこっちの方が気分があがる]

ごくごく、たま〜にしか行かないエルメス。せっかく行ったらオレンジ色の袋を手に、意気揚々と歩きたい!そう思いませんか?

しかしそうは思わない、慎ましやかな女性たちも多いようです。わざわざデパートの袋でカモフラージュして、こっそりエルメスを持ち帰る。うーん、周囲から突出することを極端に避けるムラ社会の掟でしょうか。

「見せる派」と「隠す派」、あなたはどちらですか?

2017年6月18日 (日)

本郷中央教会

まつこです。

マルティン・ルターが「95カ条の論状」で、宗教改革の火蓋を切ってから500年。ドイツのヴィッテンベルクでは大々的な記念行事が行なわれているようです。

今日は東京の本郷中央教会でもささやかな記念のコンサートが催されました。

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[建物は登録有形文化財だそうです。写真は教会のFacebookより]

この教会は『三四郎』の終盤にも出てきます。三四郎が借りた金を返し、嫁いでいく美禰子への恋心を断ち切る場面です。自分に想いを寄せていたウブな青年に向かって最後につぶやく、「我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり」という言葉は、『旧約聖書』の詩篇の51章です。インテリ女性美禰子らしいキザなセリフではありますが、田舎出の若者の淡い恋をかきたてたことが、女の「原罪」とされてようで、気になる部分です。

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[教会の内部。建物の2階が礼拝堂になっています。立派なオルガンもあります。写真は教会HPより]

漱石の時代の建物は関東大震災で壊れてしまい、現在の教会は1929年に建てられたものです。この再建の際に購入したらしい1929年製のスタインウェイのピアノの音を聞く、というのが今日のコンサートの趣旨でした。

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[こちらが90年前のスタインウェイ。直しながら長く使われ続けているピアノです]

演奏してくれたのは山田康弘さんというオルガンやピアノの演奏家です。音楽家特有のジストニアという病気になってしまい、右手が不自由なのだそうですが、リハビリを続けながら演奏活動をなさっているそうです。

山田さんは演奏の前に楽曲の解説をしてくれました。平均律クラヴィーアで「十字架」をバッハが4つの音で表そうとしたことや、ベートーヴェンの「熱情」の出だしの和声がとてもわかりやすいことなど。「複雑に響く古典音楽の中に単純なものが含まれている。それは聖書と同じ。わかりやすい物語の中に、複雑な教えがある」と語っておられました。

演奏はときとして、手の不自由さを感じさせるものでしたが、誠実に演奏する姿勢の中に、音楽への愛や敬虔さが感じられて、宗教改革500年の記念行事にふさわしいコンサートでした。

2017年6月11日 (日)

指圧の心

まつこです。

1年ほど前に、家のすぐそばに整体マッサージのお店ができました。若い女性が一人でやっています。ナチュラルなインテリアのおしゃれなお店です。うめぞうが行ってみたらなかなか良かったとのこと。「君も行ってみたら」とギフト券をくれました。

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[写真は記事と関係なし。金曜日の夜空。最近睡眠が浅く夜中に目覚めてしまうことがしばしば。でもおかげで満月の写真が撮れました。ストロベリー・ムーンというほどの色じゃなかったけれど]

ところが・・・

かわいらしい若いマッサージ師さんが一生懸命施術してくれるのですが、途中で「うわっ、硬いですね」と何度も驚きの声。終わった後、うめぞうのところもメールがあり、「奥さん、すごく硬かったです」とのこと。どうやら私は、首、肩、背中、腰、人並みはずれてガチガチにコッているみたいです。なんとかしたい!

そこで試してみたのが「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」の浪越指圧。子供の頃テレビで見た、「ヘンなおじさん」の浪越徳治郎ですが、マリリン・モンローの胃痙攣を治した実績もあるとか。モンローに効いたのなら、私にも効くかも・・・と予約してみました。

飯田橋駅前の便利なところではあるのですが、ひときわ古ぼけた雑居ビルです。1階下には「ガールズ・バー」(って何?)まで入っていて、なんか怪しい感じ。こわごわ入ってみると、いっきに昭和にタイムスリップ。大部屋に仕切りもなく、床にマットレスが並べて敷かれています。開け放った窓からは、外の雑音が流れ込み、冷房もなし。

施術してくれたのは、職人さんふうの指圧師。「ここ、硬いですね」と押されるとかなり痛くて、リラックスする感じではなかったのですが、終わってみると少しすっきりしたような感じ。

ところが翌日、猛烈なだるさに襲われました。体を動かすのも億劫な感じ。ひょっとしてこれは「好転反応」というもの?このだるさが消える頃には、なんとなく前より調子が良くなっている気がしました。

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[2週目はうめぞうも一緒に誘って行ってみました]

翌週、もう一度、行ってみたら、やはり同じように翌日は起き上がれないほどのだるさ。でもその次の日は、ぐっと体が軽くなっています。ひょっとして、指圧、いいかもしれません。

