2018年5月19日 (土)

体重問題

まつこです。

都内で最もインスタ映えするといわれるドーナツは麻布十番のDumbo

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[私が選んだのはぜんぜんインスタ映えしないプレインなドーナツ。もっちもっちしているのでナイフとフォークじゃないと食べられません]

いつも若い女の子たちが行列しているのに、先日、店の前を通りかかったら空っぽだったので、思わず入ってしまった・・・

最近、じわ〜っと体重が増加しているのに・・・

おいしかったけど、まずいわ・・・

デニムがきつい・・・

2018年5月14日 (月)

日比谷パワースポット

まつこです。

できたばかりの日比谷ミッドタウン。まだまだ人が多くて入る気になりませんが、そのそばにこんな「パワースポット」が!

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[二つの巨石は支え合っているのではなく、よく見ると少し離れています]

この巨石のオブジェを見たとたん、思い出したのはギリシア神話に出てくるアルゴー船の話。

英雄イアソンと50人の勇者が乗ったアルゴー船は、ぶつかり合う二つの浮き岩の間を通過しなければなりません。イアソンらは預言者ピーネウスの助言に従い、一羽の鳩を放ち、その鳩が岩に尾を挟まれながらもなんとかすり抜けて、岩が離れかけたところを、全速力で船を漕ぎ切って通過するというお話です。

なーんとなく、この巨石の隙間を通過するといいことありそうです。「うめぞう、ここパワースポットだよ。先に通ってみて」とうめぞうを鳩代わりにしてから、私も通り抜けてみました。

みなさんも日比谷界隈においでになったら通過してみてください。そのうち本当にパワースポットとして神話化されるかもしれません。

2018年5月12日 (土)

ギンレイ・シネマ・パスポート(7):『否定と肯定』

まつこです。

しばらく使っていなかったギンレイ・シネマ・パスポートを使って『否定と肯定』を見てきました。原題はDenial、脚本はイギリスの社会派劇作家デイヴィッド・ヘアー。

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[主人公デボラ・リップシュタットを演じるのはレイチェル・ワイズ]

ホロコーストの真実をめぐって激しく対立するホロコーストを否定する歴史修正主義者デイヴィッド・アーヴィングとアメリカの歴史学者デボラ・リップシュタット。この二人の間で1996年に争われた名誉毀損裁判を描く歴史映画です。

法廷での知的戦略、事実を追い求める学問的正義、反ユダヤ主義者の狂信・・・とテーマは硬派なのですが、私の気持ちを引いたのは主人公演じるレイチェル・ワイズのスカーフ使い。

ひょっとして・・・

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[アメリカの名門エモリー大学の教授デボラ・リップシュタット]

と、調べてみたら、やっぱり実際のデボラ・リップシュタット教授もスカーフやマフラーをうまく使う人のようです。

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[レイチェル・ワイズとデボラ・リップシュタット]

この映画でのレイチェル・ワイズの衣装は事実にかなり忠実です。

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[これはエルメスかしら?]

アーヴィンを「危険なホロコースト否定論者」と呼んだことでリップシュタットは版元ペンギン出版とともに名誉棄損で訴えられます。

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[やはりエルメス?]

ケンブリッジ大の歴史学者リチャード・エヴァンズ、ダイアナの離婚訴訟も担当した弁護士アンソニー・ジュリアスといった大物たちがチームを組み、リップシュタットの主張を認める判決が出ます。

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[堂々たる勝利をおさめたリップシュタット]

裁判での勝利が決まった時の記者会見でのスーツ姿も本物そっくり。

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[正義感が強く知性ある女性はレイチェル・ワイズの得意とする役どころ]

ダイアナ皇太子妃とかジャクリーヌ・ケネディを登場させる歴史物の衣装は話題になりますが、歴史学者なんていう地味な職業の衣装が忠実に再現されたのは意外。でもこれはリップシュタットのファッション・センスが認められたということでもあります。大学教師だってやっぱりおしゃれしないといけません!秘訣のひとつはやはりスカーフ使い、と確信しました。

2018年5月11日 (金)

妄想

まつこです。
日比谷で見つけたマロニエの花。

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[ペニンシュラ・ホテルの横の並木]
ああ・・・パリ、行きたいなあ。
数日後、
麻布十番で食べたジェラートは本場ミラノの味そのまま。
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[ジェラテリア・マルゲラ]
ああ・・・イタリア、行きたいなあ。
仕事の合間にしばし妄想中です。

2018年5月 5日 (土)

『ペンタゴン・ペーパーズ』と『ウィンストン・チャーチル』

まつこです。

この連休中、うめぞうと見に行った映画2本は『ペンタゴン・ペーパーズ』(原題The Post)と『ウィンストン・チャーチル』(原題Darkest Hour)。どちらも権力の中枢をとりまく駆け引きがスリリングに描かれる映画です。

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[トム・ハンクスとメリル・ストリープ。実力派同士がっぷりに組んだ映画]

新聞社を相続した奥様が最初は男性社会の中でおどおどと戸惑いながら、やがては権力と対抗して報道の自由を守る社主へと変貌していきます。そのあたりの演技の細やかさは、さすがストリープ。

緊張感とスピード感を併せ持つ展開、権力と報道の関係をめぐる力強いメッセージ性など、スピルバーグらしくしっかりと仕上げた映画でした。

でも「あれ・・・?」と思ったのは、エンド・クレジットの最後がノーラ・エフロンへの献辞で締めくくられたとき。ノーラ・エフロンといえば『恋人たちの予感』や『ユー・ガット・メール』などで知られる脚本家。このロマンティック・コメディの女王ノーラに、なんで『ペンタゴン・ペーパーズ』が捧げられているのかしら???

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[ノーラ・エフロンとメリル・ストリープ。ハリウッドの大物リベラル派]

 帰宅して調べたらわかりました。『ペンタゴン・ペーパーズ』は民主党本部のウォーターゲート・ビルへの侵入の場面を描いて終わります。ペンタゴン・ペーパーズをめぐる『ワシントン・ポスト』とニクソン政権の戦いは、やがてもっと大きな第2戦へとつながることを示唆しています。そのウォーター・ゲート事件を暴いたワシントンポスト紙の記者カール・バーンスタインと、ノーラ・エフロンは一時、結婚していました。

スピルバーグ、ハンクス、ストリープといったハリウッドの大物リベラル派たちの輪の中にノーラ・エフロンもいたわけですから、この『ペンタゴン・ペーパーズ』の献辞にも納得です。

で、ゴールデンウィーク2本目の映画は『ウィンストン・チャーチル』。

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[クリスティーン・スコット・トーマスとゲアリー・オールドマン。こちらも実力者同士]

1940年5月、チェンバレンの内閣不信任案が出されたために首相の役が廻ってきてしまったチャーチル。ドイツとの戦争も政権基盤も危機的な状況を切り開いたのは、人々を鼓舞するチャーチルの言葉の力。"He mobilized the English language and sent it into battle"(チャーチルの武器は言葉だった)というのが、この映画の決めのセリフです。

その変わり者で嫌われ者のチャーチルの不安定な精神状態を支えたのが、妻クレメンタイン。夫を時に叱咤し、鼓舞し、おだて、慰撫する。その彼女の時に辛辣な言葉もまた、イギリスを危機から救う力強さを持っています。

しかし、ここで「あら・・・・!」と驚いたのは、クリスティーン・スコット・トーマスの老け具合。

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[スコット・トーマス現在57歳・・・(私と同じ年)]

イギリスの上流階級にありがちなエキセントリックな夫婦像を描いている映画とはいえ、堂々のしわくちゃ婆さんぶりです。これは特殊メイクか、それとも本物のシワか?

帰宅してこちらもさっそく調べてみました。映画の公開直前に掲載されたVanity Fairのインタビューです(Kristin Scott Thomas: "If I can do it standing on my head: don't do it")

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[イギリス女優はシワをかくさない?]