代替医療はエビデンスがないし、検査結果で改善がわかるわけでもない。本人が「効いた」と思えばそれでよし。効くか効かないかは、「心」の問題みたいな気もします。その程度の気持ちで試すのがいいのかもしれません。

2017年6月 2日 (金)

忙中閑あり

まつこです。

久々に取れた平日のオフ。家でのんびりと思ったら、窓から賑やかな(うるさい)声が聞こえてきました。

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[運動会に向けて練習の真っ最中]

すぐご近所にある中学校。こちらは毎年、運動会で全校生徒でソーラン節をやるのです。例年、この時期はその練習が毎日、毎日、続きます。

全校生徒が声を合わせて「ソーラン、ソーラン、ドッコイショ!」と掛け声をかけながら踊ります。「ソーラン、ソーラン、ドッコイショ、ドッコイショ・・・」という声が朝から延々と聞こえ続けます。

思わず逃げ出し、ジムでヨガのクラスに参加しました。そのあと、たまには平日のランチを一人でカフェでのんびり楽しもうと入ったところが、

お店選び、間違えました・・・。

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[私の前にどっかりと座ったムーミン]

ムーミンカフェでした。

一人でテーブルについたら、ウェイトレスさんが巨大なムーミン抱えてやってきて、アニメ声で「この子がご一緒しますね!」とそのムーミンを向いの席に座らせていきました。

あの・・・

私、別に・・・

ムーミン、嫌いじゃないけれど・・・

特に好きでもないし・・・

ここ、そういうお店だったんですね・・・

いえ、いいんです・・・

黒パンのサンドイッチ、おいしいです・・・

というようなことを声に出さずに、正面のムーミンに語りかけながら、黙々と食べました。

で、食べ終わったら、ウェイトレスさんがまたアニメ声で、「この子、あちらのテーブルに移りま〜す!」と言って、ムーミンを抱えて行ってくれました。ちょっとホッとしたところで・・・

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[あなた、だれ?]

またしてもアニメ声で「黒パンはおいしかったかな?」と聞かれ、目の前に黒っぽい物体がおかれました。あっけにとられていたら、「ムーミンの先祖だよ!」とアニメ声。

こうして貴重な平日オフの1日はあっけなく終わっていきました。

2017年6月 1日 (木)

エプロンおじさん

まつこです。

今日から6月。

このところ我が家の家事担当はもっぱらうめぞう。朝、エプロン姿のうめぞうに「いってらっしゃ〜い」と送り出され、夜、帰ってきてもエプロン姿のうめぞうが夕飯作っています。

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[朝、ホットケーキを焼くうめぞう]

男女の役割分担など、もはや論じてるヒマもなく、バタバタと早朝に出かけ、ヨロヨロになって夜帰ってくる妻のために、うめぞうはせっせと食事を作っています。銃後を守るエプロンおじさんです。

私はといえば・・・

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[栄養ドリンクを飲むときは自然と手は腰に]

中間管理職にはストレスがつきもの。そのせいか急に白髪が増えてきて焦っています。栄養ドリンク飲んで疲労回復に努めています。

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[うめぞうにはリポビタン、わたしはショコラBB。この区分にはやはりジェンダーについての先入観が反映してる?]

今朝、コンビニで牛乳買うついでに栄養ドリンクも。くじ引き引いたら、「履歴書」が当たりました。「履歴書、もう使わないからいらないわ」と笑ったら、バイトのお兄さんが「何かで使うかもしれないからどうぞ」と言ってくれました。真面目な顔でそういう若者がまぶしい朝でした。

今月もエプロンおじさんに支えられながら、しっかり働きます!

2017年5月27日 (土)

緑燃ゆ

まつこです。

我ながらうまくなった、と感心するのは新幹線からスマホで撮る富士山の写真。

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[風薫る五月]

大阪の老人ホームに入居した母を訪ねるようになって、7年目。新幹線はできるだけ富士山側の席を取るようにします。富士駅の少し手前、この田んぼの中のまっすぐな道に差しかかったところが、いつもシャッターを切るタイミング。

「今日の富士山よ」「あら、きれいね」というような会話を母とすることができたのは、いつ頃までのことだったか・・・。このところ急激に衰えてきた母は、嚥下が難しくなり、水すらもトロミをつけて口に入れている状態になってしまいました。

新幹線に乗って訪ねたところで私にできることはなく、じっと私を見つめる母を、私もじっと見つめ返すだけ。

骨と皮だけにやせ細った母の体に手を触れると、自分を産み育てた力強い母性が、かつてはこの体の中にあったのだと、ひれ伏したくなるような思いにかられます。「小さく弱いもの」になった母は、生命とは畢竟このようなものなのだと、その厳粛さを教えてくれているような気がします。

帰路、初夏を思わせる青々と広がる風景を車窓に眺めつつ、自分もまた老いて、いつか命を終えるのだなと思いながら、不思議と穏やかな気持ちになりました。

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[老人ホームの飾り付けは傘と紫陽花。そろそろ梅雨の季節ですね]

2017年5月20日 (土)

食洗機の色問題

まつこです。

システムキッチンに埋め込まれた食洗機の買い替えで悩んでいる人はけっこう多いのではないかと思います。「色」が問題なのです。

我が家のキッチンは赤です。マンションを購入するときに、すでに決まっていた色でした。

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[お気に入りの赤いキッチン。食洗機も赤のままにしたい!]