スコット・トーマスは当初、この役を断ったのだそうです。それどころか数年前には映画界からの引退を発表していたそう。しかしクレメンタインがただの夫の支えというだけでなく、その複雑な生い立ちや戦時下でも独特のファッション・スタイルを持っていたことを知り、役を引き受けることにしたとか。

スコット・トーマス、確かに昔の色香はあせ、気難しそうな眉間のシワが目立つようになっています。しかし変わり者でガンコなおばあちゃんを演じさせたら、ハリウッド女優にはない個性の強さをイギリス女優たちは発揮します。スコット・トーマスもそういうイギリスおばあちゃん俳優の一人になってきたようです。

『ウィンストン・チャーチル』にはサミュエル・ウェストもアンソニー・イーデンの役で出演していて、こちらもしっかり年取っていました。メリル・ストリープ、トム・ハンクス、ゲリー・オールドマン、クリスティーン・スコット・トーマス、サム・ウェスト・・・50代、60代の俳優たちが円熟した演技で、言論の力を表現した映画2本でした。

2018年4月30日 (月)

4月の終わり

まつこです。

今日で4月も終わり。新緑の中で母を見送り、気がつけば初夏のような陽気になっています。

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[郷里の海と山]

空き家の管理やあれこれ手続きもあり、新潟へ出かけてきました。実家で水道工事をする必要があったので、一泊目は海辺の宿に泊まりました。

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[パノラマにするとこんな感じ]

佐渡配流されていた日蓮が赦され、流れ着いたとされる地です。海辺にはそのゆかりのお寺も建っています。

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[夕暮れの日本海]

日本海に沈む夕日も眺めることができて、なかなか良い週末でした。

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[のどぐろの塩焼き]

今は母亡き故郷に帰って感傷にひたっているばかりでなく、日本海名物のノドグロの塩焼きに舌鼓などうち、地酒を堪能。こうして次第に日常生活のペースを回復しつつあります。

2018年4月11日 (水)

まつこです。

新緑の季節に、家族や老人ホームの職員の方達に見守られながら、母が息をひきとりました。認知症と診断されてから11年目、その間、このブログを通して多くの方から母や私に励ましのコメントをいただきました。あらためて感謝申し上げます。

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[母に会いに行く日は、新幹線から富士山の写真をよく撮りました。これが葬儀の日の朝の富士山です]

最期の数日間、老人ホームに泊まり込んで母のそばにいましたが、その間、職員の方達の本当に献身的な介護に感銘を受けました。

母の手をさすって「がんばってや、がんばってや」と声をかけ続けてくれた若い男性職員。夜を徹して30分に一度、巡回してくれて、母が無事に朝を迎えられたときには、「がんばってくれてありがとう」と号泣してしまった若い女性職員。いよいよ最期の時が近づいたとき、「私にできることがもうない」と泣いてくださった方もいます。亡くなったときも、次々と職員の方たちがきて、涙ぐみながら母の体をさすってくれました。

毎日の食事、排泄、入浴の世話をしてくださっていた職員の方たちは、血はつながっていなくても、母と濃密な触れ合いがあったのだと、改めて思い知らされました。母の世話をすることが自分にとっての癒しだったとまで言ってくださる方もいました。自分ではなにもできない、最も弱い存在となっても、人は他者と人間的なつながりを持ち続けられるのだと、教えられたように思います。

このブログは遠距離介護をしていた頃に、気分転換のために始めたものです。葬儀の前の晩、眠れなかったのであらためて読み返してみました。この10年間の母との思い出が、思った以上にたくさん残っていました。認知症になって次第に変わっていく母の姿を見るのは辛い経験でしたが、ほんとうに多くのことを学べた気がします。たとえ病を得たとしても、人は愛し、愛されることで、人生の終わりまで豊かな日々を過ごせるのだと、それが母が身をもって示してくれた、最期の教えでした。


2018年3月31日 (土)

桜づくし

まつこです。

この1週間は桜三昧でした。

24日(土曜日)、市ヶ谷に用事があって出かけたので、ついでに千鳥ヶ淵まで行ってみようということになりました。

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[満開までもうひといき]

靖国通りを九段方面に行くと、どんどん人混みが激しくなり、千鳥ヶ淵までたどり着いた時には押すな押すなの大混雑。千鳥ヶ淵の遊歩道はラッシュアワーの駅のように人が押し合いへし合いしていて、とてもじゃないけれど入っていけず、お花見はあきらめて退散しました。