15年近く使い続けた食洗機はそろそろ買い換えどき。扉をロックするレバーがやたらと重くなったり、水垢が多くなったりしていました。しかしメーカーに問い合わせすると、今の食洗機と同じ色にはできないというのです。黒かシルバーになると言われたのですが、色が不統一なんてぜったいにイヤ!

1年以上前からネットで情報を探し回り、ようやくたどり着いたのは、黒い食洗機に今のパネルをとりあえずはめてしまうという方法。「価格.com」に口コミで得た情報です。

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[入れ替え工事はわずか1時間半ほどで終わりました]

パネルの大きさと食洗機の大きさが合わないので、ちょっと隙間ができてしまうのですが、操作盤のところも黒いので、あまり問題ではありません。

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[上の黒いところが隙間だけど気になりません]

キッチンの色はかなり流行りすたりがあるようで、数年後に補修しようと思っても同じ色のものは手に入らないようです。昨年、ガス台を買い換える時も、黒はもうはやっていないとのことで、ごくわずかしか選択肢はありませんでした。

小さなこだわりですが、生活空間の統一感がなくなると、ごちゃごちゃ片付いていない印象になってしまいます。こだわりって、やっぱり大切です。たかが食洗機、されど食洗機、買い替えが成功してホッとしています。

2017年5月13日 (土)

T2 トレインスポッティング

まつこです。

『T2 トレインスポッティング』(T2 Trainspotting)、観てきました。ドラッグ中毒の若者たちのほとばしるエネルギーを斬新な映像で伝えた第1作から20年。おっさんになったジャンキーを、ダニー・ボイルはやはり鮮やかなキレのいい映像で描き出していました。

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[石造りのエジンバラの街を疾走するレントン]

1996年の『トレインスポッティング』は、オープニング場面が鮮烈でした。ユアン・マクレガーが演じるレントンがエジンバラの街を疾走する画像とイギー・ポップの「ラスト・フォー・ライフ」(Lust for Life)にのせて語られた"Choose life"のモノローグが大きな話題になりました。

"Choose life"ー「人生を選べ」と言われて、レントンは1996年の時点での選択肢を並べたてていきます。

「仕事、キャリア、家族、テレビ、洗濯機、車、CDプレーヤ、健康、保険、固定金利の住宅ローン、友人、バカンス、DIY、娯楽番組、ジャンクフード、三揃いのスーツ・・・」

ここには1996年時点での楽天的展望が反映しています。20年間の保守党政権で不況から抜け出し、「クール・ブリタニア」と呼ばれるような若々しい社会へとイギリスも変わりつつあると感じられていた頃。その勢いに乗って、この翌年には労働党の地滑り的勝利。ブレアがさっそうとして首相の座につきました。

しかし、こうした人生の選択肢はいずれも、人々の欲望を満たしながら、その欲望を狭苦しい檻の中へと囲こむ消費財です。そのことを直感的に気付いているレントンはこう宣言します。

「おれは選ばないことにする」(I choose not to choose life)

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[人生を選ばなかった人たち]

そして2017年ー

社会が用意した選択肢を選ばなかった人たちは、20年後もアウトサイダーです。その外部者の目で社会を眺めるレントンに、2017年の人生の選択肢は次のように見えています。

「ランジェリー、ハイヒール、バッグ、iPhone、Facebook, Twitter, Instagram, セレブリティのゴシップ記事、妊娠中絶反対運動、9/11陰謀説、非正規雇用、長距離通勤・・・」

20年たった今も、人々は欲望にとらわれていますが、その欲望はネット社会の中で氾濫する情報にも向けられています。何を食べ、誰と付き合い、どうやって年老いるかまで、ネットで見せないではいられない。だからレントンは悟ったように言います。

「人生なんてただのデータになっちまってる・・・中毒だよ。中毒になるんなら、別の中毒の方がいいぞ」

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[選ばなかった彼女は弁護士になっていた]

20年たっても懲りない連中。相変わらず暴力的で、刹那的で、嘘つきです。けれどアウトサイダーだからこそ、突き放して社会を眺め、その欲望のメカニズムのからくりを見抜く直感があるのです。

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[20年後の彼ら]

幼少時代の回顧あり、老いた父との再会あり、老いと死への不安もある。そんな中年男たちが、ときおり見せるしぶとい生命力。そのそれぞれの物語の中に、とんがった批判精神を忍ばせる、そのダニー・ボイルの手腕の確かさがはっきりとわかる映画でした。

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