26日(月曜日昼)、千鳥ヶ淵が無理ならご近所の桜の名所でお花見を楽しもうと、ジムの帰り道に播磨坂へ。

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[播磨坂は文京さくらまつりをやっています]

昼食どきだったので、近所の会社のサラリーマンや学生たちが、ずらりと並んで座り込み、コンビニで買ったお弁当を食べています。

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[播磨坂の桜並木は文京区が管理する公園です]

私たちも近所のパン屋で買ったサンドイッチとコーヒーでお花見ランチ。

同日、夜、夕食のあと思い立って、六義園の夜桜を見に行きました。

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[六義園のしだれ桜]

六義園も文京区が管理していて、この季節は夜桜のライトアップをしています。

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[色のついたライトアップは好みの分かれるところ]

8時過ぎに行ったのですが、夜桜見物の人で大混雑でした。ライトアップされた大きな桜の木は2本しかありません。あとは暗い回遊式庭園を切れ目なく続く人々の列につらなって黙々と歩くだけ。

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[夜桜に月]

ライトアップされた桜もきれいではありますが、暗闇をぞろぞろと行列して歩きながら、「やっぱり桜は青空の下で眺める方がいいね・・・」と思ってしまいました。

27日(火曜日早朝)、夜桜で少し欲求不満になったため、翌朝、早起きして6時過ぎに千鳥ヶ淵へ。

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[朝の千鳥ヶ淵]

この早朝のお花見では、すばらしい景色を堪能できました。桜はまさに満開。お堀の水に映り込んでいる様子もきれいです。

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[朝日を浴びて千鳥ヶ淵を散歩]

 

遊歩道はまだ人影もまばらで、通勤前のサラリーマンや、早朝をめがけてやってきた中高年カメラマン、すぐそばのインド大使館関係者とおぼしきサリー姿など、みなさんゆったりと散策しています。

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[ベッドから抜け出しノーメークのままタクシーでやってきた甲斐がありました]

 

生涯で見た桜景色の中でも一番印象に残る風景かもしれません。

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[皇居沿いの風格ある桜景色]

 

ゆっくり散歩してもまだ7時過ぎ。

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[ホテル・グランドパレスのブュッフェで朝ごはん]

九段下のグランドパレスで朝ごはん食べたら、周囲のテーブルはみなフランスから来た団体客。千鳥ヶ淵の非日常的な風景を眺め、フランス語を聞きながらホテルで朝ごはんを食べると、なんだか遠いところに観光に来た気分です。

31日(土曜日)、桜もそろそろ散りかけているので、今年最後のお花見をしようと小石川植物園へ。

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[週末なので家族づれがたくさん]

前日の夕食の残りのローストビーフやパプリカのマリネに、サンドイッチを作って、ゴザを持って出かけました。

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[このメニューだとワインがほしくなる・・・]

残念ながら小石川植物園は東大の教育実習施設なのでアルコールの持ち込みは禁止されています。

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[おいしいランチでうめぞうもご機嫌]

ハラハラと花びらが舞い続け、お弁当の中にもどんどん落ちてきてしまいます。あっというまの1週間でした。今年の桜もそろそろ終わりです。

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[桜の花びらのじゅうたんのよう]

満開の桜の季節がほんの短い時間であることを改めて実感しました。雪のように降りしきる桜の花びらは、舞いながら午後の光の中でキラキラと光っています。それを手のひらで受けながら、去り行く時間を慈しむ気持ちになりました。

2018年3月26日 (月)

年々歳々

まつこです。

卒業式の日、ゼミの学生たちからこんなゴージャスな花束もらっちゃいました。

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[お花もらうのって無条件にうれしい]

みんなで先生を驚かせるという計画だったらしいけれど、卒業式当日のドタバタで全員集合しきらないうちに、ゼミ長が花束贈呈をしてしまい、遅れた学生が「先生のびっくりする顔見そびれた〜」と拗ねるというハプニングつき。

残念ながら当日は雨降りで袴姿の学生たちは気の毒でしたが、花束に負けないくらい華やかな着物姿で晴れやかな笑顔を見せてくれました。

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[今年の卒業式はこのスタイル。Yoko Chanのロングジャケットに、Hermesのスカーフ。パンツはTheoryのだけど、もう少し太いものの方が良かったかも]

入学式、卒業式でちょっと悩むのが「登壇する教師は略礼服」という指定。男性の教員はだいたい黒いスーツにシルバーっぽいネクタイという結婚式スタイル。女性教員はそれとだいたい釣り合うような服装にすればいいのですが、プレーンなスーツだとつまんないし、あまり着飾っても場違いだし。

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[卒業おめでとう]

今年は誕生日に若い友人のNS夫妻からもらったエルメスのスカーフを、黒いジャケットに合わせてみました。ぐっと華やかになっていい感じ。Nさん、Sくん、ありがとう!

来週はもう入学式。馴染んだ顔がキャンパスから去っていき、ぴかぴかの一年生が入ってきます。「年々歳々、花相似たり、歳々年々、人同じからず」を実感する季節です。

2018年3月19日 (月)

時間・演劇・俳優:『ドレッサー』

まつこです。

先日、下北沢の本多劇場でドナルド・ハーウッドの『ドレッサー』(松岡和子訳)を観ました。老俳優と付き人の関係を描く、いわゆるバックステージものの芝居です。

この芝居を最初に見たのは1988前、老俳優が三國連太郎で付き人が加藤健一でした。今回はその加藤健一が老俳優を演じます。劇中、「役者は観客の中にしか生きられない」というセリフが印象的に語られますが、30年前の記憶が蘇ってきて、記憶の中の上演と目の前の上演が重なり合って、「時間・演劇・俳優」についてあれこれ思いを巡らせる観劇になりました。

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[左が30年前、右が今年の上演のフライヤー。(両方ともネットで拾ってきた画像です)]

身勝手で、女好きで、奥さんに頭があがらない、根っからの役者バカ。こんな役柄がぴったりだった三國連太郎の記憶は鮮烈で、芝居の進行とともに、「ああ、ここではあんなふうに若い女優のお尻をなでてたなあ」、「ここではこんな表情で重量級の渡辺えり子のコーディリアをかかえあげたなあ」と、細かなことが思い出されてきます。自分でもこんなにはっきり覚えていたことにびっくり。

その天衣無縫な老俳優にぴったりと寄り添う付き人の加藤健一の生真面目な表情も、一緒に鮮やかに蘇ってきました。終幕、老俳優の遺体のそばにひざまずき、喪失感の中で呆然と佇んでいた若い俳優の記憶と、今、目の前で死んだ老人を演じている俳優の姿。その間に流れた年月が30年・・・。

演劇は美術や映画とちがって、時間の法則に縛られた芸術です。2〜3時間の芝居が終われば、残るのは観客の記憶だけ。その記憶もやがて観客とともにこの世から消えていきます。

だから地道な演劇史の研究もなされています。17世紀のバラッドや、18世紀の劇場ポスターや、19世紀の劇評を詳細に検証し、少しでも古い上演の記憶の破片を再生しようとする試みがなされます。でもそれはどこか、失われた時を蘇らせようとするのにも似た、見果てぬ夢を見る努力でもあります。

そうしたことを考えた時、「30年前にこの芝居を見た。加藤健一の付き人を見た目で、30年後に加藤健一の老俳優を見た」と言えるのは、稀有な幸運に思えます。俳優にとって観客の記憶に残ることが大切であるように、観客にとっても観劇とは、その場を楽しむと同時に、記憶を残すという経験に他なりません。そして「記憶する」というのは、他の誰かに代わってやってもらうことも、AIで置き換えることもできない、代替不可能な行為です。

映画なら繰り返し見ることができます。でも映画を繰り返し見ることは、次第に成熟していく経験です。1回目に見た時より、5回目に見る時には馴染んでいるのです。ところが1回しか見られない演劇の記憶は遠ざかるけれど、古くはならない。思い出す時には、1回だけの新鮮な体験として、時のかなたから引き寄せられるのです。

こんなにいろんなメディアが発達しているときに、演劇ってまだ生き延びるんですか、と学生に質問されることがあります。その難しい質問に答えるヒントがちょっとだけ見つかったような気がした『ドレッサー』でした。

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